ラギレオ未満「レオナさーん!いつものヤツ、借りるっすねえ」
ごろごろ、いつも通りベッドに寝転がっているレオナに声をかければゆらり、尻尾をしならせて返事が返ってきた。声で返事がされないのはいつものことで、一度だけ悪戯心と好奇心で「うん」とか「すん」とか言ったらどうだと盾を突けば真顔で「すん」と返ってきて以来、尻尾で返されても何も言わないことにした。はなから煩く言うつもりもなかったが、レオナの「すん」が余りにツボでしばらくは床をのたうち回ったものだ。
寮長室は立派なもので、でかいベッドだけでなく勉強机や椅子もどことなく豪華(な気がする)。ほら、椅子もこんなにふわふわ(当社比)でお尻も尻尾も痛くならないとラギーが喜んでから、好きに使えと使用許可を得ているので遠慮なく寮長室のものを使わせて貰っている。椅子を引いて座ればだいぶ使い込まれた魔法書の目次を開くと、レオナの匂い、ちょっとだけカビっぽい埃、そしてほんの僅かに知らない花っぽい匂いが優れた鼻腔を擽った。
レオナが幼い頃から使っているという魔法書は、勧めるだけあってとても分かりやすい。内容は名前の通り、魔法に関しての基礎中の基礎が357ページに渡って細かく噛み砕いて書かれている。まず一番最初に書かれているのは、魔力に関すること。魔法と魔力は大いに関わってくる。魔力とは何か、から入る。みんなも知っていると思うが念の為ラギーと一緒におさらいしておこう。魔力とは「それぞれの体内に保持している魔力量のこと」だ。覚えてない子はメモね!テストには出ないけど、これは基礎中の基礎、であるがラギーはNRCに来るまでは知らなかった。この持ちうる魔力の量によって魔法力の強さが変わってくる。魔力が多ければ多いほど精神面を抜きにするとオーバーブロッドしにくいし、した場合は魔力量に比例して被害はデカくなる。
おっと、こんな基礎中の基礎で止まってられない。今日からは新しい4章である魔法陣についてに入るが、基礎で魔法陣について習うか疑問に思う人も居ると思うが普通は習わない。普通は、だ。然しどんな学問、分野でも基礎を固めておくことは重要である。とにかくラギーはこの魔法書に書かれていることを理解して、授業の内容と並行し覚えなければならないのだが、この本を読んでから圧倒的に授業が理解しやすくなったのでやむを得ない。
「えーっと……なになに……」
魔法陣、またの名を魔法円と言う。魔法陣と魔法円の効果は似て異なる。"魔法円"は自分を守るためのもの。西洋魔術から来たもので悪魔や召喚獣、使い魔を召喚する際、自分の身を守る為の檻としてそれらを出さないようにするための役割。"魔法陣"は東洋の、所謂サブカルチャー的なものから魔法円ではなく魔法陣と言い換えられ悪魔や召喚獣、使い魔を召喚する、または聖なる場所、異界、過去や未来への入口の役割。より簡単に一言で言えば魔法円は結界、魔法陣は入口である。この章では魔法陣という言葉を用いて、以下より魔法陣と名称で統一する。
「へぇ、魔法陣と魔法円……なんでわざわざ分けたんすかね?どっちかに統一しちゃえばいーのに」
「………その提案は出たが卵が先か、ニワトリか先かみたいな論争になったんだ。あとは、一応定義が違うからなァ、一括りにせず魔法陣と魔法円は別モンってことになったんだよ」
「あ!レオナさん、おはざっす。ふぅん…そんなクソどうでもいい事で争うんすねぇ」
「当事者にとっちゃどうでも良くねぇことなんだろ。教科書に載るような光栄で名誉なことだぜ?自分の功績を他人に横取りされんのは面白くねぇだろ」
いつの間にか起きたレオナはロイヤルプリンスの欠片もなく大きな欠伸を零しながら、椅子の背もたれを肘掛にして寄りかかる。レオナの言葉にふむふむ、と大人しく聞いているとふと首を傾げて魔法書の文字をなぞっていればレオナの視線が指に刺さる。
「じゃあ、なんででっけぇ括りだと魔法陣つってるんすか?その感じだと魔法陣と魔法円を別々に言わなきゃいけないって感じしますけど」
「学者らは魔法陣と魔法円は別々の学問だって主張したが、結局民間に受け入れられなかったんだ」
「同じようなもんだから、別々に分けないでどっちでもいいだろ…ってことっすか?」
「そうだ。……まあ、そんな掘り下げるような所でもねぇが、学者たちは魔法陣と魔法円について明確に記すことにしたが学者じゃねぇやつ……一般市民は口馴染みの良い、聞き馴染みがある、結局効果は似てるようなもんだつって、魔法陣と魔法円を同じように扱ってんだよ」
「でもこれを読むと、似ても似つかない感じっすよ?」
「あー……それはコレは噛み砕いて、かつ細かく書いてあるからな」
レオナは軽くマジカルペンを振ると本棚から一冊の本がふよふよ、浮きながらレオナの手元まで飛んできた。普段使っている魔導書の教科書だ。パラパラっと勝手にページが捲れ、ぴたっと止まったページの文献に目を通せば、その分かりずらさに口元が少しだけひくついた。
″魔法円とは、西洋儀式魔術や魔女術において儀式の際に術者が入る床などに描いた円のこと。魔法陣とは、東洋魔術で用いられる紋様や文字で構成された図あるいは、それによって区切られる空間のこと。″
レオナが持っている魔法書はあれだけ細かく書かれていたのにも関わらず、一般的に用いられる魔導書の教科書ではこのような説明でしか書いていないらしい。これは、同じようなもんだと勘違いしても仕方がない。
「はぁ?!こんなの同じもんだって言ってるようなもんじゃないっすか!…なんでこの本みたいに細かく書かないんすか?」
「次の文読めばラギーでも分かる」
ラギーでも、という言い方に少し引っ掛かったがじろっとジト目を向けるだけで再び魔法書に目を向ける。レオナはジト目で見られても相変わらず飄々としていた。豹ではなく、獅子であるが。
魔法陣を書くにはまず一定の魔力を一定の量で放出しながら円、古代呪文語で文字または紋様を描く技術が必要となり、一定以上のまたは一定以下の魔力量になってしまえば、悪魔や召喚獣、使い魔を呼び出すことができないまたは魔力の増減等の効果が現れない、結界や入口としての役割を果たさず失敗に終わる。然し、場合によっては最悪の事態が起こりうるがその現象が起こる原因は解明されておらず、現在調査中。(xxxx年/07月07日)
「えーっと…………つまり、大半の人は技術がなくて失敗で終わるから学んでも意味が無い…?」
「まぁ、及第点ってことだな。まず、古代呪文語を読める、という時点でかなり限定される。その中で、更に一定の魔力を放出しながらって条件を付けるとなると……かなり絞られるのは、分かるな?」
「そもそも、一定の魔力を放出するっつーこと自体、難易度が高ぇが……条件はこれだけじゃねぇ。召喚する魔獣の種類やどういう用途で使うかによって魔法陣の大きさや模様の精密さ、用意する道具や聖別が問われる」
「だから深く掘り下げる意味がほぼないんすねぇ………魔法陣って思ってたよりクソめんどくせぇ…」
「嗚呼、面倒で分かりにくい仕組みだからこそ、研究する学者は多くなく、必然的に学説も少なくなる。まぁ、古代呪文学程ではねぇがな」
相変わらず知識が膨大だと感想を抱きながら、レオナが言っていたことを忘れぬうちにガリガリとメモを取る。面倒臭いが理解出来るかはまた別として、思ったより面白い分野なのかもしれないと魔法陣について書いてあるページをペラペラと軽く捲っていればひらり、一枚の紙が宙を舞って床に落ちる。
何の紙なのだろうかと拾い上げれば二つ折りされているので、もしかしたらレオナが書いた有益な情報が記されたメモかもしれないと紙を開けばそこには小さな魔法陣が書かれていた。
「レオナさーん!なんか挟まってたっすよ?」
ずいとレオナに紙切れを突き出してみれば、元々寄っていた眉間には更に皺が寄せられた。折角お綺麗な顔なのになと思うが、眉間に寄せられる皺はいつもの事。然し、少しばかり不機嫌そうな声色で知らねぇと返事が返ってきた。知らねぇか、そうか、それならば仕方がない。……とは言ってられない。
「え!?これ、レオナさんのじゃないんすか?!」
「…嗚呼、こんなもん書いた記憶もねぇし……見たこともねぇな。貸してみろ」
レオナの知らないものがレオナの私物に挟まっていた事実が怖すぎて、ラギーは速攻押し付けるように渡すと、レオナは魔法陣をまじまじ観察する。魔法陣は小さ過ぎて潰れているので読めないと判断したらしく、ブツブツ呪文を唱えながらマジカルペンを振ると、魔法陣が書かれた紙は白い光に包まれ徐々に拡大された。後で聞いたが、初級魔法の拡大縮小魔法の応用らしい。何故、応用なのかというと魔法陣など魔力の込められたモノを拡大、縮小するのには仕組みを理解していないと出来ないから、らしい。応用なら実質上級魔法と言っても過言じゃない。ラギー的には。
「流石っすねぇ〜。んで、何て書いてあるんすか?なになに〜………汝、崩壊の淵に立ち、孤独な彼の光となり、道しるべと……なる?」
レオナの技術に感心していたところ魔法陣を見ては何も言わなくなってしまったので、首を傾げながらラギーも魔法陣を改めて視線を向ける。すると、何故か古代呪文語で書かれている文字が読めてしまったので、レオナの方を向く。
「レオナさん!俺、読めちゃったッス!」
「……………!、ラギー!触んな!!」
「……え?」
嬉しさの余り、ここがどのように書いているか解説してレオナに褒めてもらおうと魔法陣に触れ、文字をなぞる。すると激しく光を放つ魔法陣に気を取られてしまい、咄嗟に動けずに居るとその激しい光は全身を包み込み、ラギーはレオナの部屋である寮長室から姿を消してしまったのだ_____
*
「いっっだっ?!」
ドサッと硬い床に肉のない臀が叩き付けられ、ビリビリと痛む所を労わるように撫でる。辺りは深呼吸をすれば咳き込みそうなほど埃っぽく薄暗いのできょろきょろ、見渡せばどこを見ても本、本、本。図書館のような場所なのだろうかと立ちあがれば人の気配がするのでピルルッと大きな耳を動かし、すぐさま体勢を整える。
「…そこに居るのは誰っすか。隠れてても分かるっすよぉ?」
ガルルッと形だけの小さな威嚇をしながらマジカルペンを片手に、気配のする方をじっと見詰める。するとラギーよりも背丈の高い本棚から、小さな影が目の前に現れた。
「……お前こそ、だれだ」
「……?!れお、な……さ、ん?」
そこには獅子の耳と尻尾、艶のある褐色肌とサマーグリーンの瞳、そしてチョコレートブラウンの髪を左右に三つ編みがなされた麗しい姿の子獅子が立っていた。そう、現サバナクローの寮長であるレオナ・キングスカラーと瓜二つであり、あんぐりと開いた口が塞がらないとはこういうことだろう。
_______________________
「クソッ!!」
魔法陣が書かれた紙と共に、光に包まれたラギーは何処かへ消えてしまった。レオナ自身の対処が遅れてしまったせいだと、舌打ちする。あくまで予想であるがラギーが発した古代呪文語は魔法陣が発動する為の呪文だ。魔法陣自体もかなり古い上に、幾つかの魔法陣が入り組んだものだと考えられる。が、複雑過ぎる上にいくら古代呪文語が得意だからといってレオナはその道の"プロ"ではない。
あくまで、レオナは書物で得た知識と回転が早すぎる天性の頭脳、あとはちょっとした経験の賜物なだけだ。高校生から見たら大人だがまだ未来ある二十歳である。今回は一人で対処出来るようなものではないな、と溜め息を零し判断すれば学園最高責任者である学園長、魔法史に詳しいトレイン、そして念の為クルーウェルへと不本意ながら協力を仰ぐことにした。
「な、なぁーんですってぇーーっ?!ブッチくんが魔法陣によって消えてしまったぁーーーっ!?!」
学園長の声が学園長室に響き渡ると、煩いと言わんばかりにレオナのキュートなお耳はぺたん、と伏せられる。その姿を見たお猫様派のトレインは、場違いなのは十分承知のうえ、ほっこりとした気分気なったがオーとルチウスの鳴き声で誤魔化すように咳払った。
「ゴホン、それでまずはその魔法陣が書かれた紙、とは何処に?」
「ねぇ」
「は?」
「だからねぇつってんだろ」
レオナはグッと眉間に皺を寄せて鬱陶しそう吐き捨てる。