夏祭り 賑やかしい空気に釣られるように、ポップはそわそわとしていた。その様子をマトリフは微笑ましく見ている。地元の祭りがあるんだよ、とポップに誘われてランカークスまで来たが、マトリフは歩き疲れてベンチに腰掛けていた。
オレはいいから好きに見てこい、とマトリフは言ったものの、ポップはマトリフに気を使ってか、あまり遠くまでは見に行こうとはしない。さっきも的当てをして得た賞品を持って戻ってきては、師匠にやるよと手渡してきた。スライムの人形なんてどうするんだと思ったものの、ポップから貰ったと思えば不思議と可愛らしくも思う。
マトリフはスライムの人形を手にしたまま、ポップの姿を見ていた。するとポップに声をかける人がいた。それはポップと似た年頃の少年達で、その様子から知り合いだとわかる。きっと同じ村で育った友人なのだろう。
ポップは少年達と屈託なく笑い合っている。久しぶりの再会なのかもしれない。そうしているとポップも田舎村にいる少年のように見えてくる。
大魔王に喧嘩を売ったなんて信じられねえな、とマトリフは胸の内で呟く。自分でさえあの鼻垂れが手も届かない存在になったことが信じられなかった。
これが寂しさなのだろうかとマトリフは思う。ポップを一人前にしなければと思っていた頃が懐かしい。雛鳥はあっという間に飛び方を覚えて飛び去ってしまった。その温もりを覚えてしまった手のひらが、妙に寒く感じる。
「師匠」
ポップが呼びながらこちらへ走ってくる。もう先ほどの少年達はいなくなっていた。
「なんでぇ、もっと遊んでこいよ」
「あっちに美味い店があるって聞いたんだよ。師匠も行こうぜ」
太陽のような笑みを浮かべるポップに、マトリフは静かに首を振った。
「オレはそろそろ帰るぜ」
「なんでだよ?」
「年寄りは早寝って知らねえのか?」
「師匠は宵っぱりだし年寄り扱いしたら怒るじゃん」
ポップはマトリフの横に腰を下ろす。
「田舎の祭りなんてつまらなかった?」
「いいや。祭りなんて殆ど来たことがねえけどよ、賑やかでいいじゃねえか」
「だったら良かったんだけど」
「さっきのはダチなんだろ。オレになんて構ってねえで行ってこいよ」
「オレは師匠に見てもらいたかったんだよ」
「この祭りをか?」
ポップは控えめに頷く。ポップが自分で言ったように、どこにでもある田舎の祭りだった。特段に華やかでもなければ変わってもいない。
「オレもここに住んでた時はつまんねえ街だなって思ってたんだよ。でも平和になったらさ、この街が前よりいい場所に思えてさ。そう思ったら、師匠に見て欲しくなった」
ポップは照れくさそうに俯いた。マトリフは胸がじわりと熱くなるのを感じた。ポップといるとこの枯れた体にも熱があったのだと思い出す。
マトリフは自分の故郷を思い出していた。雲の上の隠れ里はもう行くことも出来ないが、もし封印が解けたなら、ポップに見せてやりたいと思った。自分が過ごした場所と時間を知ってほしい。
「いい街じゃねえか」
マトリフはポップの頭に手を置くとくしゃくしゃと撫でた。祭囃子が一段と大きくなる。どこからか香ばしい匂いが漂ってきた。
「で、美味いもんって何なんだよ」
マトリフが言えばポップは顔を上げて眼を輝かせた。ポップは躊躇いなくマトリフの手を取って立ち上がる。
「こっちだぜ!」
駆け出すポップに溜息ひとつでついていく。賑やかな夜は長い。