眠れる砂の姫むかしむかし、バンカラ国でミツアミ姫という可愛らしいお姫様が産まれました。
お城ではミツアミ姫の誕生パーティーが開かれ様々な者が招待されました。
「姫、お客様だよ。」
「よく来た!青いチビども!」
バンカラ国の王様と姫を抱えた王妃様が青い妖精達を迎えました。
この妖精たちはお城で暮らす王様達のお友達です。
「ミツアミ姫ー!はじめまして!」
妖精達は元気よくご挨拶。しかし、返ってきたものはぴよぴよとさえずりのような小さな寝息。ミツアミ姫はまだ夢の中に居ました。
「ボクら静かにしているからいっぱい寝ていてね!」
妖精達は小さな声をかけ、姫の元を離れました。
パーティの間王様と王妃様に姫宛のたくさんのプレゼントを送り、王様一家の幸せを祈りました。
しかし、パーティーが終わる頃に悪の魔女シェルメット様が現れ辺りは大騒ぎ。
「何しに来やがったこの国イチのバンカラな魔女め」
キュィンッ!
王様は懐に忍ばせていたラインマーカーを投げつけ魔女を追い払おうとしました。
ひらり、はらり。花びらが舞うような美しい動きでシェルメット様は王様のラインマーカーを躱していきます。
「ハーン……。せっかく色々準備したのにパーティに誘われなくて残念ね。」
シェルメット様は重いため息を吐き、持っていた大きな籠を床に下ろしました。
「なら、悪の魔女らしく呪いをかけるわ!」
ぴしゃん!大きな雷のような音が響き、部屋は真っ暗に!
シェルメット様はマントをばさっと翻してミツアミ姫の元へ歩み寄ります。
「ミツアミ姫は十四歳の誕生日にハイドラントで倒される!」
「な、な、なんだってー!」
妖精達は開いた口が塞がりません。
「ずいぶん面白ぇことを言うじゃねえか魔女よ。」
「言ってる場合か、王!」
王様達はまるで漫才のよう。
「これでもだいぶ加減したのよ!ありがたく思いなさい!もう帰るから!」
「ねえ!籠、忘れてるよ!」
ニコニコ顔で毛糸の帽子をつけた妖精は籠を抱えてシェルメット様に近寄ります。
「それは手土産の粉ミルクよ!たんまりあるから全部姫にあげなさい!捨てたら呪うわよ!じゃあね妖精さんたち!」
びゅうっ!とつむじ風が起こるとシェルメット様は消え、部屋の明るさは元に戻りました。
「もしかして意外と良い魔女なのかな?」
「でも自分で悪って言ってるし……いや、そんなことより!」
びゅーん。妖精たちは大急ぎで飛び出し、王妃様の元へ向かいます。
「すやすや……ぴよぴよ……。ん〜むにゃむにゃ。」
「良かった!姫は怪我してない!」
「ええ、寝てるの?」
「意外とたくましいのかも?」
あれだけのことがあってもミツアミ姫はまだ眠っていました。
「かけられた呪いは消せないけれど、姫は倒されても大丈夫さ!」
「ボクらの魔法があれば、百年の眠りについて王子のキスで目覚めるよ!」
呪いをかけられたミツアミ姫に妖精達は魔法をかけました。
そしてバンカラ国の王様と王妃様に大きな提案をします。
「王様!王妃様!こうなってしまった以上妖精みんなで責任を持って姫様を育てます!」
「面白ェ!やってみせろよ青いチビども!」
「こら!王、姫に何があったらどうするんだ!」
ぎゃあぎゃあと王様と王妃様は大喧嘩。妖精達はうろたえています。
「どっちにしろハイドラントに触れずに育てんのは出来ねぇだろ。」
「ならこの世から無くせば……!なんならナワバリバトルを廃止にする!」
「無茶言うな。お前この国の王妃様だろ冷静になれ!」
「むうぅ……。」
王妃様とひとしきり言い合った王様は妖精達に告げます。
「何があっても眠ってる強ぇオレたちの子だ。お前らと未来の王子様ってヤツに姫の運命を託すぜ。」
「何かあったら妖精といえども許さないからね。しっかりとこの国の姫に相応しい教育をするように!」
ぎろり!王妃様は妖精達を今日一番の鋭い目つきをして睨みつけました。
「うわあん!王妃様の目が怖いよー!」
「仕方ないだろー!これくらい厳しくしないとみんな言うこと聞かないんだからっ!」
こうして数日後、妖精達とミツアミ姫はバンカラ国から旅立ちました。
「まずはお城から離れて暮らそう。」
「砂漠に小さなお家があったね。」
「そこで姫が十四歳になるまでみんなで育てよう!」
「おー!」
妖精たちは一致団結し、姫の身を守ることを誓いました。
姫は「ヴェロニカ」と名前を変え、妖精達と共に砂漠でひっそりと暮らしました。
そうしてヴェロニカことミツアミ姫の十四歳の誕生日。
住処の砂漠で出来たお友達や他の妖精達がミツアミ姫の元へたくさんやってきました。
賑やかなパーティの始まりです。
「ごめんください。お祝いに来ましたわ。」
コンコン、とドアを叩くノック音が響きます。
「ドアの向こうの子、誰だろう?」
「知らない子だね!」
「魔女だったらどうしよう!」
妖精達は十四年前の出来事を思い出し、騒ついてます。
「ピョ!コラ、妖精達!決めつけは良くないぞ!ワタシがドアを開けよう!」
キィ……ミツアミ姫は妖精達を振り切りドアを開けます。
「どちら様だ?」
ドアを開けると向こうには黒いフードマントを被った少女が立っていました。
「最近ここに越して来たばかりなの。今日はお祝いと聞いて贈り物をお持ちしましたわ。」
少女は持っていた大きな箱をミツアミ姫に渡しました。
「わあ大きなプレゼントだ!ありがとう!」
少女から贈り物を受け取った時、何かが爆発する音が立ちました。
ぱぁん!
「プォッ!なっなんだ!これ!」
ぱたっ
ミツアミ姫は突然倒れてしまいました。
なんと箱の中にハイドラントとロボットボムが入っていたのです!
「ハイドラントにはロボットボムがセット……。ハイドラントだけ警戒していてもロボットボムからは逃げられない!」
「なんてことだ!」
「卑怯だぞ!」
「ハ〜ン!ナイスダマで家もろとも吹き飛ぶよりはマシだと思いなさい!」
バサッ!フードマントを脱ぎ捨て少女は正体を露わにしました。
ラベンダー色のインク、健康的な褐色の肌、美しく巻いたゲソヘア……
少女の正体は十四年前呪いをかけた悪の魔女シェルメット様だったのです!
「でも大丈夫〜。この魔法があるからね〜。」
「ピョ……。なんだこれは眠い……なぁ……。」
きらきら、さらさら、姫を中心に淡い光が広がっていきます。
「ナハー!なんだか輝いているね!……スヤァ。」
「この光は?邪魔だ、スコープが見えない!ぐう、むにゃ……。」
「急に眠たくなってきたし……。」
魔法は砂漠に住まう人とバンカラ国の人達を包んでいきます。
「あら、危ない。妖精達はこんな魔法をあの子にかけていたのね。もう帰らせていただくわ!」
シェルメット様は光に触れないようマントで身を完全に覆いこの場から立ち去ります。
「それでは皆様、良き眠りを!次に会うのは百年後よ!おやすみなさい!」
姫と砂漠、そしてバンカラ国は長い長い眠りについたのです。
「うーん……あっ!おはよう〜!よく寝たぁ〜。」
ゴーグルを付けた妖精がむにゃむにゃしながら起き上がりました。
「やっと起きた!おはよう!もう百年経ってるよ!」
ヘッドホンを付けた妖精が衝撃の事実を告げます。
「本当?!そんなに経ってたの?!」
「ボクたちも最近目覚めたんだ!」
「朝ご飯食べてから王子様を探しに行こう!」
「おー!」
妖精達は百年経っても変わらない賑やかさで砂漠を出て街へ繰り出しました。
街ではある一人の青年がナワバリバトルの真っ最中。
試合を見た青い妖精たちは彼がミツアミ姫にとっての王子様だと確信します。
青年はひと勝負を終え、ナワバリバトルのステージから少し離れた場所で座って休んでいました。
「よし!行くぞみんな!」
「うん!」
妖精達は一致団結し一斉に青年近くの茂みから飛び出しました。
「すみませんー!」
「あなたは王子様ですか?!!」
「もしそうだったらお願いがあります!」
「助けてください!」
どわーーーーー!
とんでもない大きさの声が周りに響き渡りました。
「驚かせちゃってごめんなさい!」
「いやぁ派手に驚いた!まさか妖精さん達だとはな!」
「あの……。王子様ですか?」
「イカにも!オレはスメーシー国の王子!デメニギスだ!」
妖精達にはキラーンと大きな丸いサングラスと不敵に微笑む口元から白いカラストンビが光って見えました。
「で、助けるって何をだい?」
妖精達はミツアミ姫の姿を魔法で見せてあげました。
「この子はバンカラ国のお姫様!」
「今は砂漠に居るんだ!」
「悪い魔女に狙われてて、色々あって眠ってる!」
「なんか大変そうだなぁ!」
王子は美しい姫と助けを求める妖精達を見て決心します。
「ミツアミ姫ー!待ってろ!オレが絶対助けてやるからな!妖精達!道案内を頼むぜ!」
王子はヘルメットを被ると愛機のバイクに跨り、ミツアミ姫の居る砂漠へ駆け出しました。
ブロロロロ……
王子の愛機は軽快な音を立てて砂漠へと進んで行きます。
「うーん、これ以上は砂が多くて進めんな。」
王子はエンジンを切り、ヘルメットを外しました。強い日差しを受けながら走り続けて王子は疲れ切っていました。
休憩も兼ねて辺りを見回すと白くて小さな建物が見えました。
「あれがミツアミ姫のお家か!白くて可愛いお家だな!」
「そう、あれこそがお前たちの墓地だ!」
王子の背後に悪の魔女シェルメット様が現れたのです。
「お墓は人生の後、つまり……!姫と王子は結婚するってコト?!」
ゴーグルを付けた妖精が割り込んで、とんでもないボケをかまします。
「それを言うなら『結婚は人生の墓場』よ!ワタシが言いたかったのは今ここで倒す!ってことよ!」
妖精達と王子よりも先にシェルメット様がツッコミました。
「ちょっうへぇ?!急にそんなこと、い、いや魔女が現れるとビックリするだろうが!」
さっきの勇敢な姿はどこへやら、顔を真っ赤にしてうろたえる王子がそこに居ました。
「その割には満更でもないようね、王子!そんなこと言っていられるかしら!」
なんだかもうじれったくなったシェルメット様はマントの中からハイドラントを取り出し、王子に狙いを定めます。
「姫はここで眠っている。ならば王子はいつかここに現れる!この瞬間をずっと待っていたの!」
ハーン!と言い放つと同時にハイドラントのインク弾は王子めがけて勢いよく飛んでいきます。
「うわっー!ひとまず逃げろ〜!」
運良く瓦礫の陰に逃げ込んだ王子はどうしようか悩みます。
「すげ〜派手に執念深いな!この魔女さんは!そういうところ別な何かに生かせないのかな?」
王子が魔女の性格を残念がっているところに妖精達の声が聞こえてきます。
「王子ー!聞こえるー?」
「お!お前達!そんなところに居たのか!」
妖精達はどさくさに紛れて王子のマントや服の中に隠れていました。
「王子〜これを!」
「魔法の武器だよー!」
「使ってー!!」
「頑張ってー!」
妖精達から渡されたのは魔法のロングブラスターとキューバンボムです。
「おーし!これならイケる!反撃だぜ!」
王子はインクを全て撃ち出し、隙だらけのシェルメット様にキューバンボムを投げ込みました。
「ハーン!華麗に避けてみせるわって……!」
「いっけー!」
「みんなで行けば怖くない!」
妖精達は小さなサイズのスプラシューターやホクサイなどブキを魔法で作り出し、シェルメット様に向かって一斉に飛び出して行きました。
「王子だって頑張っているんだ!」
「小さな妖精でもこれくらいは出来るよ!」
妖精達に背後を取られたシェルメット様はボムの爆発を避けきれず飛沫が当たってしまいました。
「きゃー!なんてこと!」
シェルメット様はよろめき、もう逃げられません。
「お前達……なんて熱いヤツらなんだ!」
王子のサングラスの奥の瞳は感激の涙で潤みました。
しかし、潤んだ瞳でもシェルメット様をしっかり捉えて離しません。
「そして!これでとどめだー!」
王子は妖精達の作ったチャンスを無駄にせずロングブラスターを直撃させました。皆で力を合わせてシェルメット様を撃ち倒したのです。
「やったー!」
「悪い魔女を倒したぞー!」
「王子すごーい!」
「早く姫を助けてあげて!」
王子は、深く眠っているミツアミ姫の元に辿り着き……ものすごく時間をかけてキスをしました。
すると姫は目を覚まし、呪いと魔法が解けてバンカラ国も蘇りました。
「ピョ……、とても良く寝たな。」
「おはようミツアミ姫。オレはスメーシー国の王子デメニギスだ。」
百年ぶりに目覚めた姫はまだ意識がとろんとしていましたが今何が起こったのかちゃんと分かりました。
「ああそうか魔女を倒してワタシを救ってくれたんだな。ありがとうデメニギス。」
「オレだけじゃないぜ。この義理深い妖精さん達のおかげだ。」
えへへ〜と妖精達はニコニコして王子の周りを飛んでいました。
「じゃあ、ふたりきりで話をしててね〜。」
「邪魔しちゃ悪いし。」
「王様達に報告してくるよ!」
「みんなで迎えに行くから待っててね!」
「おーい!お前達ー!」
王子の叫びに妖精達は応えずぴゅいーっと妖精達はバンカラ国に向かって一斉に飛んで行きました。
王様達の使いが迎えに来るまで王子は姫とふたりきりになってしまいました。
ぎこちない空気がふたりの間に漂っています。
「……。」
「……。」
そんな中、口を開いたのは意識がしっかり戻って来た姫でした。
「デメニギスにお礼をしなければならないな……。何が良いんだ?なんでも用意するぞ!」
「お礼は……。」
ひそひそと王子は姫の耳元で自分の願いを囁きました。
「その……、お前のことが好きになってしまったんだ。ずっと絶対守る。大切にする。オレと結婚して欲しい。」
王子の願いを聞いた姫は顔を赤くしてピョッッッッ!と姫の人生の中で発した一番大きな声を上げました。
姫は眠っている間、王子が自分のために魔女と戦っていたことをちゃんと知っていました。
姫もまた顔の知らない王子に惹かれていたのです。
その王子が今目の前に居る。じっと王子を見つめた後、胸がいっぱいで言葉に詰まりそうになりました。でも姫はちゃんと王子の思いに応えました。
「ワタシで良ければ大切にして欲しい。ワタシも好きだ。デメニギス。」
そのやりとりから数日後、正式にミツアミ姫とデメニギス王子は結婚式を挙げることになりました。
「おう、王子ィ〜!姫のことよろしくな!」
「はい!ワイヤーグラス王!」
「姫、幸せになるんだよ。」
「ピョ!エイトお母様!」
バンカラ国の者や他の国の王族、妖精達がやってきてお祝いをしました。
なんと、そこには改心したシェルメット様も来ていました。
ミツアミ姫とデメニギス王子はシェルメット様を許し、結婚式に招待していたのです。
「もうあの時の戦いで反省したわ!これからは悪の魔女はもう終わり!薔薇の魔女として生きることにするわ。」
シェルメット様はふたりに祝福の魔法をかけてあげました。
「ふたりが誇り高く幸せに暮らせますように!」
ふたりはいつまでも幸せに暮らしましたとさ。
めでたし、めでたし。