道満が猫になるかと思ったらギリギリ違った晴明さん「他人に変化の術を掛けたら面白そうじゃないですか? やります。ついでに軽度の精神干渉も施します。相手は勿論道満です。絶対面白いし可愛いしあわよくばエッチな展開になって欲しい」
雑な導入を聞いた諾子さん「一から十まで全部最低」
道満は晴明に招かれて酒を馳走になっていた。夜になると湿り気を帯びた夏の風も少しは和らぐ。「褒賞で酒を貰ったから飲みに来なさい」という誘い文句は無粋だし嫌味かと思うが、食費が浮くなら良いかと現金な考えで道満は誘いに乗った。たまには勝負事を忘れてこうして静かに酌を交わすのも悪くない。
悪くないと道満は思っていたのだが「道満、今からお前に思い付いた術を掛けますね」と晴明が言い出したので全て台無しになった。驚きながらも咄嗟に防壁を張った道満には、中途半端に晴明の術が掛かった。
「で? これが化生になったことについての申し開きはあるか?」
堀河殿の主人の寝所。御帳を掻き剥いでその中へと入り込んだ巨躯に縋り付かれながら、顕光は半目で晴明を睨んだ。
浜床の前で叱られる子供のように身を縮こませている晴明は「すみません」と素直に謝罪する。傲岸不遜が服を着て歩いているような男が、老いた暗愚の右大臣に睨まれて萎縮するわけが無い。傍に立つ家司が猛り狂う猟犬を耳元で吠えさせるから唯々辛いのだ。うっかり狐の尻尾が飛び出しそうになる。
晴明は臍を噛んで寝所の中を見る。老体に纏わり付いている道満には、体格に見合う猫の耳と長い尾が生えていた。然しもの晴明であっても道満の最硬堅牢の防壁を突破するには手数が僅かに足りなかった。お陰で「最も親密にしている相手に物凄く甘える」という精神干渉しか成功せず、変化の術は不完全なまま終わってしまった。
「ンンンンンン♡あきみつどの♡あきみつどの♡」
道満は発情して甘い声で名を呼びながらスリスリと顔や額を顕光の肩や首筋に擦り付けている。晴明の目論見では道満の甘える相手は自分のはずだった。
顕光は溜息を吐いて「これ治るんか?」と、子飼いの陰陽師を撫でながら訊ねる。犬に噛み付かれそうになりながらも晴明は「明日の夜には」と答えた。顕光はまた溜息を吐く。そして家司に明日明後日と物忌にすることを告げた。
寝入った深夜に獣が飛び込んで来たと思えば懇意にしている法師陰陽師で、それだけでも頭が痛いのに間を置かずに大嫌いな従弟の子飼いまでやって来た。腹が立ったので犬を横に連れて来てやった。狐には丁度良い仕置になるだろう。
「あきみつどの〜♡」
「おお、よしよし道満、お前は愛い奴よな〜今宵のことは全て忘れるのだぞ〜」
「はぁい♡あきみつどののおっしゃるとおりにいたしまするぅ♡」
「無理じゃないですかね」
「お前は黙っておれ。面倒だから」
ナァゴナァゴと甘える道満の顎を顕光は擽る。道満は気持ち良さげに目を細めて喉を鳴らす。いつもは涼しげな美形の晴明だが、嫉妬で気が狂い掛けている女の顔をしていた。
「あきみつどの♡んっ♡むチュッ♡はむ、んっ♡」
道満が徐に顕光の指を口に含んだ。枯れ木のような指に、随分と熱心な奉仕をしている。顕光もそれに応えるように口腔内を撫でたり上顎や舌に爪を立てたりして道満を喜ばせる。
晴明は呆然としてしまった。
「……え? NTR? この平安の時代に?」
「はふッ♡ふぁ、はっ♡あきみつどの♡くちすい、くちすいしてくだされ♡」
「えっいや流石にそれはアカンやろ……」
道満の要求を老人は退けた。盛り上がる道満は気付いていないが、顕光はビシビシと殺意を肌で感じている。無論、最高最優の陰陽師から放たれる殺意を。元気に吠えていた犬も尾を丸めて家司の後ろに隠れてしまう。
唸り声混じりで晴明が詰め寄る。
「顕光殿、道満と褥を共にしたことが?」
「大分直球できよったな……橘、弓を構えんで宜しい」
「どうなんですか」
じぃ、と肉食獣に睨まれて顕光は目を逸らした。
「…………………………………何処までやったら寝た判定になる?」
天罰というものはあるらしく、こうして邪な思いで神秘の術を使った晴明はまた一つ変な性癖を抱えることになったのであった。