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    転生の毛玉

    あらゆる幻覚

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    転生の毛玉

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    【創作】イトコ兄妹の話、
    ヌビアの子シリーズです
    ハンザからあの子に向ける矢印の話でもある

    ##創作

    空欄やがて満つ「ハンザは、年末はどうしますか?」

    二人で帰路を歩いていたとき、従妹────リヨンは突然、俺にそう尋ねてきた。顔を見れば、夕焼けの中、まっすぐ俺を見上げている。
    「年末」
    「ええ」
    鸚鵡返しに呟くと、リヨンは首を傾けて同意を示した。それから、思い出し笑いを含みながら続ける。
    「今日、図書館に行ったらラサさんと会ったんです。それで、クリスマスから年末にかけての話になったんです」
    「クリスマス……」
    俺はまた鸚鵡返しをした。クリスマスという行事は、俺達の地元では無いも同然の行事だ。『異国で行われている行事』に等しく、遠くの騒ぎを新聞の時事の面で聞きかじる程度に留まっている。
    特に、俺達の家において、その行事が取り上げられることは皆無に等しい。
    そういえば。もう10年ほど前だろうか、兄貴がクリスマス名物という『さんたくろーす』の衣装の真似事をして、父にえらく怒られていた覚えがある。あれ以降、ますます我が一族ではクリスマスが禁句になったのだった。兄貴はどうやら、あの時の衣装を今なお行李の奥に仕舞い込んでいるらしいが。
    恐らく同じ時のことを思い出しているのだろう。リヨンはウフフと笑うと、「実家では出来ませんもの、こんな話」と付け足した。首を縦に振って、同意を示す。

    「クリスマスって、恋人たちの行事なんですって」
    リヨンは話を進めた。
    「ラサがそう言ったのか」
    「ええ。地域にもよりますけれど、少なくともラサさんの地元ではそうらしいです。中央都市では、家族で過ごす日、という認識らしいですが。他にも、地域によっては友人とどんちゃん騒ぎ、なんてこともあるみたいですね」
    そう言われると、ラサが喜々としてリヨンにクリスマスのことを語って聞かせている様子が容易に想像できた。
    ラサは『博愛』だ。本人からも、また同じ記憶を抱えているエルベや、ヌビア学に特に長けたリヨンからも、『誰か一人を選んで愛することが出来ない』と聞いている。その反動かどうかは知らないが、ラサは色恋の話に対する関心が人一倍高い。おそらく、『クリスマスは恋人の行事』というのも、彼女のその関心のフィルターを通して見た世界でもあるのだろう。
    リヨンは口角を上げ、目を細める。「だから、」と彼女の唇が動いた。
    「私、クリスマスまでは研究所で過ごそうと思いますの」
    リヨンは肩をすくめて、やや悪戯っぽく笑った。リヨンがまだ幼い頃、ヌビア学に夢中になって夜更かしをし、翌朝にこっ酷く怒られた後、俺に見せた表情を思い出した。
    「……そうだな。リヨンの恋人は、この研究所の中にあるヌビア学の蔵書達だ」
    「そのとおりです」
    俺の言葉に、リヨンはにっこり微笑んだ。

    それから、ゆっくりと目を開けて、少しの躊躇いを見せた。やや間があって、リヨンの口が開く。

    「………ハンザは、どうしますか?」

    それは、俺の望みを問う言葉だった。
    誰とクリスマスを過ごしたいか、と問うているのだ。
    自分は実家に帰らないから、気を遣わなくていいからと、問うているのだ。
    俺の脳裏には、嫌でも一人の人間の姿が浮かぶ。

    「…………今はまだ、決めかねる」

    すぐに出せる素直な答えは、この他になかった。リヨンは、喜ぶでも呆れるでもなく、ただ受容の声色で「そうですか」と答えた。リヨンに視線を向けるが、彼女はただ真っ直ぐ前だけを見て歩いていた。

    それから言葉もなく、居住区への道を歩く。あと2分も歩けば、住む部屋に辿り着く。
    俺は、ただ、リヨンの問を脳内で反芻していた。
    (俺は、どうするんだ)
    リヨンが帰らないと言うなら、実家に帰る必要はない。実家へは、二人揃って帰って、二人揃って戻ってきた方が良い。だから、実家に帰るという選択肢は無い。

    例えば、アイールやテネレがまたパーティをしようとでも言い出したら?考えたが、打ち消した。双子は、中央都市の出身だ。恐らく、彼らこそ、実家に帰ると言い出すのだろう。
    例えば、ハトラが俺達を巻き込んだ何かを計画していたら?逆らうことは困難だ。以前にも、さあ飲み会だと言ってハトラに無理矢理連れ出されたことがある。同じ目に遭うかもしれないと思うと、若干の嫌悪を覚える。それでも、『野望』の強制力が働くのだから、致し方無しと飲み込むしか無い


    では────誰も、何も言ってこなかったら?
    俺が────彼と、過ごせる可能性があるとしたら?

    自問自答は続く。居住区画に入る。後1分も歩けば、自分の暮らす部屋に着く。

    (クリスマスって、恋人の行事なんですって)
    リヨンの言葉が蘇る。俺は細くため息をついた。
    言うまでもなく、俺と彼とは恋人などではない。俺が勝手に惹かれ、焦がれているだけだ。だから馬鹿馬鹿しいことは考えるな、そういう感情は封じたはずだろう、家を出て甘くなりすぎたんだ──────と、自分を叱責する自分がいる。
    (地域によっては友人とどんちゃん騒ぎ、なんてこともあるみたいですね)
    リヨンの言葉がもう一つ蘇る。俺は長くため息をついた。
    恋人などという肩書はないが、友人ではあるだろう。ならば、共に過ごしたっておかしくはないのではないか。そう期待してしまう自分もいる。それを甘いのだ、父から受けた教えを忘れたか、と叫ぶ自分と対立する。

    彼の地元では、クリスマスはどんな意味を持つのだろう。

    「ハンザ」
    リヨンが俺の名前を呼ぶ。我に返る。既に、リヨンの部屋の扉の前まで来ていた。
    「どんな選択をしても構いませんけれど、後悔だけはしませんようにね」
    リヨンは、沈みかけの夕日の中、赤と灰色の目でまっすぐに俺を見上げていた。この世でたった一人、俺の抱えるものに寄り添ってくれる従妹。同じ呪いを背負っていながら、強すぎるほどに逞しく生きているリヨンの姿を見ていると、根拠のない活力が湧いてくる。
    「ありがとう──────しかし、叔母様に似た言い方だ」
    「よく言われます、お母様に似てきたって」
    リヨンは笑うと、では、とドアを開けて部屋の中に消えた。

    「………明日、聞こう」
    お前の地元では、どんな風にクリスマスを過ごすのか、と。
    中央都市でも、俺の地元と近いわけでもない、エルベの地元の地名を思い出す。俺は、少しだけ心音を高鳴らせながら、自分の部屋へと戻っていった。
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