野生の子猫が現れた。(アイビー姉弟妹)アイビーきょうだいが学校帰り、自宅のあるマンションの近くの公園を通った時だった。
「ニャー」
茂みから野生の小さな子猫が現れた。
灰色で所々泥で汚れた子猫だが蒼い目が宝石のように煌めいて美しい。
「まあ!」
「可愛いです!」
その愛くるしい容姿にすぐさまプライドとティアラの目が輝いた。今にも手を出して抱き上げようとするもすぐにステイルが止めに入る。
「見たところ野良猫です。変な病気や菌、ノミ・ダニを持っている可能性もありますから触らないで下さい」
「えー……」
「こんなにも可愛いのに……」
プライド、ティアラはステイルに、むぅー、と頬を膨らませて怒るもステイルは首を振って否定する。
第一王女の補佐として王女2人を守るのがステイルの仕事だ。それに野良猫の爪や牙からの感染は本当に危ないことを知っていればやはり2人を遠ざけるのは当たり前だ。
「ニャー」
愛くるしい顔と鳴き声で誘惑する子猫にプライドもティアラも一撫でだけでもと手を出したくなる。だがステイルが自分達を想っている為の発言だということも理解しているからこそ涙をのんで子猫とバイバイしようと決めた。
「またね子猫さん」
「また会いましょうねッ!」
「悪く思うなよ。誰かに拾って貰えればいいな」
プライドとティアラにとってはとても後ろ髪を引かれる思いだ。
3人は帰路に戻り歩き出す、だが。
「ニャー」
プライドとティアラが振り向けば子猫が跡を追ってきていた。
「ステイル、追ってきたわ!」
「兄様!」
「駄目です、無視してください!」
振り向かないまま前を歩くステイルに伝えてもれば素っ気ない返事が帰って来た。
「ニャー」
「兄様、何処までも付いてきますよ」
「無視しろ。飼う気はない」
どんなに歩いても3人の跡を鳴きながらトテトテと小さな身体で付いてくる子猫。それをプライドとティアラは気になりチラチラと振り向いては確認してしまう。
ステイルは全く振り向かない。
プライドとティアラは〝もしかして〟と顔を見合わせた。
ステイルの事は一緒に暮らしてだいぶ理解している。無表情な時でもだいぶ表情が読めるようになるほどに。
「ステイル、まだ付いてきてるわ。あの子飼えないかしら?」
「そうです、私もちゃんと面倒見ます!これからもまだまだ寒い冬ですし、外はとても寒いです!」
「駄目なものは駄目です!学校に部活に仕事にと日々時間に追われているのに、猫を飼う余裕はありません!」
ステイルの言い分はもっともだ。だが、そこは王族である。
「私達が出来ない時はマリーとロッテに頼むわ。勿論任せっきりではなく私達が手が回らなくなった時だけよ」
ペットの世話を使用人に任せるのも普通のことである。だがプライドもティアラも本人達が手が回らない時だけ手を借りるという事は互いに確認をするまでもなく最初から決めていた。
「だからと言われても」
ステイルの顔が曇る。突然今連れて帰っても子猫を迎える用意も何もない。
ステイルの心がぐらついたのをプライドとティアラは見逃さない。
「お願いステイル。お願いよ」
「お願いします、兄様」
「そ……れは………」
王女2人からの懇願にステイルもタジタジになる。昔から2人の懇願はとても弱いことも自覚している。
そこをティアラが更に一刺しする。
「それに、あの子〝アーサー〟みたいじゃありませんか??」
「ン゙ンっ!?」
「あ、本当ねあの蒼い目がアーサーそっくり!」
「ですよね!あの子はアーサーそっくりです!」
ニコニコ言うティアラにプライドもうんうんと頷く。
「もしかしたら綺麗に洗ってあげたら銀色の毛並みの猫ちゃんかも知れませんよ」
「色は分からないけど、こんなにも人懐っこいから絶対に可愛い顔していると思うわ!膝に乗っけて撫でたいわね!」
「ええ!!絶対にカワイイですよね!!」
姉妹の話を聞きながらとうとうステイルは後ろを振り返った。
きょとんとした灰色の猫はその蒼き瞳を真っ直ぐとステイルの目に向け「にゃー」と鳴いた。
その瞬間ステイルの心臓が大きく鳴った。
キューピットの矢で射抜かれたように目が釘付けになる。
美しい蒼い瞳は本当にアーサーにそっくりだと思う。そう言われてしまってはもうその子猫がアーサーに思えてならない。
「ねぇステイル……?」
「兄様……」
「「お願い!!」」
「ニャー」
2人からの懇願に、子猫の鳴き声、ステイルの心はあっさりと陥落した。
「わ……かりました」
「やったーありがとうステイル!」
「ありがとうございます、兄様!」
「ただし!」
ビシッとステイルはマンション前の電信柱を指差した。ここから約20mくらいだろう。
「あそこの電信柱まで付いてきたら、だ!」
まさかの条件にプライドもティアラも笑ってはいけないと我慢する。プイッと子猫を見ないようにステイルは回り右をして歩き出した。その足取りがゆっくりとしているのに気付けば顔を見合わせ声を殺して笑い合った。
「おいで〜」
「あの電信柱まで来てくれたら飼いますよ!」
「美味しいご飯と温かい寝床も作ってあげるわ」
2人で声をかけながら子猫を来い来いと呼ぶ。
ニャーニャーと子猫も3人に付いて来るもあと少し、というところでピタッとその足が止まってしまった。
「え?」「あら?」とプライドとティアラの足も止まる。
「子猫ちゃんおいで〜あともうちょっとよ〜」
「ここまでです!ここまで来たら一緒に生活出来ますよ〜!!」
しゃがんだ2人がどんなに呼んでも子猫の足はピタッと動かない。
蒼い瞳がある一点を見つめる。
プライドとティアラが止まったのを気配で感じ取りゆっくりと振り向いたステイルへと注がれていた。漆黒の目が蒼きその目線にたじろぐ。
まるで相棒に『お前はそれを望んでいるのか?』と問われているようだ。
プライドとティアラもそんな子猫の目線に気付き目線を上げる。
「ステイル……」
「兄様……」
2人からの再びの懇願にステイルの身体が更に跳ねる。もう一度子猫を見ればまた、ここにいない相棒から真偽を問われる眼差しのようにさえ見えてしまう。
蒼眼の水晶玉のような瞳が相棒と重なった瞬間、ダッと無意識に地面を蹴っていた。そして何の躊躇もなく汚れた子猫を抱き上げた。
「……びょ、病院に……行きま……しょう……、」
ステイルの突然の奇行に、呆気に取られていたプライドとティアラもやっと状況を把握すれば、互いに顔を見合わせてからニッコリと温かな目で呆然と子猫を抱きしめるステイルを見た。
蒼い瞳はきょとんとそんな3人を見ていた。