お礼の交換大晦日、朝早くからキッチンは賑やかだ。
大量のさつまいもを頂いたことから思い付きで栗きんとんを作っているのだが、これが思いの外大変だった。
「ティアラ替わるわ、鍋を押さえててくれる?」
「はい、お姉様お願いします!」
「ごめんね。ティアラを完全に休ませられなくて……」
「いいえ、押さえるだけですから休憩になってます!」
朝からずっとさつまいもと格闘していた。
お節の中でも大好きな栗きんとんだが作ることがこんなにも大変とは思ってもいなかった。
切って、皮を剥いて、水にさらして、茹でて、濾して、更に砂糖を入れて火にかけて練る。
文字にすれば簡単に思えるが、すっごく腕力と体力を要する重労働だった。特に練る作業が。
「はぁ、はぁ、はぁ」
「お姉様、私回復しました!」
「はぁ、でも……」
「大丈夫です!でもすぐに疲れるかも知れないのでまた替わってください」
「……分かったわ」
火に掛けながら練るのだが余りにも芋がねっとりと重く焦げやすい。底まで混ぜ続けなければならないのが本当に大変だった。
私とティアラは混ぜるのと鍋を押さえるを交代で繰り返す。
途中でステイルが入って来て「俺が替わろうか?」と言ってくれたが「兄様ありがとう。でも大丈夫です!お姉様と2人で作ります!」
と断ってしまったから面白くなさそうな顔を、そして私が「ごめんね」と表情で伝えればバツの悪そうに肩をすくめてキッチンを出て行ってしまった。
ステイルも心配で来てくれたのは分かるが、私もティアラも自分で頑張りたかった。
本当に私がただ非力なだけなら良かったのに、呪まで受けているなんて……とため息を付きたくなる。
「ティアラ、出来たら一番最初に3人で食べましょうね」
「はい!」
「じゃ次は私がやるわ」
「お願いします!」
ティアラはこんなにも大変な作業なのに全く弱音を吐かず、ずっと笑顔だ。だから私も辛くても笑顔になってしまう。
仕上げに入れる栗の甘露煮は瓶詰めを使ったが、これもとなったら更に大変だっただろう。そしてやっと艶々の黄色い栗が入り黄金の栗きんとんが完成した。
「出来た〜〜〜」
「出来ました〜〜〜」
やっと完成した大量の栗きんとんの山を前に顔を合わせればにっこり笑った。やり切った!という物凄い充実感を感じたのである。
片付けは手伝ってくれていたマリーとロッテがしてくれると言うので、私達は出来たてをステイルと食べる為にリビングへと下がった。
「お疲れ様でした。こちらをどうぞ」
「わぁ、ありがとうステイル!」
「兄様ありがとうございます!」
リビングではステイルが紅茶を淹れて待っていてくれていた。
3人でソファに座り栗きんとんをお茶請けに紅茶を頂く。ステイルの淹れてくれた紅茶はとても香りが強くてほんのりとした苦味が栗きんとんの甘味によく合う。
美味しいとティアラと2人で褒めれば頬を赤く染めて「栗きんとんも大変美味しいのでそのお礼です」と顔を隠す為に眼鏡を直す。その様子に私とティアラは顔を合わせて笑い合った。
紅茶を飲みながら時計を見ればもうお昼過ぎだった。
「お昼は○○店のサンドイッチを頼みました。もうすぐ届きますのでお待ち下さい」
ステイルの言葉に私とティアラは笑顔でまた礼を伝える。キッチンは今マリー達が片付けをしてくれているから宅配を頼んでくれたのだろう。
本当にステイルは抜かりがない、さすがだわ。
本当に弟も妹もとても出来た人間ね。このまま大きくなって国の為にその才能と力を発揮してくれたら嬉しいわ。
私も置いていかれないように頑張らなくちゃと新たに気合いを入れ直す。
甘い香りで満たされている空気を換えようとステイルが窓を開けると天気はいいが冷たい風が吹き付けて寒い。思わずブルリと身体が震える。
隣にいたティアラが私にくっついて暖を取り始めたのに気付いたステイルはそっと窓を閉じてくれた。
やはりお兄ちゃんだなと感心しながらティアラの頭を撫でる。今年最後の日の昼下がり、私達姉弟妹は穏やかに過ごす事が出来た。
あとはこれを彼に渡すだけだ。
目の前には赤茶色の風呂敷に不恰好に包まれたお重が1つ。
本当にティアラが頑張って作ってくれたお陰でとても綺麗な黄金色の栗きんとんが大量に出来上がった。なのに「お姉様と作りました」と笑ってくれるティアラに本当に救われている。
今そのティアラは栗きんとんを受け取りに来たセドリックと部屋で話をしている。
その事に落ち着かなくなったステイルは栗きんとんを受け取りに来たアーサーが稽古へと連れ出してくれた。
アーサーもアーサーで妹のように可愛がっているティアラが気になって落ち着いていられなかったみたい。それでも2人とも信じて見守ろうとしているのは有り難いと思う。
勿論私もティアラの事は気になっているが、ステイルやアーサーよりは落ち着いていられるのは同性だからだろうか?
2人がどうなるかは分からないけど、幸せになって貰いたいと祈るだけだ。
はぁ〜と何度目かのため息が出てしまった。一人になってからずっとお重とにらめっこしている。
私にとってはティアラとセドリックよりも目の前の問題が大き過ぎる。
今日彼は予定があるらしく夕方に約束していた。
昼はあんなにも明るかったのに今は冬の早い夕暮れがすぐそこまで来ている。刻一刻とその時が近付くに連れ心は落ち着かなくなる。
ロッテに髪を結って貰ったというのに気になって何度も鏡を覗いてしまうし、触っては崩れてしまうと分かっていても耐え切れず毛先をクルクルと指に巻き付けてしまう。
覚悟は決めていたのに、時が近付けばそれだけで逃げ出したくなってくる。話し相手がいれば紛れたのだろうが、残念ながら誰もいない。
マリー達も年の瀬はとても忙しく既に城へと戻っていた。
いつも通りにすれば大丈夫とは思いつつ、いつも通りって何だっけ??と考えれば考えるほど分からなくなる。
他の人なら会えば自然と話せるのに……カラム先輩の前だけはどうしてもそれが出来なくなる。
今年お世話になった騎士部の先輩へのお礼に栗きんとんを渡したい旨をラインに送ったら喜んでくれた。本当は彼が住む高等部の寮まで届けるつもりだったのだが、
『私用がありますので受け取りは夕方になってしまいます。外で待たせるわけにもいけませんので取りに行かせてください』
『頂けるだけで幸せです』
『暗くなるのが早い今、夕方に〝女性〟が外に出て何かあったらそちらの方が大変です』
と何を言っても首を横に振るカラム先輩に押し切られてしまった。
王族でも女の子でも無く〝女性〟と言ってくれたのがとても嬉しかった。そんな些細な事だとしても私にとっては大きい。
はしたないと分かっていながらもソファーの上で体育座りして膝に顔を埋める。
カラム先輩が私に優しくしてくれるのも、気を遣ってくれるのも、丁寧に対応してくれるのも全部私が王女だからだと知っている。それでも、その言葉1つでこんなにも嬉しくて嬉しくて仕方なくなってしまうのだ。
カラム先輩と親しくなって半年、徐々に惹かれていったこのふわふわした感情が恋なのだと自覚したのに私にはこの感情に対して何も出来ない。ギュッと膝を抱きしめる腕と手に力が入った。
私は将来親が決めた婚約者と婚姻をするのだ。そこに私の感情など関係ない。そして多分相手は他国の王族になる。
王族としての宿命、この国の未来には必要なことであり、それに抗議をする気はない。そして何よりも、この気持ちをカラム先輩に伝えたら困らすだけということも理解できない程子供でもない。
カラム先輩は騎士を目指している、王族の私が恋をしても実ることは決してないのだから。
伝えられない想い、個別には何も出来ない悔しさ、振り切らなければならない想い。
そのネガティブさも全て引っくるめて今だけは楽しみたい。
子供で居られる間だけでもこの最大級の我儘を許して欲しい───
〜〜♪
「キャ!?」
突然私の携帯が鳴り吃驚して肩が跳ねた。
慌ててポケットから出して見ればカラム先輩からのメッセージだ。早く着いたので時間を潰したほうがいいかというお伺いだった。
時計を見れば約束の30分も早い。
急いで『今すぐで構いません。エントランスに行きますね』と送る。ティアラにも部屋を出るメッセージを送り、お重を大事に抱え足早に向かった。崩れる事はないが慎重に持ち、エレベーターを待ちながらも汚れや不備がないか念入りに見てしまう。角がビシッと決まっていないカッコ悪いままだが、何度も練習した中では一番上手に出来た。
やっぱりもっと練習すればよかった、と今更ながら後悔する。
みんないなくなってから解いて戻せなかったらと考えてしまったのだ。私はティアラのように器用ではないのだから戻せなかったら死活問題だ。
もう来ているかな?それともまだかな?
やっと来たエレベーターに乗ったら今度は髪が気になる。鏡を見ながら、変ではないだろうか?顔や服にゴミはついてないだろうか?と何度も確認してしまう。
将来化粧したらそれも気になるのだろうなと考えていると、エレベーターが1階を知らせた。
息を吐いていざ!と足を出そうとしたところで、開いた扉の目の前にカラム先輩がいて吃驚した。
「カラム先輩ッ!?」
「お久しぶりです、プライド様」
ニッコリと笑うカラム先輩。
会えただけで、それだけで嬉しいのに、笑って貰えた事に心に花が咲くほど温かくなる。
(あれ?今日すっごくかっこいい!!)
恋のフィルター、のせいではないと断言する。
いつも着ている服もブランドだけど高級感が全く違うし、微かに香る香水も、何より髪型が……いつもは真っ直ぐに下ろされているのに、片方に流されてセットされていて、いつもよりも綺麗な整った顔が見えていた。
「あ……この髪型や格好のことですか?」
私が惚けてしまった為、カラム先輩が顔を赤くし頬を掻いた。
カラム先輩の照れ顔なんてとても珍しい!!
「あ、すみません!とても珍しく、そしてとてもお似合いだったもので……つい魅入って……あ!いいえ、すみません変なことを!!」
突然の登場に、思いもしなかった格好に、と思わず本音が口から溢れてしまった。私が慌てたからだろうクスッと笑われてしまった。
そんなところまでかっこいいのズルいわ……。
「ありがとうございます。プライド様はいつも素敵ですが、今日は一段と愛らしいですね。特に髪型がとてもお似合いです」
「〜〜〜ッありがとうございます!」
編み込みのツインテールにして貰った髪型は豪華に可愛く見えるだろう。ツリ目の私に似合うかどうかは分からないが、お世辞でもカラム先輩に〝愛らしい〟〝お似合い〟と言われれば嬉しくないわけがない。そしてまた手の届く髪先を指で弄ってしまう。
「プライド様どうぞお手をお取り下さい。足下の段差にお気を付けください」
そう柔らかく言いながら手を差し出されて気付く。
今私はエレベーター内にいるという事に!
そしてカラム先輩がずっとエレベーターの開くボタンを押していてくれたことに!
慌てて出ようとすれば「ゆっくりで大丈夫ですよ」と言われてしまった。
重いお重を片手に持ちカラム先輩の手に自分の手を重ねる。寒い外を歩いてきた筈のカラム先輩の手はとても温かかった。
離れる手が寂しいと思いながらも礼を伝えればとても柔らかな笑顔が返ってきた。やはりいつもよりも顔が見えるからカッコ良すぎて頬が熱くなる。
「どうかなさいましたか?」
「い、いえ、カラム先輩が本当にお洒落でかっこよくて……」
また見惚れていました、とは言えなかったがそれだけでカラム先輩には伝わってしまった。頬を赤くしたカラム先輩は苦笑いをする。
「ありがとうございます。ですが、やはり恥ずかしいもので、お洒落なのは分かるのですがどうしてもこういう格好は慣れなくて、本当に恥ずかしいです」
恥ずかしいをこんなにも連発するということは本当に恥ずかしいのだろう、「素敵ですよ」と伝えれば頬を赤くしながらも笑って礼を言われた。
しかしなぜこんなにも改まった格好をしているのだろうか?
私用と言っていたが、まさか彼女とデート?
カラム先輩ならそういうドレスコードのあるお店でデートもあり得るのではないか?
その事に今更ながら気付いてザラリと心が削られる。
だが、そこに対して私がどうのこうの言える立場ではない。見えない相手への嫉妬に、問いたい言葉を飲み込んでいるとカラム先輩が話し始めた。
「年の瀬ですので親戚に挨拶をしておりました。親戚とはいえ食事も兼ねたそれなりのお店での催しだったものでこんな改まった格好を。途中で着替えると時間的に約束の時間に間に合わなそうだったので、このまま来てしまいました」
その説明にホッと胸を撫で下ろした。
確かに着替えるとなれば男性でも30分では心許ない。カラム先輩としたら早めに着いて待つ方が無難だと選択するのも分かる。
そして今私は取り繕えない程の動揺と安堵をだしてしまった事を自覚し、恥ずかしさから顔が熱くなる。
「こ、こんなにも素敵なカラム先輩が見れてとてもラッキーです!」
「そうですか。プライド様が喜んでくれたのなら、このまま来て良かったです」
優しい言葉と笑顔に心が擽られる。
こんなにも素敵な姿が見れて、本当に今日栗きんとんを頑張って良かった。
「今お時間はありますか?もし宜しければそこに座ってお話をして頂けませんでしょうか?暫くぶりに会ったのですから、これでお別れするのも寂しいですし」
「は、はい!勿論時間はあります!」
そこと手で示されたのはエントランスのラウンジだ。
本当なら家に上がって頂きたいところだが、さすがに人目のないところで2人きりはカラム先輩に迷惑が掛かってしまう。カラム先輩はセドリックのような王族でも、アーサーの様に家への出入りを許可された人でもないのだから。
「もしよろしければそちらのお荷物お持ちしましょうか?」
「え?」
「重そうですので。それに間違っていたら申し訳ありませんが、そちらが本日私が頂戴する品物ですよね?でしたら尚更今すぐにお持ち致します」
「はい、その通りです。お気遣いありがとうございます。あの、こちらがティアラと作った栗きんとんです。お口に合えば宜しいのですがどうぞ」
おずおずと差し出せば満面の笑みが返ってきた。
「わざわざ私どもの分もありがとうございます。大切に味わわせて頂きます。作るの大変だったでしょう。手や腕は大丈夫でしょうか?」
カラム先輩は受け取りながらも私の身体を気遣ってくれる。栗きんとんの作り方を知っているのかしら?
「ええ、主にティアラが大変でしたが、私もティアラもとても充実しました。ティアラはとても料理が得意で、お陰様でとても綺麗な黄金色の栗きんとんが出来たのです!今回はお芋を多く頂いたので作ってみたのですが、来年もまた作ろうねと話したくらいです!」
「そうでしたか。それはとても良かっです。来年もまた楽しく作ってください。その際はお2人ともくれぐれも怪我だけは気を付けてください」
「はい、ありがとうございます!」
やはりカラム先輩はとても優しい、ティアラだけでなく私の心配までしてくれる。今も私だけなのにこんなにも親切にしてくれて………
───いえ、それは私が王族だからよ。
ふわふわと舞い上がりそうな心を引き締める。
カラム先輩はトートバッグを腕に掛け、お重を軽く片手で持つと逆の手をスッと差し出してくれた。
「では行きましょう」
「はい」
社交界でもエスコートしてくれる殿方は多いが、カラム先輩がと思うだけで照れてしまう。さっきは慌ててしまったが、今度は気を付けて手をそっと置いた。
「先程も思いましたが、指先がとても冷たいですね。冷え性ですか?」
「ええ、冬はたまに……」
本当は緊張から指先が冷えているだけなのだが。
「そうでしたか」
「カラム先輩は温かいですね」
「ええ、ここまで歩いて来たので温まりました。少し失礼します」
「!?」
そう言うとカラム先輩が私の指先を軽く握って温めてくれた。
「嫌でしたらおっしゃってください」
「た、だだだだだいじょうぶれす!」
噛み噛み言えばまたクスッと笑われてしまった。今絶対子供だと思われた!
エスコートには慣れていてもカラム先輩だからこそこんなにも挙動不審になるのに!!
「失礼しました。とても愛らしいと思ってしまったもので」
「いえ……」
言葉の節々から子供や動物に対しての様なニュアンスが伝わってくるのが泣けてくる。カラム先輩からすれば私なんて子供扱いなのだろう。分かっていても悲しいものは悲しいものだ。
「行きましょう」
カラム先輩に連れられて二人掛けのソファに2人で座る。こういう時向かいに座るものでは?と思うもカラム先輩はお重とトートバッグを目の前の机に置き私の手を両手で包み温め始めた。
まさかの出来事に驚いていると
「もし良ければそちらの手も温めますのでお出しください」
「は……ははっはい……」
手を温めてくれるために横に座ったの!?
驚きつつ言われた通りにもう片方の手も出せば纏めてカラム先輩の手の中に収まってしまった。皮の厚い大きな手には剣タコなのだろう、固い物が甲に当たる。それがカラム先輩が毎日鍛錬を積み上げている証拠だ。
ステイルともアーサーとも違う大きさと感触と温かさに、男性の力強さと安心を感じてかぁぁぁと頬が熱くなり隠すなど出来ない。このまま沈黙し続けるのは厳しい、心臓が持たない。
「……あの今更ですが、寒い中来てくださったのにお待たせして申し訳ありません。わざわざ足を運んで頂きありがとう御座います」
「いえ、とんでもありません。私も来たばかりでした。毎日鍛錬で外にいますから寒さも問題ありません。返って良い散歩になりました。こちらがお礼をしたいほどです」
ニコニコと答えるカラム先輩が普段通りだから尚の事1人アワアワしている自分が恥ずかし過ぎる。
「恥ずかしながら、今回のことが無ければ栗きんとんがどのように作られるのか知りませんでした」
「え?」
「レシピ動画を見て初めてこんなにも大変な作業なのだと知ったんです。そんな大変な思いをして作られた品物をプライド様は私どもにくださるのだと知ったら有り難みが増しました」
カラム先輩は真っ直ぐと私の手を見つめる。
「こんなにも小さく細い手で作っていただけたのだと思うと、何も返せない自分が情けなく、居た堪れない気持ちにさせられます」
サラリと手の甲を撫でられドキッと心臓が跳ねた。
「私はこうやって温めるしか出来ないことが悔しいです」
「すっすすすごく嬉しいです!」
突然の思い付きだったから、会って渡して終わりでも文句も言えない、それどころか会えずに渡せないとしても。
なのにこんなサービスをして貰えるなんて思ってもなかった。
今私はどんな顔になっているかそっちが心配だ!!
「それに頑張ったのはティアラです!私はティアラがいなければ料理は全く出来なくて……」
わざわざこんな事を言う必要もないと分かっていながら言わずにはいられなかった。カラム先輩は真っ直ぐと私の顔を見て凄く優しく笑った。
「プライド様はとてもお優しいですね」
「いえ、あの、その………そんなことは……………ないです……」
「私の前ではそんなに謙遜されなくてもよろしいのですよ」
謙遜も何も事実、作業の殆どをティアラが行った。
「大分温まりましたね」
「いえ、離されたらまた冷たくなります!」
別れるまでこのままでいたい。我儘を承知で言えばカラム先輩は笑いながら「かしこまりました」とまた手を擦ってくれた。
どう捉えられたのだろうか?
触れ合った嬉しさと恥ずかしさで手どころか足の先まで熱くて、指先も今ではカラム先輩の手を温めているほど熱くなっている。
それでも離れたくなくてそんな事を言ってしまった。
カラム先輩は優しい眼差しのまま手の甲を擦ってくれるのがまた心が擽ったい。カラム先輩からしたら近所の女の子が「手が冷たい」と言ったから温めているような感覚なのだろう。
私1人が浮かれて、舞い上がって、テンパって体温を人一倍熱くして……、そう思うと心が急激に冷え始め、身体の熱もだいぶ落ち着いて来た。
何か話題を振ろうと目で探せばお重に止まった。
「あの、カラム先輩」
「はい?」
優しい眼差しのまま私の顔を見てくれるから心がまた擽られる。目線がこそばゆくて思わず目を逸らしてしまう。悟られないようにと思っているのに勝手に落ち着いていた筈の頬が熱くなる。
「あの……こちらの栗きんとんですが甘さは控え目です。なので、お節には早いのですが、今夜から召し上がってください」
「本当ですか!甘いのは好きなのですが買ったものは甘過ぎまして。それは頂くのが更に楽しみになりました」
「いっぱい入れてしまったので、もしかしたら多かったかも知れません」
「ふふっ、それはご心配には及びません。アランとエリックに声を掛けましたから。2人ともプライド様の差し入れを楽しみにしています。これくらい3人で直ぐに頂いてしまいますので足りないくらいです」
「そうですか……」
やはりカラム先輩1人では食べないのだな、とガッカリしてしまった。勿論アラン先輩、エリック先輩に食べて貰えるのも嬉しいがやはりカラム先輩だけに特別な物を渡したい気持ちがある。
栗きんとんとは別にクッキーかカップケーキを作って渡せば良かったと今更後悔する。
「2人ともプライド様とティアラ様の手作りと聞いて大変喜んでいました」
あ、そっか、ティアラが作ったとなればそれは男性なら喜ぶよわね。
「アランも昨日には実家を発ったと言ってましたからもう少しで帰って来るでしょう」
「へ!?」
「飛行機であればもっと速いのでしょうが、チケットが買えなかったそうで、フェリーと電車の乗り継ぎで来るそうです」
ティアラの栗きんとんが食べたいからってそんなに!?
まさか帰省していたとは知らなかったし、わざわざ年末に遠い場所から戻って来るなんて!!
いや、何せティアラ王女の栗きんとんだものそれぐらいの力はあるわね。何と言ってもティアラ王女だもの。
吃驚したり納得したりしていると笑われてしまった。
「私を始めみんなプライド様達を慕っていますから」
カラム先輩の嬉しそうな笑顔と言葉に心がぽかぽかと温かくなる。弟妹や他者から言われるのとは違うこの感情はこんなにも私を幸せな気持ちにしてくれる。
やはり今年の最後日にカラム先輩と会えて良かった。
「あの……」
「はい?」
「来年もまた作ります。なので今回の感想頂けると嬉しいです。甘さの調整も出来ますし、芋もねっとりがいいかホクホクがいいかとか、あと……あと……、えーと──」
「プライド様」
言いたいことは山程あるのに言葉が出て来なくて探しているとカラム先輩が優しい眼差しを向けてくれた。
「正直に感想と改善点をご連絡致しますね。だだこれは覚えていて欲しい事ですが」
「はい?」
「私はプライド様から頂けるものは何でも嬉しいですし有り難いと思っています。それも手作り料理なら更にです」
「……ありがとうございます」
「お礼を言うのは私の方です、有り難く頂きます。それでこちらはお返しです」
「え!?」
失礼します、と手を離され、カラム先輩が持ってきていた大きなトートバッグの中からとても可愛らしいお菓子店の紙袋を取り出して渡してくれた。
「いえ、あのいつもお世話になっているのでこちらがそのお礼なのですが……」
気を使わせないようにとこれはちゃんと連絡をしていた。
「ええ。ですが、その時もお伝えしたようにプライド様達にお世話になっているのは私の方です。なのでこれは私からの今年のお礼も含めてです。来年もまた頂けるのでしたら同じく交換いたしましょう。なので私の方もリクエストを受け付けます」
「気を遣わないでください」
「気を遣っているわけではありません。私がしたいことをしているのです」
「ですが……」
「〝しないこと〟の方が気を遣っていることになってしまいます。貰って頂けるととても有難いです」
やはりカラム先輩には敵わない。そこまで言われたら受け取るしかなくなる。
「ではお言葉に甘えて。ありがとうございます」
「いえ、こちらこそ受け取ってくださりありがとうございます」
中を見るととても可愛らしい四角い缶だった。
「あ、可愛い。クッキー缶ですか?」
「はい、個人でやっているお菓子屋さんのです。この缶も人気だそうですが中のクッキーがとても美味しかったので、プライド様のお口に合えば宜しいんですが」
「はい、この缶だけでもとても嬉しいです!あの、今度場所を教えて頂けますか?」
「ええ、もちろんです。後でマップをお送りますね」
やった!カラム先輩の御用達のお菓子屋さんの情報ゲット!!
「カラム先輩は色んなお店をよくご存知ですね」
「ええ。高校に入ってからはカフェ等を巡るようになりまして。今は気になる路地に入って隠れた名店を見つけるのが楽しくて仕方ないんです」
「そうなんですか!とても素敵な趣味ですね!」
「ええ。ここも何度も行っていますが、本当にいいお店です。カフェもありまして、紅茶も珈琲もケーキもとても美味しいです。内装も拘っていましてとても可愛らしい店内になっていますので、プライド様もぜひ行ってみてください。ティアラ様も大変気に入ると思います」
「わぁ、分かりました!ありがとうございます」
───連れて行ってください。
その言葉は飲み込んだ。そこまで我儘は言えない。例え子供だろうと言ってはいけないと分かる。困らせてしまうから。
2人で笑って、離された手がひんやりとした空気によって冷やされ、それが合図のように別れの時間が来たことを理解する。
「ではそろそろ御暇致しますね」
「はい、本日はありがとうございました」
カラム先輩の言葉に寂しいけど私は笑顔を保つ。
離れたくない、
ずっと一緒にいたい、
部屋に来て
言いたくても言えない言葉全てを飲み込む。
私の手にはクッキー缶、カラム先輩の手には赤茶色の風呂敷。
それだけで今は十分だと言い聞かせる。
「それではプライド様、良いお年をお過ごし下さい」
「はい、カラム先輩も良いお年をお過ごし下さい」
去っていくカラム先輩の広く大きな背中。言葉に出来ない想いは全てお重に込めた。
この気持ちごと全て持ち去ってくれればいいのに……。
身勝手に膨らんでいくこの伝える事も出来ない想いが苦しくて仕方なかった……。
◆設定と後書き
ここまで読んで頂きありがとうございます。
このプラ様は『好き好き』という気持ちを繕えようとしながらも、アワアワして赤面して一生懸命伝えてしまっている感じですね。
原作は真逆に隠すの上手そうですので、ここでは子供のままで過ごして欲しい。
カラム先輩はプラ様の気持ちに気付いてはいますが歳上男性への〝憧憬〟に過ぎず、すぐにプラ様に釣り合う人を好きになるだろうという認識です。
なのでプラ様の気持ちが離れるその時までいい思い出にしてあげようとしている感じです。
ならばエスコートはしても、手を握るはしないだろうと思いつつ、〝私が見たかった〟を免罪符に入れました。
この後カラム先輩自身は反省したでしょうけど(^o^)
カラム先輩からプラ様への気持ちは〝大切な人〟であり、王族相手に恋愛の目では見れないと思います。あくまで王女と騎士の関係を継続しつつ、個人的にも仲良くしている関係ですね。
ステアサはプラ様の気持ちに気付いてるかどうかは考えてないですが、気付いてなかったら面白いかな?とか思ってます。
またティ様とセドくんは2人きりでも健全に過ごしています。
こんな駄文まで読んでくださった方ありがとうございました。
プラ様の片想いという絶対に原作ではあり得ない現象が書けて楽しかったです。
たまに辻褄合わない不整合が生じるとは思いますがたまに書くと思うのでその時もよろしくお願いします。