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    寝ん寝んしづめ

    うちのこのみ 基本的にR-18G相当のらくがき置き場 たまに資料

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    寝ん寝んしづめ

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    過去に作ったオマケぷち小説でした。
    多少改行位置の変更等しています。内容は変わっていません

    ↓曲はこちらから
    https://nico.ms/sm44682046

    少女性真正双子精神症 その日はよく晴れていた。
     手製の罠にかかっていたうさぎを殺そうと思った。
     お腹が空いたから。
     その柔らかい毛を肉ごと鷲掴んだ。生き物特有の内側からの微温が手に沁みる。
     一息置いて、思い切りナイフを振り下ろす。その瞬間、肩をぽんと叩かれた。

    「ねぇ、何してるの?」

     久しぶりに聞く、自分以外の子供の声だった。
     振り返ると、淡い紫色の髪をした少女がそこに立っていた。彼女は笑顔でこう言う。
    「私オトギリ。これあげるわ、お近づきの印に。おいしいよ」
     突然何なんだと思った。変な人。
    「いらない。肉のほうがおいしい」
     そう答えてまたうさぎのほうに向き直ると、うさぎは逃げてしまっていた。そういえば、肩を叩かれたときに驚いて手を離してしまったのだったっけ。
    「あなたのせいで、私の今日のご飯が無くなった。責任とって」
    「これあげるってば。ほら、食べて食べて」
     彼女は私の口をこじ開けると、そこに草っぱを放り投げた。死んだ草原の味がした。

    「肉だけじゃなくてさ、草も殺せばいいと思うの。だって、そうじゃないと不平等だもの。」

     彼女は白詰草の葉を摘み取りながらそう言う。最初に出会ったあの日、互いに身寄りがないということを知り、それからは一緒に過ごしている。
     オトギリは変な子だと思うが、私も変だろうし、ましてやこの世界でそんな事を気にしている余裕なんてなかった。

    「なんてエゴ。可哀想でしょ、草っぱが。」
     よくわからない木の実を彼女の言った通りにくり抜き、種を取り出す。
     種に毒が溜まっているので、食べると神経毒にやられて呼吸器官がいかれるらしい。
     採取した瞬間からどんどん毒性が高まっていくから、すぐに取り除かないとそのうち実全体に毒が広がってしまうのだ。
     なるほど確かに気持ちの悪い色味をしている。

    「それもエゴ。それなら、肉になるものだって可哀想でしょ?」
     彼女は表情を何一つ変えず、笑顔を湛えたままそう言った。
     そばにある向日葵色の古いラジカセは、どこかで拾ったカセットテープの音を再生し続けている。
    「たしかに。」
     自分の知見が広がるので、やっぱり他人と会話するのは良いことだ。

    「今日はスープにしましょうか。」
     誰もいなくなった廃墟の床を、私達二人が踏み荒らす。それは元いた住民の残滓を無下にすることとおんなじだと思った。
     私はいつも、意味のあるようでないような事を沢山考えている。そして思いつけばすぐに呟く。
     それは、ここでずっと一人ぽちでいたことによる、後遺症のようなものだった。

     ある日、彼女と食料を探していたときに本を見つけた。胎児の夢について、論文のようなものが載っているものだった。
     それを読んで、ついいつものくせで思いつきの考えをぽつりと呟いてしまった。
    「胎児が進化を追憶する悪夢を見るんなら、私達はどんな夢を見るべきなんだろ。」
     私はしまったと思った。昔廃墟を探索したときに見つけた本によると、独り言を突然話したり、わけのわからないことを言うのは精神に異常があることの兆候で、いささか普通ではない事だそうだ。
     彼女は私より知識も教養もあるので、私が普通ではないことに気づいてしまうかもしれない。
     気づかれたら、多分彼女はどこかへ行く。
     そしてまた私はひとりぽち。

     しかし、彼女は驚く素振りも見せず、その世界的に無意味な問いに対して答えを見つけてくれた。
    「胎児は罪を犯していないけれど、それでも悪夢を見るのでしょう?なら私達、とびきり地獄みたいな夢を見るでしょうね。死にたいのに死ねないとか。
    生を受けたこと自体が罪なのか、生を受けるって具体的にはどこなのか、そもそも罪って何なのか、って思ってしまうけれど……」

     私は嬉しかった。例えその答えがどれだけ適当で間違っていたとしても、彼女はそれについて考えて、私に伝えてくれた。
     人と思考を巡らせることがこんなに楽しいとは思わなかった。それから、彼女とよく哲学的で無価値かもしれないような話をするようになったのだった。

     彼女がはたとこちらを見た。
    「ねぇ、そういえば、貴方の名前聞いてないわ。」
    「えっ。」

     なんだかいやな気分になる。私は名前を持っていなかった。
     正確には、持っていたのだが、私はそれをもう随分前に無くしていた。
     母が居た頃は未だ、どこにあるか覚えていたし、例え無くしてしまっても見つけてもらえていた。
     しかし、母は私が生まれて七歳の誕生日、突然割れた地面に飲み込まれて死んだ。
     もう無くしてから何年も経つ物の細やかな部分を憶えていられるほど、私は頭が良くない。

    「覚えてない。もう忘れた。」
     オトギリは気まずそうにもせず、寧ろどうでも良さそうにふうんと言った。質問してきたのは彼女のほうなのに。
    「じゃあ、私が新しいのをあげる。」
    「えー、たのしみ。」
     私もまたやり返すようなつもりで、彼女と同じように、興味がなさそうに返事をした。
     彼女は、また足元にある白詰草のほうに目をやった。いつになく真剣に考えてくれているようなので、私も何か口を出したりせず、じっと待っていた。
    「……シオンでどうかな。」
     白詰草から取って、シロとかじゃないんだ。そんなにぼーっと見つめていたくせに。
     でもなんだか、妙にしっくりくる名前だった。
    「いいね、決定。」
    「即決?花言葉とか説明してから決めてもらおうと思ったのに。」
     その「シオン」という言葉がどんな意味であれ、名前を付けてもらえたという事実。それだけで私の中身は満たされた気がした。
     名前の無いもの、それを何と知覚すれば良いのか、大半の生き物は知らないから。
     もし彼女が私を見つけてくれていなかったら、私はここに存在していないものになっていたかも知れない。
    「じゃあ、オトギリってどういう意味なの。」
     彼女の顔が曇る。もしかして、これは聞いちゃいけないことだったかも。
     私はどこかに芽生えた罪悪感で気まずくなって、手のひら一杯のサラダ未満の草に目をやった。
     ひとつだけ、五つ葉だった。深い緑色をしていた。

     突然、彼女が白くて小さい花をたくさん摘んできた。
    「これ、ドクゼリって言うのよ。毒のあるセリっぽい花。ドクゼリ。GABA拮抗性中枢神経興奮作用のある花。嘔吐、下痢、腹痛、目眩、動悸、耳鳴、意識障害、痙攣、呼吸困難を起こし、最悪の場合は死に至る。三十分以内の潜伏期間の後に発症する。致死量は五十ミリグラム毎キログラム。でも過去には五グラムの摂取で死んだ事例もある。」

     文字通り、ものすごい数の言葉の暴力。何を言っているのか半分も分からなかった。

    「な、何?わからないって。」
    「つまりすごい毒。」
    「なるほど。」

     また調理の下準備かな、と思った。

    「ねぇ、これを食べて一緒に死にましょうよ。」
    「なるほどれない。何で?」
     まだこの前のことを怒っているのかな。本当に悪いことをしてしまった。

    「私、貴方のことが大好きなの、シオン。それは分かるでしょ?」
     うーん。そこまではわかるのだ。
    「だから、私以外のものに、貴方を殺されたくない。ね、いいでしょ。」
    「うーん……なるほどはしたいけど……」

     ここからがわからない。小さな子供が玩具を独り占めするようなもの?彼女がそんな事を言うなんて、意外と子供っぽい。
     しかし、彼女一人が死に、私一人が生き残ったとしたら、私はこれから先の人生を生きていける気がしない。
     人がそばにいることが、どれだけ寂しさへの鎮痛剤となり得るのか、私はもう充分知ってしまっていた。
    「……分かった。いいよ。オトギリだけのものになってあげる。」

     私達はこの時、歪な愛で結び付けられた。



     ねぇ、苦しくなってきた?
    うん、うん、うん、うん、うん、うん、おえ゙。
     おなかいたいねぇ、もっとちゃんと探せばよかったな、トリカブトとか。
    ごめん、耳きんきんするからあんまり聞こえなくて、ごめん、ごめん、
     わすれないでね、シオン、おねがい、かたちも、こえも、ぜんぶ……
    ごめん、オトギリ、ごめん、
     だいじょうぶ、だれがどうなっても、いっしょになれなくても、きおくはくちはてる、からだも、こえも、だいじょうぶ。
     わたしたちね、なんでもないことに死んじゃうんだね。可笑しいね。
     大好きだよ。ほんとうなの。
     おねがい、わすれないで。

     彼女がはたと、こちらを見た。



     目を覚ますと、彼女だけに蝿と蛆が集っていた。
     恐ろしくなった。彼女がただの肉塊と化したことが。私が今まで消費してきたような物体に変わったのが。もう既に彼女の声を忘れ去ろうとしている脳も、それに抗う私の意思も、目に映るもの、手に触れる吐瀉物の欠片、ぐるぐる巡る胃液、体液、五感で感じるもの全て。
     突然逃げたくなって、でも酷い吐き気で体を動かせなくて、まるで何かに取り憑かれたように笑った。いや、笑うしか無かった。
     私も好きだと言いたかった。愛していると伝えたかった。貴方とずっと一緒にいたかったのに、死にたくなんてなかったのに。

     置いて行かないで。

     人生の中で、全ての選択肢を最悪に間違えた先にいる成れの果てこそが私だと思う。
     彼女を失って、私は何もないただの怪物になってしまった。いくら死のうとしても、首の皮が一枚繋がったような状態で、延々と生き延び続けた。しかも、ぼうっとしているうちに何時の間にか回復してしまうという、私にとって非常に不要な機能まで付いている。
     そうなると、もう彼女についていく気も失せてしまった。
     多分、私はおばけになったのだ。
     お母さんも、オトギリも、みんなトロッコのレバーを切り替えて、私とは違う道へ進んでいった。私は一人、その未知のレールへ残された。
     レールの切り替え方を教わったのにも関わらず。
     そしてきっとこれは、罪を重ねすぎた私への「胎児の夢」なのだろう。
     ならばいつかその夢が醒めるまで、彼女を想起しながら、誰もいない世界で精神論を呟き続けよう。気が向いたら、拙い字で書いて本にでもまとめ上げればいい。
     その呟きが、どこかにいる私以外のおばけに届くように。
     まだやりなおせる子たちに伝わるように。

     彼女の遺品と成った黄色いラジカセは、今日も明日もホワイトノイズを奏でる。
     厚い雲が空を流れ、澄んだ青が一面に広がった。陽だまりの中で白詰草が揺れていた。
     傍には双子葉類の芽がひとつ、顔を出していた。

    少女性真正双子精神症
    (しょうじょせいしんせいそうしせいしんしょう)
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