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    knoh

    癒着が好きです
    @knohen78

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    knoh

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    ドのドライブに付き合わされる兄の話。(ド兄)

    ドライブの果て適当に腹ごしらえをした後、いつもは運転を押し付けてくる男が、時折自ら運転席に乗り込むことがあった。すたすたと車に向かい、2人分の会計を済ませた連れが横に座るのを待っている。そうなるとこちらは黙って従うのみだ。わざわざ当直明けの身体を酷使する趣味はないと、譲られるままに助手席に腰を下ろす。

    男が無条件にハンドルを握る、それを合図に始まる男2人、真夜中のドライブ。運転してやっから。運転してくれんなら。そんな無言の口実を互いに纏った、予告も無しに訪れるその時間が、全くもって不思議だが、嫌いではなかった。むしろ主導権を横の男に委ね、窓越しの風景が流れていく様をぼんやりと見つめているだけのひとときに、いつしか心地良ささえ感じるようになっていた。忙しない日常から切り離されたように錯覚しているだけなのだろうと思う。よりによってその第一の要因である男の隣でそうなってしまっているのだから変な話だった。そんな様子を察しているのかは知らないが、公道を一定のスピードで走らせている間、普段饒舌な男にしては話しかけてくる頻度が抑えめになる。もしかしたら眠気に負け気味な自分が気付いていないだけかもしれないが、今のところ「聞けよ」だの「お前だけ寝るなよ」だの文句も挙がらないことから、やはりそういった素振りはそもそも無いようだった。

    ・・・

    ドブと会うのは久々だった。前回から数週間ほど。お互い忙しいとその程度期間が空くのは珍しくない。待ち合わせ早々、数回立ち寄ったことのあるラーメン屋に場所を移すことになった。ちなみに行きは大門の運転で、当直明けであまりにも空腹だった為素直に了承したのだった。

    来週末にかけての動きについて数点認識合わせをし、シノギも何も関係ない世間話をひとつまみまじえたところで丁度食事を終える。先に店の外に出ようとする背中に忘れてんぞ、と一声かけるとあーそうだった、とわざとらしく振り向かれた。差し出された数枚の千円札を受け取る。会計を済ませる役目は大門が担うが、金を出すのは交代制だ。割り勘にするのも面倒で、かといって大門よりはるかに稼ぎの多いドブが毎回奢ることもなかった。

    会計を済ませて店の外に出ると、先に出た筈の男の姿が無い。バック駐車が面倒で雑に突っ込んで停めた車に近付いていくと向かって右側、運転席にその後ろ姿が見えた。今夜もどうやらドライブコースらしい。腹も膨れて若干眠気もあるので助かった。表情に出てしまったら男の気が変わるかもしれないと欠伸をかみ殺しながら助手席に乗り込む。スマホを確認していたドブがちらりとこちらを見たが特に何を言うこともなく、大門がドアを閉めたのとほぼ同時にエンジンをかけた。

    ・・・

    ドブの運転は特段荒いこともなく、いたって普通だ。共に法を犯す関係とはいえ交通ルールに関しては、大門自身が抱える事情もあり、どこか逸脱している箇所があればどう嘲笑されようとも厳しく言うつもりだった。が、常に法定速度内で注意することもない。大門が普段取り締まる人間達よりよっぽどお行儀が良い。意外と安全運転なんだなと本人に言ったこともある。そりゃ腐っても警官乗せてるしな、なんて軽口で返されたことも思い出しながらハンドルを握るその横顔をなんとなく眺めていると、視線は前に向けたまま怪訝そうに顔をしかめられた。
    「んだよ。」
    「や、相変わらず猿顔だなって。」
    「流石に失礼すぎだろ。今からでも運転代わるか?」
    「嫌だ。」
    本気ではないと悟ったが特にこれ以上眺めている理由もないので、大門の視線も正面に移る。日付がそろそろ変わる頃合いで、走っている車も然程多くない。前方の車とも十分な距離があった。ふと先程の言葉を反芻する。代わってやるよと言ったらこの男は譲るのだろうか。そもそもどこに行くかもわからない。これまで道中でいくら目的地を聞いてもはぐらかされる一方だったので、大門も次第に男の気まぐれをそのまま受け入れる方向へとシフトするようになった。

    自然に会話が途切れると、それまで意識もしていなかったラジオが控えめの音量で車内に響く。流行りの曲がランキング形式で紹介されているが、まともに聴く人間はここにはいない。静寂を誤魔化すだけのそれを、どちらが運転したとしてもなんとなくつけてしまう。別に無音が気まずい関係性でもないのだが。

    そうした聴き馴染みのない音楽よりも大門の意識が向かうのは、やはり今夜のドライブの果てについてだった。ドブの気まぐれとしか思えないこの行動の行き着く先はというと、本当にここが目的地なのかと疑う場所であることが多い。途中で諦めて適当に停めた可能性すらある。共通しているのは、深夜でも人気が無い場所だ。山中に下ろされた時はついに埋められるのかと流石に恐怖を感じたものだ。そしていざ到着したとしても、そこで過ごす時間は実際のところ長くない。1時間いれば長い方で、移動する時間の方が確実にかかっている。その割に車から下りて特別何かをするわけでもなく、打ち合わせの続きやたわいのない話をして頃合いを見て帰る。一方でどこに行くでもなく、ただ車を走らせて帰着することもしばしばあり、それがより大門にドブの考えを読めなくさせていた。

    決して、食事後にこのまま別れるのが名残惜しいだとか、時間稼ぎをするようなそんな関係ではない。単なる癒着関係、ビジネスパートナー、共犯者。互いに認識は一致している筈だが、ドブのこの気まぐれなドライブの目的だけはわからないままだ。

    少し開けていた窓の隙間から排気ガスまじりの風が入り込んでくる。閉めていーよと運転席から声がかかったのでその通りにすると、ラジオの音がより鮮明になった。視線を正面に戻す。これからトンネルに入ることがわかった。ああそれで閉めろと言ったのかと納得していると、視界が夜の色から人工的ながらもあたたかみのあるオレンジ色に代わった。ゴオオ、と車が走行する音、振動が疲れの溜まった心身を震わせる。途端に重くなっていく目蓋。抗わず、ゆっくりと閉じた。

    ・・・

    ふ、と覚醒する。
    思い出せる最後の視界は照明のオレンジ色だ。トンネルから抜けた記憶が無いので、あの直後から意識を飛ばしていたようだった。既に車は停まっていて、空の運転席からそのままガラスの向こうに視線を移すとスマホを弄っている後ろ姿が見えた。

    シートベルトを外し、外に出る。寝起きの凝った身体を解すように伸びをする。そして周囲を見渡した。どこぞの公園らしい。芝が丁寧に張られ一見して整備が行き届いている印象を受けたが、場所自体はわからなかった。腕時計の針は日付をとうに越えていることを示していて、今はドブと大門以外の人間の気配はない。なんでまたこんなところに、と口を開こうとしたところでドブが歩き始めたので大門もそれに続く。進行方向には階段が、高台に続いているのが見える。馬鹿と何は高いところへなんとやら、の言葉が頭に浮かんだ。

    ざくざくと芝を踏みしめる2人分の足音だけが辺りに響く。他に聞こえるのは時折吹く風に木々の葉が擦れる音くらいだった。やはりあの高台が今夜の目的地だろうか。徐々に近付いていく。階段の横に設置されている自動販売機が、一帯の唯一の光源として微々たる存在感を放っていた。先に登り始めた連れを横目にコーヒーでも買うかと財布を取り出すと上から俺も、と声がかかった。貸し1な、と返す。奢ってやったろ、とぼやきが聞こえたがそれはそれ、これはこれだと聞き流した。

    ・・・

    両手に缶コーヒーを持ちながらそこそこの段数を登りきると、木製の手すりが正面、横方向に延びていて、先に到着していたドブがその手前に立ち煙草の煙を吐き出していた。その横に並んで立つと、右手の缶をドブの手元、手すりの上に置く。なんだかんだ大門の奢りになるそれに、咥えたての煙草を吸い終わるまでドブは手を付けないだろう。なんなら帰りの眠気覚ましにでもしたらいい、と思った。大門をこうして連れ回した日は行きと同様帰りもドブが運転する。今夜も例外ではない筈だ。先に階下で一口飲んでいた缶コーヒーに再度口をつけながら、正面の景色に視線を向けた。

    高台から見下ろす街はあと数時間もすれば動き出すのだろうが、時間帯が時間帯なのでほとんど暗闇に等しい。それでもポツポツと見える光に、明るさを感じるのは自分達が立つこの場所の方がよっぽど暗いからだ。試しにちらりと後ろを振り返れば真っ暗闇が広がっていて、なかなかに雰囲気がある。こんな場所、連れてこられない限り絶対に来ないなと思った。そこまでは笑えたのだ。しかし続けて、弟は余計嫌がるだろうな、と思ってしまった。一気に頭が冷える感覚がした。

    ・・・

    忙しく動き回っている間はいい。ただ、静かに考える時間ができてしまうと、思考はどうしても自分の立ち位置、取り巻く環境に向いてしまう。同僚に怪しまれないようにどう動くか、変に鋭いところのある弟には…どう誤魔化すかとか。

    弟。
    大門が1人で思考を巡らせる時には必ずその存在が浮かぶ。それも近頃は身体が軋むような感覚を伴う。上手く誤魔化さなきゃならないという緊張感が少しずつ増しているのだ。同僚への誤魔化しは回数を重ねるにつれて然程苦では無くなってきた。職場では適度な距離感を保つようにしている。良くも悪くも無関心、業務が終われば他人同士だと割り切った関係を築くには元来の自身の性格が合っていたのだろう。大門の兄の方は仕事とプライベートに一線を引いていて、自らのことは言いたがらないが、仕事はきっちりとこなす。急な要請にも文句を言いながら対応する。なんだかんだ真面目。そんなレッテルがつくように身の振る舞いを積み重ねてきた。明確に割り切った態度をとる大門にすすんで関わろうとする者もいない。そのおかげでドブとの急な待ち合わせにも嘘の要請をでっち上げて何食わぬ顔で向かえるし、データの抜き出しで定時外に多少居残っていたとしても残務処理をしているとか適当な理由でなんとか誤魔化せる。ただ弟は別だ。たった1人の家族。どこかで無意識にボロが出ていないか、怪しまれていないか。それ兄ちゃんらしくないね、と急に言われた時、動揺を隠せるだろうか。

    過剰に不安になっている。ぐるぐるとネガティブな思考が纏わり付く。裏で勘ぐられていないだろうか、調べられてはいないだろうか。こいつと組むようになって結構経つのに、あまりにも上手くいきすぎていないか。よくない思考にとらわれているとは思うものの、なかなか切り替えができずにいた。冷静にならなければいざという時に判断が鈍るとまずい。わかっているのに、


    「大門。」


    名前を呼ばれてはっと顔を上げる。いつの間にか左手の缶は空になっていた。無意識に飲み進めていたらしい。声の方向に振り向くと、煙草を吸い終わったのだろうドブがぐいっとコーヒーを飲み干しているところだった。
    「お前さあ」
    うだうだ考えすぎなんだよ。空になった缶に吸い殻を入れ、手すりの上に置くとドブもこちらに向き直る。
    「煮詰めすぎて今にも倒れそうな顔してるぜ。息抜きってもん知ってるか?」
    「うるせえな・・・確かにちょっと調子悪いけど別に支障ねえよ。」
    「それがありそうだから心配してんだよなあ。」
    心配、の言葉の薄っぺらさに思わず笑ってしまう。確かに共犯関係の警官が使い物にならなくなったら困るだろう。
    「寝不足だよ。帰って寝たら大丈夫だって。」
    「いいや睡眠じゃねえよ足りてねえのは。一旦ごちゃごちゃ絡まってる頭ん中空にした方がいい。」
    「何だよそれ。」
    「自覚あんのか知らんが、お前今1人でいっぱいいっぱいになってんだよ。何焦ってんだ。」
    焦ってる、の一言が思いのほか刺さる感覚があった。びく、と恐らく表情に出たのだろう。ましてやこの男がそれを見逃す筈がなかった。手応えを与えてしまったのだ。
    「お前のおかげでこっちは上手く回せてるし十分助かってる。順風満帆だ。お前も別に周りから確実に怪しまれてるとか、決定的なもんはないんだろ?全く問題ねえじゃねえか。」
    「ただ俺が懸念してるのがお前が1人で勝手にぶっ倒れそうなことでなあ。会う度しんどそうなんだもん、お前。急に割り切れなくなったってのか?罪悪感が出てきた?今更そうは思えないけどなあ。」
    「多分お前自分でも気付いてないけど、必要以上に張り詰めてんだよ。自分を追い込みすぎ。もっと楽に考えればいいのに、抱えなくていい不安まで背負い込んでる。捌け口が必要なんだよ。」
    だから、息抜きしろっていってんの。
    こちらに向ける視線を外さずに男がつらつらと並べた言葉が、ざくざくと刺さる。なんだこいつとか、どんな立場で言ってんだよとか言い返す文句が頭に浮かぶが直ぐには口から出なかった。見透かされていたことへの動揺からだ。
    「・・・別にお前にそこまで言われなくても上手くやるよ。今までもそうしてきただろ。」
    やっと発した言葉は反論にならず、むしろ男の指摘を肯定してしまっていた。つい顔をそらしてしまう。これでは負けたも同然だ。あとはただ意地を張るだけ。
    「あー頑固なんだよなあ本当。お前のそういうところ嫌いじゃねえけど。言えば言うほど反抗されそう。」
    おう、わかってるじゃん。俺の性格。だったらもうほっといてくれと返そうとした。
    「だから実力行使。」
    は?と疑問符が浮かぶより先にドブの左手が大門の右肩を掴んだ。その強さで逃がさないとする意図が一瞬で伝わり身体が固まる。この流れで殴られるとかおかしいだろ、と苛立ちがわくが確実に一発入る衝撃に備えて目を瞑ってしまう。だが襲ってきたのは口元への柔い感触だった。目を見開く。近い。かつてないゼロ距離にドブの顔がある。キスを、されている。一拍遅れて状況を把握したが理解が追いつかず身体が動かない。と、唇をひとなめされ、あ、と反射的に開いた隙を狙い熱い舌が口内に入り込んできた。いつの間にか右頬から顎にかけて手も添えられている。これすごい絵面じゃねえのとどこか他人事の自分が引いていた。深夜、ドライブの果て。2人だけの空間でキスをされる。どんなシチュエーションだよと思う。先程飲んだコーヒーの残り香がドブの煙草の味で上書きされるようだった。吸われて、よくない痺れが全身を駆け巡りそうになり、耐える。ドブが笑った気配がした。もしかしたら無意識に吸い返したかもしれない。時折漏れる己の声に羞恥が増し一気に顔が熱くなる。

    息が苦しくなる直前で解放されたが、呼吸を整えるのに精一杯で目の前の男の顔が見れない。出し抜いたって顔でニヤついているのが想像できる。殴りたい。
    「な、他の事どうでもよくなっただろ。」
    身長差故に頭上から降ってくる声。顔を上げると息が乱れた様子も無く憎たらしい笑顔の男。

    いかにもその言葉通りになってしまったのが悔しくて、欲求のままに殴ることにした。

    ・・・

    喧嘩慣れしている男にとって、大門の破れかぶれの一撃なんざ避けるまでもなく、ただ素直に受けてやるのも癪なので殴りかかってきた拳を掴み落ち着くまで宥めることにした。しょうもないことで怒らせて、それが沈下すれば多少は冷静になる。1人で勝手に抱え込んだあれこれがどうでもよくなるんじゃないかと見越して。

    思惑通り顔を真っ赤にして怒り散らした大門は、油断した俺に脚で一撃を食らわせてようやく満足したのか一気に本来の落ち着きを取り戻した。まあ多少痛いがこれで相棒の調子が戻れば安いものだと思う。

    以前から懸念していたがこの頃の大門は警官の仕事が立て込んでいたことやこちらの要望が連続していたこともあり、だいぶストレスを抱えているように見えた。加えて二重生活はじわじわ首を絞めていたようで、心身共にいつ壊れるかわからないような危うさがあった。少しずつ自分のペースでガス抜きでもしたらいいのだが、この男は壊滅的にそれが苦手らしい。なんせ自分がボロボロなのに弟の世話は欠かさないのだ。あの弟と距離を置くのが大門にとって一番の特効薬だと思うが、到底無理な話だ。そこで、息抜きを与えてきた。潰れそうなのが目に見えているから。プライドが高いから、このドライブの目的を言えば逆効果だと思った。だから気まぐれを装って外に連れ出した。正直時間の無駄だときっぱり拒否されるかと思っていたが、窓から景色を静かに眺めていたり爆睡していたりでまあ悪くない試みだったかと思う。

    「ほら、着いたぞ。」
    指定された場所で車を停める。寮まで歩いて数十分。用心に用心を重ねる男だ。仕事ぶりも悪くない。柄にも無いフォローをしてでも繋がりを保ちたいと思える相手だった。

    助手席の大門がカチャカチャとシートベルトを外しているのを眺める。どこか吹っ切れた表情に、こんなことならさっさと仕掛けていればよかったと思う。
    「忘れもんは。」
    「大丈夫。」
    フードを目深に被り助手席のドアを開ける大門。寮に着くまでの帰り道、1人こいつは何を考えるのか。
    「1人になってまたごちゃごちゃ考え出すなよ。病むぞ。」
    「うっせぇよ。もう大丈夫だって。」
    「心配してんのになあ~。」
    まあまた抱え込んでたらもっかいしてやるよ、と車から下りる背中へ一言投げかける。思い切りドアを荒く閉められた。ガラス越しにバカと言ってくるその顔が若干赤くて笑ってしまう。


    歩き始めた大門をバックミラー越しに一瞥し、アクセルを踏む。
    そういやラジオつけてなかったな、とふと気付いた。
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    knoh

    DONEドのドライブに付き合わされる兄の話。(ド兄)
    ドライブの果て適当に腹ごしらえをした後、いつもは運転を押し付けてくる男が、時折自ら運転席に乗り込むことがあった。すたすたと車に向かい、2人分の会計を済ませた連れが横に座るのを待っている。そうなるとこちらは黙って従うのみだ。わざわざ当直明けの身体を酷使する趣味はないと、譲られるままに助手席に腰を下ろす。

    男が無条件にハンドルを握る、それを合図に始まる男2人、真夜中のドライブ。運転してやっから。運転してくれんなら。そんな無言の口実を互いに纏った、予告も無しに訪れるその時間が、全くもって不思議だが、嫌いではなかった。むしろ主導権を横の男に委ね、窓越しの風景が流れていく様をぼんやりと見つめているだけのひとときに、いつしか心地良ささえ感じるようになっていた。忙しない日常から切り離されたように錯覚しているだけなのだろうと思う。よりによってその第一の要因である男の隣でそうなってしまっているのだから変な話だった。そんな様子を察しているのかは知らないが、公道を一定のスピードで走らせている間、普段饒舌な男にしては話しかけてくる頻度が抑えめになる。もしかしたら眠気に負け気味な自分が気付いていないだけかもしれないが、今のところ「聞けよ」だの「お前だけ寝るなよ」だの文句も挙がらないことから、やはりそういった素振りはそもそも無いようだった。
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