はるうらら ここ数日、ハーツラビュル寮はいつにも増して浮き足立っていた。
「なぁ、お前どんなの描いた?」
「俺はドラゴン描いたぜ!」
「エレメンタリー生かよ」
部屋の外から聞こえてくる会話を聞きながら、エースは目の前の卵とにらめっこをしていた。
季節は春。
ハーツラビュル寮では数日後のイースターパーティーに向けて、寮生達は卵に絵を描いたり、色を塗って飾り付けていた。卵は一人に二つ配られ、最低でも一つは作るように言われていた。エースは適当に一つに色を塗って終わらせるつもりだったが、寮内は各々がどのようなデザインにするのかで話題はもちきりだ。エースも同級生どころか先輩にまで散々聞かれ続け、あまり適当な飾りにできないことを悟った。
「どんなのにしよっかなー」
なるほど、デザインを考え始めれば案外楽しいものだ。しかし、いまいち良いものが浮かばない。エースは卵を前にペンを迷わせていた。
エースがちらりと隣を見ると、デュースは椅子に座りながら卵を前に唸っていた。どうやら彼もデザインに悩んでいるようだ。
「ねぇ、デュースはどうすんの?」
「いま考えてる。僕は絵なんかほとんど描いたことがないし、不器用だから簡単なものにしたいんだが、全然浮かばない……」
「それだったら色を塗るだけでもいいのに。真面目だねー」
そもそも、言うほど不器用だろうか?確かに努力の仕方は不器用だが、スペードマークを目元に描けているのだから手先はそこまで不器用ではないだろう。
エースがそう思っていると、ふとデュースに何かが足りないことに気付いた。
机に向かっているのに勉強をしていないから?違う。
マジカルホイールの雑誌を読んでいないから?違う。
こちらから見ていると、目元のスペードマークが見えないからだ。
せっかく綺麗に描けているのに、見えないのはどうも残念だった。
エースが卵に目を戻すと、自然とペンを走らせた。デュースの描いているスペードは、メリハリのある形だったはずだ。下の細いところは、あまり主張しない大きさだった。あぁ、デュースなのだから、トランプに倣って二つ描いておこう。
そうしてエースの卵には、綺麗なスペードマークが二つ描かれたものができた。ほとんど無意識に、そしてデュースのことを考えながら描きあげたものは、エースにとってあまりにも小っ恥ずかしいものだった。急いで卵を机の引き出しにしまい、もうひとつ余っていた卵をとった。
「ん、失敗したのか?手先が器用なくせに珍しいな」
「オレもそんなに絵描かないし?卵って丸くて描きにくすぎ!」
エースは頬が赤くなっていることを隠すように窓側に体を向けた。生憎、窓は閉められていて、エースの熱を持った頬を冷やすことは無かった
イースターパーティー当日の朝は、寮生達がそれぞれ作った卵を飾り付けていた。
「で、結局どんなデザインにしたわけ?」
「……ひよこにした」
デュースの卵に描かれている黄色い生命体は、ひよこと言われればひよこに見える何かだった。足はやや変な方向から生えているし、鳥っぽい形だがバランスが悪すぎる。妙に線は綺麗なせいで、そういうアートにすら見えてくる。
「あっははは!ひよこって言われればひよこだけど、これは……。くくっ」
「うるさいな。僕だって微妙だと思ってるんだ。そういうエースはどんなのを描いたんだ?」
「オレのはこれ!良く描けてるでしょ」
エースの卵には、デフォルメされたグリムとツム達が描かれていた。
「本当に良く描けてるな。あんな少ししか居なかったツムをよく覚えてたな」
「まぁね〜」
そう会話をしながら、エースとデュースは空いている場所に卵を飾り付けようとした。すると、
「おっ、エーデュースコンビ発見!ねね、イースターエッグと一緒に撮ろうよ!」
「ケイト先輩!いいっすよ」
ケイトはスマホをエースとデュースにも向け、
「卵を持って笑顔でね!」
パシャッ!
「#ハッピーイースター #デュースちゃんのはひよこ? #グリムちゃんとツム可愛い、っと!ありがと〜!」
写真を撮り、マジカメにアップしたケイトは満足そうに他の寮生の所へ行った。
「相変わらずだな、ダイヤモンド先輩は」
「そーね、急に来たからびっくりした。てか、ひよこって分かってもらえて良かったじゃん。ハテナついてるけど」
「そうだな。誰にも分かってもらえないかと思ったから、良かった」
嵐のように来ては去っていったケイトから目を離し、2人はようやく卵を飾り付けた。
「それでは、イースターパーティーを始めよう」
リドルの一言で、パーティーは始まった。
庭はお茶会や花たちのコンサートの時とは違い、色とりどりに塗られた薔薇や花々が飾られていた。もちろん、個性豊かな卵達も飾られている。パーティーに並ぶスイーツには玉子がふんだんに使われていた。エッグタルトやプリンにキッシュ、もちろんケーキも並んでいる。
「んー、これうっま!」
「クローバー先輩、このタルトすっげぇ美味しいです!」
「そうか、良かったよ」
エースやデュースも春の訪れを祝う、よりも目の前の食べ物に夢中になっていた。ほんの少しだけ、豪華に飾られたパーティー会場の片付けを思いうんざりとした気持ちもあったのはここだけの話だ。
華やかで色とりどりな春を祝うパーティーは終わり、すっかり夜になった。撤収作業も程々に終了した。
「卵を捨てるやつは明日までにこっちへ持ってきておいてくれ!」
トレイが呼びかけた寮の一角には袋が広げられている。寮生達は捨てるか捨てないかでまた盛り上がりを見せていた。
程なくして、ある程度卵を捨て終わったのか寮内にこの数日続いていた賑やかさもやや落ち着いていた。エースは一日の疲れと汚れをシャワーで洗い流し、火照った身体を冷ますために部屋の窓を開けてベッドへ沈み込んだ。
「つっかれたー……」
「なかなかハードな一日だったな……」
デュースは机に向かっているが、勉強をする気力がないのか突っ伏していた。向かいのベッドの二人はシャワーを浴びているのか、はたまた別の部屋にでも行っているのか、そこにはいない。体力も気力も使い疲れたエースとデュースの会話は途切れた。
カチ、カチ、カチ、カチ
時計の音が響く部屋の中で、エースはふともう一つの卵の存在を思い出した。このまま机に閉まっておいても仕方がないし、数ある卵の中の1つに混ざっていても気付かれることもないだろうと思い、机にしまっていた卵を取りだした。我ながら綺麗に描けているので、少しもったいない気持ちになった。
「回収し始めてすぐに捨ててたのに、まだ卵を持ってたのか」
「そー、失敗したやつ。思い出したから捨ててこようと思って」
エースがそそくさと部屋から出ようとする。その姿に違和感を覚えたデュースはエースの方に向かい、呼び止めた。
「なんだか焦ってるな。一体どんなのを描いたんだ?」
デュースがエースの持つ卵に目を向けると、スペードが二つ描かれているのに気が付いた。
「あーあ、見られちゃった……」
「なるほど、これが失敗した卵なんだな。僕のことでも想像してたのか?」
普段はからかわれてばかりのデュースがチャンスとでも言いたげな顔をしてエースをからかう。
「別に、トランプ柄にしようとしてただけだし〜?」
「そうなのか?そのわりには、スペードだけしか描いてないみたいだけどな?」
「くっそ……っ!そーだよ。デュースのこと見てたらつい描いてたの!」
はぐらかしてもからかわれることに耐えられなくなり、エースは白状した。
「なぁ、エース。卵をよく見せてくれないか?」
「え。ま、まぁいいけど……」
デュースはエースから卵を渡してもらい、まじまじと見た。綺麗に描かれたスペードを見ていると、ふと既視感を覚えた。自分が描いたり魔法でペイントしているスペードの形にそっくりなのだ。
デュースは、目の前のエースが自分のことを想ってこれを描いたことに愛おしく思った。
一方エースは、何も言わずに自分が描いた卵を愛おしそうに見続けているデュースの横で、気まずそうにしていた。嬉しいが、まじまじと見られているのは恥ずかしかった。しかし、まるで我が子でも見るように柔らかな笑みを浮かべ卵を見ているデュースに、エースはほんの少しだけ淫らな感情を覚えた。
「そうだ」
デュースの一言にふとエースは現実に戻された。デュースは赤のペンを持ち、スペードが描かれている反対側にペンを走らせた。
「……何描いてんの?」
「すぐ終わるから待ってくれ。……ほら、描けた!」
そう言ってデュースはたった今描いた絵をエースに見せた。
そこには大きく描かれたハートだった。歪みもなく、綺麗に描かれていた。
「へぇ、あのひよこより全然上手いじゃん」
嬉しさを隠すように、エースはデュースをからかった。
「まぁ、いつも見てるからな。エースの代わりにハートを描くことだってできるぞ」
デュースはマジカルペンをエースに向け、左目の方に魔法を飛ばす。
「よし、成功した!エース、見てくれ!」
今すぐに見てほしいと言わんばかりにエースに鏡を渡し、エースは鏡を受け取った。
そこに描かれたハートは、卵に描かれているのと同じくらいかそれ以上に綺麗に描かれていた。
魔法はイマジネーションがものを言う。
エースにペイントされたハートは、デュースのイマジネーションそのものだ。
「へー意外!ノーコンデュースの魔法でも、こんなに綺麗に描けんだね」
「ノーコンは余計だ!よく見ているし、印象に残ってるからな。シャワー上がりだからスッキリしていたけど、やっぱりハートが目元にある方がしっくり来るな」
「……そうじゃん。シャワー上がりなのにペイントしやがって!このアホデュース!また落とさなきゃいけねーじゃん!」
シャワー上がりにも関わらずハートをあしらわれたエースは、キレながら部屋を出て洗面台へ向かった。
洗面台についたエースは、目の前の鏡に映る自分を改めて見た。そこに描かれたハートは、自分がいつも描いているハートの形によく似ていた。
「よく見てる、ねぇ……」
エースは左目に描かれたハートを指で撫で、卵を眺めていたデュースと同じくらい愛おしそうに眺めていた。
「やっちまった……」
デュースは勢いよく出ていったエースを驚きながら見送り、机に向かい直した。
落ち込み、舞い上がっていた熱は急速に冷めていった。ふと、目の前のスペードが描かれた卵を見ると、エースの言葉を思い出した。
「僕を見てたら、つい描いたのか……」
デュースは、エースが自分を見ており、しかも自分のマークの一つともいえるスペードの2を描いたことに、どうしようもない感情が湧いてきた。秋に初めて会ったころとは、随分変わったものだ。デュースの頬に熱が戻ってくる。
窓から春風が入ってくる。風はデュースの頬を撫でるが、春の陽気な風は、もう冬のように冷たくはない。デュースの中から生まれる熱を、冷まし切ることができなかった。