「なあ君、眠れないのか」
熱気が立ち籠もり身体を湿気が包み込むような夜に、まだ眠れそうになく天井を見つめていた。ふと、開いていた窓に目をやると、そこには真っ白な服を着た白髪の青年がこちらを覗き込んでいた。
の、覗き込んでいた!??
「…っっ!?!!!?!!!!」
声にならない悲鳴を上げて後ずさりをする。
俺って驚いたら腰抜かすタイプだったんだ…
「しー。静かに。もう日付が変わる時間だろう」
知らない相手に出会いがしら諭されてしまった。意味がわからない。混乱しながらもたどたどしく言葉を紡ぐ。
「し、静かにって!あんた誰だよ!?」
「まあまだ言えねえが、そのうちちゃんとした場面で出会うことになるだろうなあ」
「意味がわかんねえ……これ夢か…?」
頬をつねると、普通に痛い。
なんだよ。
「ははっ、聞いてた通り、愉快な小僧だな!驚きがいがあるってもんだ」
「小僧ってなんだよ…」
「悪い悪い、あるじさん。」
そう彼が言うと、風が強く吹いた。
「迎えに来たぜ。」
素性の知れない彼に連れられて住宅街の小道を歩く。傍から見ればアルビノ風のイケメンに誘拐されてるパジャマ姿の腑抜けたガキに見えるのだろう。これが夢じゃないならなんなんだ。
あの後、彼を締め出そうと窓を閉めようとしたりしてみたが、ありえない力で押し返されて為す術なく従わざるを得なくなってしまい、今に至るといった感じだ。
名前も聞いてみたりしたものの、
「鶴と呼ぶといい!」
と言われた。確実に偽名だろ、それ。ますます怪しくなってきた。今からでも逃げられないだろうか…
とは言ったものの、なんだかんだけちをつけておきながら、最近眠りが浅く、悩みの夜を送っていた俺にとってはありがたい深夜徘徊であった。
「唐突だけど、なんで鶴は俺の事を知ってる?……っていうか、そもそもなんで4階に住んでる俺の部屋の窓にどうやって来たのか知りたいし、その髪色はどうやって維持してるかも知りた」
「ああああ、細かいことを一気に聞かないでくれるか!こう見えて複雑なことを考えるのは苦手なんだ」
「こう見えて、なのか……?」
はじめは彼のことを警戒していたが、言動を観察していくうちに特に俺を騙すつもりもなく、悪意もないことを察していった。そう気づいてからは、思ったよりも直ぐに打ち解けた会話ができるようになっていった。彼は俺の話すことをひとつひとつ、相槌を打って聞き込んでいた。
近所の公園を通り過ぎ、目的地を設定せずに歩いていく。
そうしていくうちに、気づいてしまえば彼にどうでもいいような、変なことを何個か話してしまっていた。
朝起きるのがだるいこと、学校の前の横断歩道は13秒で赤になってしまうこと、地理の先生の右足の靴下に穴が空いていること、帰り道に友達と別れたあととてもとても悲しいこと。
どんな関係性が近い人にも話さないことを、熱帯夜の静まり返った住宅街の中で、彼に話してしまえば何も恥ずかしくはなかった。
「ごめん、いろいろ話しすぎた……」
「いや、楽しかったなあ……きみは、優しいんだな」
「や、優しい??」
彼の言っている意味がはっきりとは分からなかったが、ちょっとだけ嬉しかった。
少しの沈黙の後、鶴が口を開いた。
「なああんた、お願いがあるんだが」
「お願い?」
「うちの職場に来て欲しいんだ」