おやすみマイ・ファミリー「おっと」
部屋に入ると、足元に僅かな温もり。胸につけた笛が体と当たる音を立てることさえ申し訳なくて、揺れないように紐を握る。
躓かないように踏ん張れば、そこにいたのは八男のアガレスだった。
言わずもがな、床の上なのだが、毛布にくるまってすぴすぴと寝息を立てている。
「どこでも寝るんだからな…」
小さくため息をついてから、ふと思う。
(毛布?)
アガレスの体にかかった柔らかな布。じっと見ていると、もぞ、と動いた。
「だ」
「アロケル」
毛布からたてがみが産まれた───というのは比喩で。
毛布の中に埋もれていたらしい末弟のアロケルが顔をひょっこりのぞかせる。
「暑かったろ」
「うー」
抱きかかえてやると、少しだけ汗をかいていた。ただでさえ赤ん坊の体温は高いのに、毛布の中にいては、否が応でもそうなるだろう。
汗を拭って、しばらく抱いていてやる。まもなく、アロケルの眼がうとうとと微睡み始めた。
「もっぺん寝るか」
「うー…」
体を痛めないよう、薄手ではあるがマットレスを敷いてから、アロケルを寝かしてやる。もちろんちゃんと布団で寝かせても良いのだが、せっかくアガレスと一緒に昼寝をしていたのだから、分断してしまっては可哀想だろう。
ぽん。
ぽん。
アロケルの腹を軽く叩いていると、まもなくその腹は規則正しい上下を始める。すよ、という寝息が二人分になった。
「……ふぁ…」
高めの体温に囲まれて、なんだか心地よくて。俺まで眠たくなってきた。
(ま、いいか)
別段、これから予定があるわけではない。俺は、自分の腕を枕にして、その場に寝転び、眠気に身を委ねた。
(……まったく)
音もなく姿を表す。次男のプルソンだ。
(いやいやいや、普通気付かない?毛布掛けたんだ、誰だろう〜って思うでしょ…そんで周りに誰もいなかったら「あ〜兄貴がやってくれたんだ」の一言くらいあって良くない?ジャズくん、弟思いなのはいいけどもうちょっと兄への尊敬の念を持った子に育ってほしかったな〜まぁ僕全然ジャズくんの育児に関わってないからなにか言う権利ないけど)
もちろん、頭の中では色々と愚痴やら独り言やらを呟いているわけだが。
(あーあ、気持ちよさそうに寝ちゃって。5割くらい僕のおかげなのにな。いや、5割は盛ったわ、よくて3割か…)
表面上は静かなまま、プルソンは眠りこける弟たちの隣に座る。穏やかに時間が過ぎていく感覚に、眠気が襲ってきた。
(あー……もう僕も寝ちゃおうかな)
「あれっ、クララ…」
「どうしたんですか、イルマ兄様」
小さな声で部屋に入ってきたのは、6男のイルマと7男のアスモデウスであった。
その視線の先には、(しーっ)と二人を静かにさせる姉────長女クララの姿。
クララは、妹であるケロリ、エリザ、そして弟であるカムイを寝かしつけているようであった。
その周りには、すでに4人の兄弟が眠っている。
「さっきね、魔魔ごとしようとしたの」
クララはごく小さい声で言う。弟妹たちを起こしてはならないというその意識は、まごうことなき長女のそれだ。
「それで皆どこかなって探してたら、ここで寝てたんだ。だから、仲良くお昼寝ぐーすかタイム」
クララは微笑み、エリザの前髪を避けてやる。わずかに口元をもにゅもにゅと動かして、エリザは満足そうに笑った。
「…のんきなものだな。ところで、イルマ兄様が本を探していたのだが、知らないk───」
「なんだかいいね。アズくん、僕たちもお昼寝しようよ」
「流石イルマ兄様!お供いたします」
むしろ流石というべきはアスモデウスの変わり身の速さだろう。年齢にして4つ上、兄弟順にしてひとつ上の兄を敬愛してやまないアスモデウスは、入間がお昼寝に参戦しようと座ったその真横を陣取る。
「アズアズずるい、私もいるまちの隣がいい」
声こそ張り上げず、動きはやかましく。長女と七男に挟まれた六男は、困ったように、しかし嬉しそうに笑う。
「ふたりに囲まれると温かいなぁ」
「あーらら。みんな寝てる」
「気持ちよさそうだな」
最後にこの部屋に入ってきたのは、長男リード、三男サブロ、そして四男のガープだ。
「うぐぐ…!寝かしつけなら拙者がしたのに…!」
変なことにこだわって悔しがるガープを横目に、サブロとリードは優しく笑う。
「どうする?ここまで皆寝てたら、お兄ちゃんも寝ちゃおうかなって思うんだけど」
小さな声でリードは尋ねる。ガープはうんうんと頷く。
「乙も同じ意見だ」
そう言ってサブロは端に座り、そのまま寝転がる。
「かけるものならあるでござるよっ」
ガープは袂から(四次元ポケットさながら)大きな毛布を取り出す。ふわりと兄弟たちの体を覆うと、自分もまたその中に潜った。
「おやすみ」
長男の声で、十三人のきょうだいは眠りについた。