月に追われて退場 その年の冬は、例年よりも早くやってきていた。
ガタガタと揺れる列車の二等車の窓側で、ファウスト・ラウィーニアは、はらはらと空から降りはじめた今年初めての雪を眺めていた。
ファウストの手荷物は少なかった。膝に抱えたボストンバッグ一つのみ。
街を離れていく列車に、人はさほど乗り込んでおらず、数少ない乗り合わせた乗客は、皆どこか後ろめたい雰囲気で、誰とも目を合わせようとはしない。気休め程度の暖房では、窓から入る隙間風に負けてしまい、車内はさほど温かくもなく、乗客たちは着込んだゴワゴワしたほつれ気味のコートの襟を合わせ、背中を丸めて静かにじっと座っている。その中でファウストだけが、しっかりと背筋を伸ばし、どんなに揺れても美しい姿勢を保っていた。着ている服の質は、そのあたりの苦学生同様、着古してくたびれてはいたものの、出来る限りの手入れを施して身綺麗にしているのが分かる。真っすぐな紫色の瞳は澄んでいた。美しい青年は、この中で奇妙に浮いて見えた。
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