「王子、少し外を見回ってまいります」
「あぁ、気を付けろ。あんまり遅くなるなよ」
「はい」
敬愛する王子に見送られ、私は蝙蝠に姿を変え夜空へと飛び立った。時折こうして街から城にかけての道を見回る。城へ侵入しようとする人間共を始末するために。私に本当の生を与えてくださった王子の為に。子供すら見逃すわけにはいかない。活きが良さそうなのは連れて帰り、食事にする。
「さて、今夜の獲物は……」
度々森に迷い込んでくるキャラバンは、最高のご馳走になる。しかし、今夜はそれも無さそうだ。
「おや……」
城のすぐ近くに、小さな影を見つけた。そっと近寄って姿を確認する。若い男だ。いい血をしていそう、だが……見覚えがある。そうだ。以前にもここに忍び込んだ盗人だ。性懲りもなくまた来たのであれば、今度こそ仲間にして差し上げよう。
「やぁ、そこのキミ」
「っ、誰だ!?」
彼は顔を上げて、キョロキョロと辺りを見回す。
「あぁ、この姿ではわかりませんね」
私は蝙蝠から本来の姿に戻り、彼の前に立った。彼も私を覚えているのか、一瞬驚いた顔をした後、すぐに武器を構えた。私を睨むその瞳は、そこらの人間よりもずっと美しくて手に入れたいと思った。
「あなた、私たちの仲間になりませんか?」
「断る」
「そんなすぐ答えを出さないでください。とても良いですよ、私たちの暮らしは。出来るだけ痛くないように噛んであげますから、ね?」
彼は思いきり舌打ちをした。
「人間のことを噛んで、断りもなく仲間にするなんて、許せねぇんだ。どれだけ悲しむ人がいると思ってる。噛まれて喜ぶ人間なんかいねぇよ。まぁ、こんなこと言っても吸血鬼のおめぇにはわかんねーだろうな」
「…………」
「なんだよ……」
思い出す。私が王子に噛まれて、吸血鬼として生まれ変わったあの日の事。本当の生を受けた、あの尊い日の事を。
「わからない、は、わからないですね。でも、私は吸血鬼に“なって”幸せですよ」
「“なって”……?」
彼は眉間にシワよ寄せる。言葉にはしないが、彼の顔には「説明しろ」と書いてある。
だったら教えて差し上げましょう。かつての私と、王子と出会ってからの私の話を。
そして、それを聞いたらきっと、この生き方も悪くないと思う筈。私の仲間になりたいと思う筈。もっと私を知りたいと思う筈。
そして、私のそばで……。
いや、私は何を考えているのだ。仲間、ではない。使いにするのだ、王子の為に。私の全ては王子の為。私個人が、彼を気になる訳ではないのだ。
自分にそう言い聞かせ、私は彼に話を始めた。