ヒミツダイヤル──夜、静けさが漂う午部屋。
やるべきことを終えた二人は、それぞれの世界に浸っていた。
潮は日課であるSNSを巡りながら、時折抱き枕を抱えて体をくねらせていた。その顔にはふわりとした幸福感が浮かんでいる。片や宗氏はというと、作業台に向かい自分の大切なヘルメットや通信機器を愛情を注ぐようにメンテナンスしていた。
「うーちゃん」
部屋の中の静寂を途切れさせたのは宗氏だった。
「ん?どうしたの、むーちゃん」
「すこし、通信機器の音を立ててもよいだろうか」
別に俺の許可なんて取らなくてもいいのに、と潮は思いながら起き上がる。宗氏はそれに気づいて、潮の分のスペースを空けた。広い部屋の中で、ふたりの肩が並ぶ。
「これって、あの時からずっと使ってるやつ?」
「ああ。…僕なりに少しずつ改良はしているが」
宗氏が幼い頃にかき集めた機材たちは、大事にメンテナンスをされているからか、数年経った今でも現役なようだ。カチリと機材の電源を入れると、静かな部屋を機材が発するノイズが満たす。
幼い頃はじめて通信をするところを目の当たりにした潮は、何をしているか全くわからなかった。が、宗氏から信号の変換アプリを教えてもらってインストールしていたのを思い出し、起動してみる。
長い音と短い音のみで言葉を紡ぐこの方法は、今の時代には少し古く感じるかもしれないが、なんだか秘密のやり取りのようで面白いと思っていた。
折を見て、宗氏がリズム良く音を紡ぎ始める。
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「え、」
潮がスマホに表示された文字に声を上げると、宗氏はにこりと微笑んで音を紡ぎ続ける。
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音がひとつひとつ、スマホの画面に文字となって現れ、潮は目を奪われた。いきなりの事で静止の声を上げたいけれど、スマホが集音しているから声が出せず、音を紡ぐ宗氏の手に触れる訳にも当然いかずで、ただただ為す術なく、画面に紡がれる文字達を見ながら静かに狼狽する事しかできなかった。
「──うーちゃんも、どうだろうか?」
一通りの言葉を紡いだ後、少し顔を赤らめた宗氏が言った。
"触れる"という行為が難渋なものである潮は、宗氏が大切にしている機材に今触れてもいいのだろうか?という戸惑いの感情と、言われっぱなしであることに対する悔しいという感情がない混ぜになっていた。
その感情をぶつけるかのように慌ただしくスマホに文字を打ち、優しく機材に触れ、スマホに紡いだ言葉を見よう見まねにゆっくりと、"おと"に変える。
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これは自分の心音なのか、それとも信号の音なのか。潮は、その違いさえもわからなくなって手が少し震えていた。それでも、普段なら決して言葉にしない想いを、なりふり構わず紡ぎ出す。
拙く紡がれた言葉がうまく伝わっているのだろうか、と宗氏の方を見ると、宗氏は正座をして瞳を閉じたまま、一音一音を余すことなく聞いているようだ。
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──一体、どのくらい時間が経ったのだろう。全てを言葉を紡ぎ終わった後、作業台に静かにスマホを置いた潮は跳ね続ける心臓と様々な感情を抱えきれず、縮こまってぐったりしていた。対する宗氏も、潮の言葉を受け先程より頬を赤らめていたが幾分か余裕がある顔をしている。
「うーちゃん、ありがとう。うーちゃんらしい、暖かい言葉だった」
「…これスマホに全部残ってるし。凄い恥ずいんだけど」
「電子メールのようで面白いではないか。それに──僕が宇宙に行った時には、こうして繋がれる」
「まぁ、それはそうなんだけど…さ」
幼い頃から何があってもふたりでいた事が当たり前であったため、"宗氏が宇宙に行ってしまったら"という未来は、まだ少し遠いものだと思っていた。でもそうしたら、またひとりになってしまうのか。と潮は内心思っていた。
「例え何万光年と離れてしまっても、僕はうーちゃんのことをずっと想っている」
「そ、そんなの俺もそうだし当然だし…ってそうじゃなくて!俺ばっか貰ってばっかりで、嫌すぎ。」
「そんなことはないぞ、うーちゃん」
「……っ!そんなことあんの!ホットチョコ作ってくるから、大人しく待ってて」
珍しく宗氏の前で半狂乱になった潮はそう言って、返事を聞く前に立ち上がり、耳まで真っ赤にした顔で足早に部屋を出ていってしまった。キッチンに向かうまでに誰かに出くわしたらどうするのだろうか、と宗氏は苦笑いを浮かべながら見届ける。
「ああ。ずっと、待ってる」
機材のノイズが響き続ける部屋。ひとり残された宗氏のまるで祈るかのように呟いた声は、じわりと溶けて消えた。
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──ハロー、大好きな幼馴染へ。
これはふたりしか知らない、秘密の交信。
高鳴る鼓動も、伝わっていますか?
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