おいしいごはんをいただきます函館での右腕宣言以来、月島は公私共に私の右腕として過ごしている。
私が第七師団に所属してからずっと補佐をしてくれてはいたが、あの日から月島は変わった。
金塊争奪戦直後は後始末に追われて忙しい日々だったが、私に対する表情が柔らかくなったのが目に見えて分かった。
争奪戦の最中でも息抜きにメンコで遊んでいる時にはいたずらっぽい表情をしたことはあったが(特にコタンで上官命令を下した後は顕著だった)、この男もこんな顔をするのかと感心したものだ。
心から私を想っていることが表情から伝わるのは嬉しかった。
一方で、中央の奴らや私たちに敵対する奴らには、陰でとんでもない悪態をつくこともあった。
子どものころは悪童と呼ばれていたらしいから、きっとこちらが本来の月島なのだろう。
2390