バレンタイン「ねぇ、黒木さん、最近恋人に好きとか愛してるとか言葉で伝えたりしてる?」
「え?何を急に。しかも今、仕事ですよ。」
と、俺は同僚の牧野さんに言った。
「今、私と黒木さんだけで倉庫仕事だし、少しくらい世間話してもいいと思うな。黒木さん、真面目なんだから。」
「まぁ、いいですけど何で急にそんな事聞いてくるんですか?」
仕方なく聞き返すと、牧野さんは入荷した部品を棚に並べながら喋り出す。
「今の彼氏付き合って二年経つんだけど、最初は好きとか愛情表現してくれたけど最近は言ってくれないのよ。なんかちょっとだけ寂しいなって思って。」
「二年も付き合ってれば、そんなもんじゃないですかね。タイミングもなかなか。」
「タイミングね。でも、不安になっちゃったりするのよ。自分でもめんどくさい女だなとは思うんだけど。だから、他の人っていうか黒木くんはどうなのかなって。ちゃんと伝えてるのかなって思っただけ。」
愛情表現?愛してるなんて言った事ない。
好きって言ったのっていつだっけ?
ぼんやりと考えていると昼休憩のチャイムがなった。
「あ、ご飯食べよ!続きは午後ね!」
あっという間に居なくなってしまった。
毎度、休憩時間は一分一秒無駄にしない牧野さん。
「…愛してるなんて、日本人言うのかね…。」
小さな独り言が静かな室内に溶けて消えた。
仕事帰りに、夕飯の買い物をしに行きつけのスーパーに寄る。家に玉ねぎがあったから豚肉買って生姜焼きにしよう。
生姜たっぷり入れて、後は大根と油揚げの味噌汁、あいつ好きだから作ってやるか。
カゴに材料を入れていくと【バレンタインコーナー】とでかでかと書かれたチョコレートコーナーが目に入った。
色鮮やかなチョコレートやキャラクターの缶。色とりどりで目を惹かれた。
「そっか、そろそろバレンタインか。」
後、一週間でバレンタインで、その日は丁度日曜日で俺もあいつも奇跡的に休みだった。
「土曜、仕事終わったら温泉でも行こうか。」
と、誘われ近場の人気温泉を予約した。
温泉の事が楽しみすぎてバレンタインの準備するのを忘れていた。
自覚はなかったが自分で思ってるより浮かれていたらしい。
「あ、これ。好きなやつじゃん。」
キャラクターコーナーの中にあいつが好きなパンダのキャラの缶のチョコがあった。ちょっと目がたれていてトレードマークに赤い蝶ネクタイをしてるパンダ。ちょっと間抜けな表情が愛着が湧くらしい。
少し悩んだが喜ぶ顔しか想像できなかったのでパンダチョコもカゴに追加した。
「後は、チョコと生クリームとココアと。」
毎年バレンタインは手作りを希望される。料理やお菓子作りは得意ではないけど苦でもないので作っている。
今年は生チョコにして温泉から帰ってきた後に渡そう。
「もうこんな時間。」
時計を見るともう十九時を過ぎていて俺は急いで会計をし家に帰った。
二月十四日
これから俺は荷物をまとめて楽しい温泉旅行に行くんだ。美味しい料理を食べて一緒に温泉に入って部屋でちょっとイチャイチャして…。
「言葉に出てたけどイチャイチャできないから。」
ベットに横たわる俺を見下ろしながら関谷弦(げん)は言った。
そう、今回温泉に行くはずだった相手。
つまり俺の恋人。
高校卒業の時、俺から告白して付き合った。
その後、俺は部品工場に、弦は本屋に就職した。
俺は実家暮らしだったが、弦は一人暮らしをしていて1年2年と付き合いが長くなるにつれ弦の部屋に俺のものが増えていき、付き合って三年目に同棲を始めた。
「え、言葉に出てた?」
「温泉入って〜のくだりから全部口に出てた。柊(しゅう)ちゃん、イベントとか楽しみにしすぎて風邪ひくタイプだよね。」
俺のおでこに手をのせて「熱まだあるね」と言った。
弦の手はいつもひんやりして冷たくて気持ちいい。
「別に…楽しみにしてないし。仕事で風邪ひいただけだし。」
「そっか、そっか。まだ少し寝てなさい。」
少しだけ素直じゃない俺の言葉を軽くあしらうと弦は部屋を出ていった。
「…なんでこのタイミングで風邪なんて。」
頭まで布団を被って呟いた。
昨日は弦が寝てるうちに生チョコ作ってラッピングして冷蔵庫の奥に隠した。
去年と同じで「やっぱ、柊ちゃんの作るチョコは美味しい」と嬉しそうに食べる弦を思い浮かべながら作ったチョコ。
なのに、俺は今風邪をひいて熱を出している。
バレンタインどころじゃない。
工場勤務の俺と接客業の弦じゃ休みもなかなか合わない。
温泉に次行けるのはいつかも分からない。
あぁ、全部楽しみにしてたのに、台無しにしちまった。
風邪のせいでメンタルが弱っているのか涙が出る。
こんな事で泣くなんて女々しすぎる俺。
でも、涙が出るほどバレンタインと温泉と恋人と楽しい時間を共有できる事を楽しみにしてたんだ。
真っ暗な視界に光が入ってきた。
被っていた布団をめくられる。
「やっぱり。どーせ、風邪ひいたの自分で責めて泣いてたんでしょ。」
「泣いてないし。」
「へぇ。」
優しく俺の涙を拭う。
「温泉だっていつでも行けるし、バレンタインだって来年も再来年もあるよ。」
「…弦って、俺のことどう思ってる?」
「え?どうって?」
驚く弦の表情を見て自分が恥ずかしい事を聞いてしまった事を後悔した。
今日は後悔してばっかりだ。
「やっぱ、聞かなかったことにして。」
恥ずかしくてまた布団を被ると、部屋を出てく音がした。
告白した時の事を思い出した。
俺が好きだと言ったら「実は知ってた。」と言って笑っていた。その後「柊ちゃんが俺の事を好きになる前から俺は好きだったけどね。」とサラッと言われ冗談だと思ってあまり気にしてなかったけど、好きって言われたのはあの時が最初で最後だな。
「ねー。柊ちゃん。布団から出てきて。」
いつの間にか部屋に戻ってきた弦に言われ恐る恐る布団から出た。
「何?」
「なんで正座なの?」
「なんとなく」
「目瞑って。」
目をつぶると温かいものが唇に触れる。
「…え?あれ?これ、チョコ?甘い…」
口に触れたのは勿論弦の唇で、目を開けると俺の作った生チョコの箱を持って嬉しそうに笑っていた。
「柊ちゃんの作るチョコはいつも美味しいね〜。甘かったでしょ?」
「…甘かった。」
俺なら恥ずかしくて出来ない事をサラッとやってのける弦。
「後ね、さっきどう思ってるって聞いてきたけど、そんなの決まってるじゃん。」
俺を引き寄せると優しく抱きしめて頬を撫でる。
「愛してるよ。」
そう言ってもう一度唇を重ねてきた。
深く、甘く、優しく。
チョコよりも甘い愛の言葉。
「愛してる。」
終わり。