【くりかしゅ】まだ知らない 夕暮れの庭は輪郭が柔く曖昧に映る。背に西日を受けた己の長い影を見やりながら、大倶利伽羅はゆるりと歩いていた。
馬小屋から続く小道を抜け、夕飯の匂いが本殿から微かに届き始めた頃、
「あ、いたいた!」
前方で軽やかな声が響いた。何事か、と大倶利伽羅が目を上げれば、影の向こうに加州清光の姿が見えた。こちらへ手を振りつつ駆け寄ってくる。
浮かべているのは、さながら向日葵のような、弾けんばかりの笑顔だ。
思わず大倶利伽羅は立ち止まって背後を顧みたが、当然のごとく誰の姿もない。……となると。
──この満面の笑みは、俺に向けられているのか。
推察するものの、思い当たる節のない大倶利伽羅は首を捻った。
顕現して半年も経てば、知識や記憶は嫌でも積み重ねられているものだ。大倶利伽羅にとって加州清光という存在は、そのうちのひとつに過ぎなかった。すなわち刀の時代が終わる頃、天才と名高い剣士に使われたとされる実戦刀──と。
1950