秋の華やかだった木々の色もすっかりとなりを潜め、ドアの隙間から冷たい空気が忍び込み、足元をくすぐる季節になった。
暫くの間プルアの元で研究を重ねたかったゼルダはリンクからのハテノ村での生活の提案に飛びついた。ハイラル各地を回り、国土の復興を進めていくうちに自分自身で市民の暮らしを体験したかったのもあった。それにリンクは旅の間、実に紳士的でよくゼルダの面倒も見てくれたので信頼していたのも大きかった。
「すっかり日が落ちるのが早くなりましたね。」
「ええ、明日は帰り用にランプの用意をしておきましょう。下に降りる頃にはきっと真っ暗だ。」
「でもリンクが灯してくれた灯篭の明かりがあるので大丈夫ですよ。たまに青色に変わってるのはなぜでしょうね?」
村の手伝いの間をぬってリンクがいたずらをしていることはお見通しだった。
頭を掻くリンクと笑いながら話していれば研究所から村への長い道のりもあっという間だった。
明かりのついた村の中心を通り家に向かおうと丘を登りかけるとリンクが掲示版を指差した。
「ダンス・・・パーティー・・・ハテノ?」
「リトの音楽団によるダンスパーティー。。。。来週末ですって。」
「へー!カッシーワさんたちだきっと!子供達もみんな来るかな?」
顔を合わせたところで後ろから声がかかった。
村長のクサヨシがちょうどこのダンスパーティーの準備にリンクが必要だと打ち合わせ(男連の打ち合わせは必ず飲み会で終わるもの)に連れて行かれてしまった。
「ごめんゼルダ、ご飯先に食べていてください!」
家はもう目と鼻の先であったので笑顔で見送ったものの、ゼルダはちょっとだけ心細くなった。
橋を渡り、家の鍵を開けて中に入ると暖炉に薪をくべて火を起こした。
翌朝美味しそうな匂いにつられて目を覚ますとリンクがクレープに卵とチーズをのせて焼き上げているところだった。きっと遅くに帰ってきたのであろうリンクの髪にはまだ寝癖がついており、大概不深酒した翌朝はパンを買いに行くのが面倒だからだとこのメニューが出てくるのだ。
なんでもリトの音楽団が会場の飾り付けもしてくてるので要は場所だけ提供すればいいのだけれど、やはり食べ物や子供達への余興の店なども出したいとなってリンクが他の村から人を連れてきてほしいと頼まれたらしい。
なので暫くの間バタバタしてしまいそうですと断りを入れられた。ゼルダも村の生活にはすっかり慣れてきたので村人に信頼されるリンクを誇らしく思って素直に受け入れた。
研究所に通うのも、もう一人でも平気だ。いざとなれば途中に牧場もあるし、シーカーストーンでリンクやプルアに連絡を取ることもできる。
ダンスパーティーか、久しぶりだわ、何を着て行こうかしらなどと頭の中でクローゼットを広げてみる。城に住んでいた頃は豪華なレースやベロア、絹のタフタなど贅沢だけれど全て用意されていたものを着せられるだけだった。今は全てウールや綿の布、せいぜいゲルドの薄布しか持っていないけれど、自分で選ぶことのできる、ゼルダにとっては贅沢な宝物達だった。
自分が主催となる時はカードの色選びが好きだったな、あの方のパーティーの時は何色だった、自分はいつも父がエスコートしてくださるので同じ年頃の娘たちが誰と連れ立ってくるのか楽しみに見ていたこともあったなと思いを馳せていた。
あ・・・・
ふと立ち止まって掲示板を見てからのリンクの言葉をよく思い出そうと頭の中を検索する。
「私、誘われていません。」
急にすぐそこに思えた研究所が遠のいた気がした。早足で坂道を登りながらまた別の可能性を見つけ出そうと脳内を検索する。
昨日はすぐにクサヨシさんに連れて行かれてしまったし、今朝もまだ酔いが残っていたようだし、きっと今夜にもきちんと誘ってくれるでしょう。
ようやく落ち着いたゼルダはその日の研究に集中できた。
しかしその日の夜も、翌日もその翌々日もリンクは今日はどこどこで誰々と交渉してきたとか肉をどれくらい用意しとかなきゃとかそんな話ばかりで、ちっともゼルダを誘ってはくれないのだ。
何度リンクをじっと見つめても、笑顔を返されるだけでお誘いがない。
その夜布団に入ったゼルダは枕元の明かりを消しながら思いたくもない可能性を考えてしまった。
リンクはもう他の女の子を誘ったのかしら。
翌朝ゼルダの少しぎこちない笑顔に、リンクは首を傾げた。
「研究で困ったことがありましたか?研究所に通うのに不便がありましたら俺がお伴します。帰りも迎えに行きます。」
「いえ、リンクは今忙しいのでしょう?私はひとりで大丈夫ですから、どうぞ心配しないでください。本当に大丈夫ですから。」
橋を渡り、村へ降りるとブティック ヴェント・エストの主人が大きな包み袋をいくつも抱えてえっちらおっちらと村の中心部へ歩いて行くところだった。
「やあ、ゼルダさんおはようございます。」
「おはようございます。大変そうですね、私も持ちましょう。」
「やあ、ありがたいです!なんせ前もよく見えなくて。お嬢さんたちのドレスはかさばりますからね。」
いくつもの包みには村の若い娘たちの名前の札がつけられていた。ダンスパーティー用に新調したのだろう。
「ゼルダさんはよろしいんですか?まだ間に合いますよ?」
「いえ、私はー」
「きっとリンクさんが素敵なのを用意してくだすってるんでしょ?ゼルダさんが着たものはあとで村で流行りますからね、楽しみです。」
私は誘われていないので行きませんとも言えず、曖昧な返事しかできなくなってしまった。
村の他の男性に誘われたわけでもない、ダンスパーティーにエスコートもなくひとりで行くような勇気はゼルダにはなかった。
「明日村でダンスパーティーがあるんだって?姫様は何着るの?」
研究室の机の向こうからプルアの幼いながらも年季の入ったニヤニヤ顔が突然現れた。とっさに持っていた資料メモを落としてしまった。
「私は。。。あの。。。」
「あー懐かしいなー!城でのパーティーはウラが一番楽しいのよねー!飲み放題、食い放題、飲み放題!
それに勇者君をダンスに必死に誘う女の子たちの足の引っ掛け合い!あのツマミがサイコーだったわー!」
「リンクは素敵ですものね。」
「姫様と勇者君が初めて踊った時のぎこちなさはウツシエに撮っときたかったわー!明日はちゃんと思い出に撮っておいてね!」
リンクに誘われていないとも言い出せないままゼルダは周りの反応に困惑した。
皆自分がリンクと一緒に参加すると思っているのだ。ドレスの準備もしていなければエスコートもいない。何よりリンクが他の女の子の手を取って踊る姿を思い浮かべてしまって、胸の奥が痛む。一緒に住み、いつも心地よい距離で隣にいてくれる、そんなリンクに好意を抱いていたのは自分だけだっただと思い知らされた。
週末の朝日が上がった。寒さはあるものの、陽が上がればポカポカとなんともいい日和だった。
野良地が踏みならされ、1本のポールが中心に立てられた。カッシーワ一行の音楽隊の大人たちがテキパキと用意されていた花飾りやリボンを木々に結びつけていく。商業人たちは色とりどりの飾り物やおもちゃを荷台の上に飾り立てた。村の女たちは最後の料理の仕上げをし、そそくさと家に引き上げていく。皆パーティーのために身支度をしたくてウズウズしているのだ。男たちも女たちに払拭されたのかどこかソワソワとテーブルを運んだり丸焼き肉の炭を突いたりしている。
忙しく立ち回るリンクを横目にゼルダは料理の取り分け皿を運んだり煮込み鍋の番をしていたが、女たちが着飾りつけて戻ってくると交代してもらい、音楽隊の元へ向かった。
「ゼルダ姫様、お久しぶりでございます。」
大きなリト族の優雅に腰を折って挨拶をした。
「お久しぶりですカッシーワさん。今日は村の皆さんが大変楽しみにしていたんですよ。音楽隊を組んで村を回るとはとても素敵なアイデアです!」
「いつか貴女がハイラルの復興には文化が必要だと仰っていましたからね。我が師匠の残した様々な歌をまたハイラルに広めていきたいと思います。」
「ゼルダー!ゼルダお姉ちゃん!」
ふわふわとした色とりどりのもふもふとしたものがゼルダの周りを取り囲んだ。
カッシーワの子供達だ。
リンクはどこ?いっぱい練習したんだよ!今日は特別に連れてきてもらったの!会いたかった!マックスサーモンある?
ぴよぴよと鳴き止まない子供達を村の子供達が不思議そうに見ていたが、子供達のかくれんぼの合図が上がるとすぐさままたゼルダを離れて村の子供達と遊びに行ってしまった。
「子供達の順応は早いものです。これも貴女と勇者様のおかげですね。どうぞ今日はこのひと時をお楽しみください。」
ゼルダは人目を避け、そっと陰から家へ戻ろうと人家の裏手に回った。
このまま残っていてはリンクが誰かに微笑みかけるのを見なくてはいけない。それだけは避けたかった。
うなだれたまま涙をこらえていると後ろから手を掴まれた。
「ゼルダ!今のうちに一度家に戻りましょう!」
泥だらけのリンクに引かれるままに家まで早足で戻った。
リンクは泥を落とすために外で湯を浴びていて、ひとり部屋の中でウロウロしてしまう。
リンクが戻ってきたら何を話せば良いだろうかと冷や汗が出た。
リンクも好きな女の子と踊るのを楽しみにしているのだろう、機嫌が良さそうだった。今下手なことを口走って彼を傷つけたくはないし、彼を心配させないためにも何かパーティーに急遽行けなくなったような言い訳を見つけ出さなければいけない。
体調が悪い?そうしたらリンクはきっと私を優先してここに残ってしまうだろう。
研究で何か思いついた?明日にしましょうと言いくるめられてしまう。
正直にエスコートがいないと話す?リンクが好きな子を置き去りにしてしまうかもしれない。そんなのはその娘に申し訳ない。
ウンウンと悩んでいると戻ってきたリンクが怪訝そうな顔をしていた。
「ゼルダ、どこか調子が悪いのですか?着替えないとパーティーが始まってしまいますよ?」
側まで来て顔を覗き込まれると、思わず背を向けてしまった。
「あの、私は。。。私のことは構わずに、今日はどうぞ楽しんできてください!」
「⁇ゼルダ?どうしたんですか?やはりどこか調子が悪いのでしょう?」
「違います!至って元気ですから!どうぞリンクのパートナーの方とパーティーに行ってください!」
「?????なんで俺が誰かと行くんですか?????
何か俺、ゼルダの気に触ることしましたか?」
みるみるうちに困惑したように曇っていくリンクの顔に余計胸が痛む。
「リンクのせいじゃありません!私が。。。私、恥ずかしながら誰にもお誘いいただいていませんので。。。。」
勇気を振り絞って真実を言い出してしまえば、急に惨めさが襲ってきた。やはり自分はお付きの騎士であったリンクの忠誠以外、男に興味を持たれるような存在ではないのだ。今までだってリンクと旅をしている間に男性からお世辞以外誘われるような言葉をもらったことはなかったのだから。
リンクに選ばれた人が羨ましい。
「好きですゼルダ!!!!!!」
え?
え?
ええええ?
何事かと振り返れば真っ赤になって口を開けたままのリンクが居た。
「リンク今なんて。」
「うわぁ、あの、俺、順番が・・・今日絶対言おうと思ってて、そのゼルダと踊れるって思ってたし、あの・・・ごめん!!!!」
「リンク、さっきなんて?」
「俺、一人でテンパってたみたいで、あの、思い込みでその、ゼルダと絶対一緒だと・・・ちゃんと申し入れするのを忘れていました!!!」
「私と行ってくれるつもりだったのですか?」
「もちろんです!ゼルダ以外誰と行けというのですか。」
「それで、さっきの。。。」
リンクが一歩近ずいて手を取って、胸元で優しく握りしめた。
「俺、ゼルダが好きです!ずっと前から好きで、ここで暮らしてもっともっと好きになって。ずっとゼルダの側に居られさえすればいいと思ってたけど、やっぱり俺好きな気持ちが抑えられなくて!!」
「・・・嬉しい。」
溢れ出した涙が二人の指を濡らした。
要はゼルダ以外の選択肢など考えていなかったリンクの言い忘れのせいで散々悩まされていただけだったのだ。騎士として死に、野性的な生活を送ってきたリンクはゼルダの淑女の振る舞いが好きだけれど、王家のルールと今の一般市民のルールの差を忘れてしまいがちだった。こんな小さな村のパーティーなんてひとりで来ようが家族で来ようが構わないのだけれど、パーティーと名のつくものに姫として育ったゼルダが正式な申し込みも受けず、ひとりで来るようなことは絶対に無いのだ。だからこそ自分と行くものだという思い込みがリンクにもあったのだった。
そして今度こそ心の内を告白しようと、その為にはゼルダに楽しんでもらえるものにしようと躍起になって走り回っていたことが余計ゼルダを不安にさせてしまったのだった。
「俺と一緒に踊ってくれますか?」
「もちろん、喜んでお受けします!」
そのまま繋がれた指は冬の青空のもと、何度も何度もくるくると華やかな音楽とともに舞い踊り、離れることなく繋がれていましたとさ。