[ミマモ]どこかで燃えている臭いがあったら もし森が炎に囲まれてしまったら、自分はどうなってしまうのだろう。
かつていた場所にも、木をたくさん使った建物は古くからある場所に多かった気がする。
自分のおうちだってそうだったと聞いた気がする。
しかしそれは、とても燃えやすいという短所がある。
お兄ちゃんが学校で習っていたということをふと思い出したが、住んでいた場所でも昔「大火」という大きな火事で次々と火が燃え移って、たくさんのいのちが奪われていたという面もある。
今のようになって、森の中にずっといるようになってから、お兄ちゃんとのそんな記憶を思い出すときになってしょうがなかった。
†
「きになるー……きになるよー」
「今度はどうしたんだ?」
ある大樹のそばにいたキュオーンは、少年の鳴き声のような声に対して反応する。
フルシュポスケという、鬱蒼とした森のある場所には、まるで大樹と同化したような少年がいる。
彼はドリアスと名乗っているが、以前から森にいたキュオーンにとってはいつのまにいた存在だった
「きゅおーんくん、あのね、ちょっとおもいだしたの。ごはんつくるとき、ひとかつかうよね?」
キュオーンは樹上にある彼の頭の方へ見上げながら聞くと、ドリアスはそう言った。
「……そりゃそうだな。ぼくもごはんを作るときにだって火を使うさ」
「……火ってこわいよね。ぼくは木だからあっというまにもえちゃいそうでこわいよ……」
「今日はどうしたんだ」
キュオーンは呟いた。
この少年はどこから来たのか分からないが、本人も失っている記憶がとても多い。
ただ、彼にはどうやら家族と暮らしていた記憶があるようだ。
特に兄とはとても仲が良かったらしい。彼は兄との記憶をいつも思い出そうとし、そしてここにいつか来ると信じている兄のことを待っていた。
この森にいる住民の中でも、とても健気なものだとキュオーンは思った。
「この森で、火事とかおきたらどうなるのかな? ひじょうぐちってあるのかな?」
「ひじょうぐち……?」
いまいちピンとこない言葉だった。
「あ、そうでした。ぼくは木なのでにげられないのでした。ずーん……」
「……」
「あまりおもいだしくないきおくだったけど、でもおもいだしちゃったの。外でちりんちりんとならしながらはしる、しょうぼうしゃのサイレンの音……なんどもきいた気がするけど、きこえるたびにぼくは、どっかのおうちがもえてるんだな、すんでる人はだいじょうぶなのかな、こわいなあっておもったの」
「しょうぼうしゃ?」
「火をけす大きなくるまだよ。たまにテレビでニュースでみたら、ひとがしんだはなしもきくし……おにいちゃんとさんぽしてたら、たまにまっくろこげになっちゃったおうちを見たこともあって、ぼくはかなしくなっちゃったこともあったな……」
今回はだいぶ傷心している様子のドリアスに、キュオーンは反応に困った。
いまいち彼の話も一部頭に入らず、心苦しいところもあった。
だが、どうやら彼がいたところでは、家が燃えてしまう事件が頻繁にあったようだ。
元々彼は多くの人が住んでいた場所にいたようだ。たとえ森でなくたって、どこでも火の扱いには注意を要する。
考えたくもないが、この森で火が燃えあがるようなことは、常におかしくない事件として起こり得る。
どっかで喧嘩でもして、火器だの火の魔法だのを下手に使ったらよくない。
時々だが、実際に森のどこかでボヤ騒ぎが起こることもある。
たいていは、外から入ってきた狩人が使った火や、この森に住む者たちのいざこざがきっかけだったりだが、キュオーンはどんな時間でもすぐに駆けつけて、燃え広がらないように対処しようとしていた。
「安心しろ、俺は狼だから……鼻はきく。どっかで何かが燃えているような臭いがあったらすぐにいける」
「木」だからその場から動けないことで心配していたドリアスに対して、キュオーンは言った。
「だから、心配するな。ぼくはお前のことも、この森も守ってやるからな……」
この森にはろくでもないものが多いのかもしれない。
それは、自分の気持ちで残虐な行いを強行したキュオーン自身にも言えることかもしれない。
だが、今自分がやれることと言えば、シュトラールが残したこの森を守ることだ。
ブレラ、エイダ、ルチア、それからマミー、ロージィのような友人が来ることもあるし、ドリアスのような心優しい少年が新たに来ることもある。
「きゅおーんくん」
「なんだ?」
「いつもありがとう。ぼくは木だからここからうごけないけど、きゅおーんくんの森にこれてよかったとおもうの。だって……この森を守ってるのは、とてもやさしいおおかみさんなんだもん」
「……どうも」
キュオーンは素直にその気持ちを受け取ることはできなかった。
「やさしい」なんて言葉にちくっと痛む者を感じたのは、あくまでこれは自分の贖罪の意味でもある、という受け止め方が強かったからかもしれない。
べつに言う必要はないのかもしれないが、こうして健気な者にそう優しいことを言われると痛むところもあった。