シンバンカラむかしむかしあるところにお母さんを亡くした美しい娘がいました。
お父さんは再婚し、娘は新しい家族と一緒に暮らし始めます。
娘は継母からたくさんの家事を押し付けられ、ふたりの姉からはいじめられる生活を送っていました。
そのうち娘は「シンバンカラ」と呼ばれるようになりました。
ある日フェスパーティの開催が決まり、王子様が参加者から花嫁を探したいと発表がありました。
王子様のお嫁さんはともかく、フェスパーティに興味があったシンバンカラは行ってみたいと継母にお願いしました。
しかし継母と姉達は「みすぼらしい娘はダメ、着ていく服がない」と言い放ちシンバンカラを置いて、フェスパーティへ行ってしまったのです。
シンバンカラはフェスパーティを諦め、自分の部屋に戻りました。
しょんぼりしながら大量の瓶に黒いラベルを貼る内職を始めます。
「ピョ!家族の代わりにお仕事をするのはとっても偉いぞ!」
「別に偉くなんかないよ……押し付けられたやつだってうわっ!!何者だ!!」
シンバンカラは大層驚き、勢い余って瓶を落としそうになりました。
声の主は片方のゲソを三つ編みにした女の子でした。
黒いマントを羽織り、弓を背負った旅人のような見た目です。
「きっと泥棒だな!少しでも動いたら撃つからな!」
シンバンカラはそばに置いていた九六ガロンを構え、女の子を撃とうとしました。
「ピョピョピョ〜!撃たないでほしい!ワタシは通りすがりの魔法使い!さっきの様子をコジャケと見てて助けてあげたいだけなんだ!」
使い魔のコジャケを抱きしめ、魔法使いは雛鳥のような声を上げました。
その様子を見たシンバンカラは構えていた九六ガロンを下ろしました。
なんだか自分が悪者のような気持ちになってきたからです。
半泣きの魔法使いにシンバンカラは尋ねます。
「じゃあ、どうやってフェスパーティへ?」
「それはこうやって、だ!まずは服から変えよう!」
魔法使いは背負っていた弓を引き、シンバンカラ目掛けて魔法の矢を放ちました。
魔法の矢は鮮やかに弧を描き、シンバンカラの服に当たりました。
身につけていたものはルビーのティアラ、シルクのドレス、ガラスのイカサシシューズに変わりました。
「へえ、本当にキミは魔法使いだったんだ……。ちなみに乗り物ってあるのかい?」
「うむむ、ちょっと待ってくれシンバンカラ……。あ!これは使えそうだ!」
魔法使いはさらに弓を引き、部屋にあった大きなサメのフロートに矢を放ちました。サメのフロートはバイクのようなものに様変わり。
「これに乗ればフェスパーティ会場まで一直線だ!」
「はあ?!これに乗れと?!!」
魔法によって仕上がった不思議なサメを見て、シンバンカラは怒りと不安でいっぱいです。
「魔法は十二時で切れてしまうから早めに帰るんだぞ」
魔法使いはわあわあと騒ぎ続けるシンバンカラを宥めつつ忠告しました。
「仕方ないなぁ……よいしょっと」
シンバンカラは不思議なサメに跨がりました。
その直後、シンバンカラに強い衝撃がかかります。
「ひゃっ!!!う、うわああああぁぁぁ!」
不思議なサメは勢いよく会場へ走り出しました。
ひゅうううううう、どっかあああぁぁぁん!!!
しばらく走り続けた後、不思議なサメは会場へ辿り着く直前で大爆発しました。
シンバンカラは地面に叩きつけられ、体中べちゃべちゃになりインクまみれです。
魔法使いを信じたことを後悔しながら顔のインクを拭いました。
「なんだぁ?今の音は?ちょっくら様子を見てくるか。」
シンバンカラの元に、目つきの悪い男がじりじりと近寄ってきます。
「いたた……。」
「急に爆発してインクと傷まみれ……ふぅん、おもしれーヤツだな!お前!」
男は持っていた綺麗なハンカチでシンバンカラのインクを拭い、傷の手当てをしました。
「あ……ありがと。」
シンバンカラは小さな声でお礼を言いました。
「フェスパーティへ来たんだけど……初めてでさ。おすすめの場所はある?」
「なら、案内するぜ!あの高台から見る景色が綺麗なんだ!」
男はシンバンカラの手を取り歩き出しました。
「シンバンカラ、がお前の名前か?」
「うん、家族が付けたあだ名だけど。キミは?」
「まだ……秘密だ!次会えた時に教えてやる!」
綺麗な歌と踊りの舞台、珍しい屋台の食事……。目つきの悪い男はたくさんの初めてをシンバンカラに与え、そして大切なものを奪っていきました。
シンバンカラは男と一緒に居ましたが、十ニ時になる前に帰らなけばなりません。眠った男を起こさないようにそっとベッドから降りました。
男はシンバンカラと遊んだのがよほど楽しかったのかぐっすりと眠っています。
「もう会うことはないだろうけど……。キミと回ったフェスパーティは楽しかったよ。じゃあね。」
シンバンカラは男の顔を優しく撫でて、駆け出して行きました。
夜が明けて目覚まし時計が鳴る前に男は起きました。しかし、昨日一緒に遊んだシンバンカラはもう居ませんでした。
昨日の事は夢だったのか?男はベッドから起き上がり、そしてにやりと笑います。
男の足元にはガラスのイカサシシューズが片方だけ残されていたのです。
次の日
街の広場に王子様が訪れ、懐からきらきらした何かを取り出しました。
片方だけのガラスのシューズです。それを掲げ、声高らかに発表します。
「このガラスのイカサシシューズがピッタリ合うヤツがオレの花嫁だ!」
街の広場には花嫁になりたい者達が集まり、皆こぞってシューズを履きました。
しかし、シューズがピッタリ合う者は誰ひとり居ません。
「おかしいな……。オレと同じくらいの歳のヤツが居るはずだが?」
王子様は首を傾げ、辺りをきょろきょろと見回しました。
「待って、王子…様!もしかしたら街外れのアイツかもだし!」
口の悪そうなチェリーレッド色の女の子が声を上げました。街外れの一軒家を指差し、さらに続けます。
「あそこの家にボロ切れみたいな服着たヤツならいる!いつも家に居て、何しているかわかんねーけど!」
話を聞いた王子様は歩き続け、シンバンカラのお家に辿り着きました。
王子様はドアをノックします。
「オレはここの娘に用がある。会わせてくれないか?」
ドアを開けた継母はワタシしか居ないと言い張ります。
「お前の娘全員に会わせねぇと……沈黙だァ。」
王子様は携帯していたプライムシューターを突き付け継母に詰め寄りました。
あまりの剣幕に継母は観念し、王子様を家に上げました。王子様はすごい勢いで階段を駆け上がり、シンバンカラの居る部屋へ向かいます。
そしてガチャリ!と乱暴に音を立ててドアを開きました。
シンバンカラは仕事中でした。街の商会に卸すステッカーを手作業で切りまくっています。
「ちょっと姉さん、今仕事中なんだけど!今度は誰を家に連れ……ってええ?!!」
シンバンカラは驚き、石のように固まりました。
「よぉ。シンバンカラ。次会った時名前教えるって言ったよな!オレはこの国の王子様だ!」
シンバンカラはまじまじと王子様を名乗る男の姿を見つめます。
見覚えのある悪そうな目つき、聞き馴染みのある乱暴な言葉遣い……。
「そっか。分かったよ。キミだったんだね。」
シンバンカラはフェスパーティを一緒に過ごした男は王子様だったと認めました。
「これを履いてみろよ。」
王子様はシンバンカラにシューズを差し出します。
シューズはシンバンカラの足にぴったりでした。
継母と姉達が驚いていると、シンバンカラは近くにあった箱からもう片方のシューズを取り出しました。
そのシューズを履くと継母と姉達はさらに驚きました。
その様子を見ていた王子様はねちっこそうなニヤケ顔が止まりませんでした。
「証拠がやっと揃ったなシンバンカラ、いいやオレの花嫁!」
シンバンカラはお城に連れて行かれ、数日後に王子様と結婚式を挙げました。
ふたりは幸せに暮らしましたとさ。
めでたしめでたし。