やばいQが天然過ぎたことの始まりは何だったのだろうか、自宅でいつものように最低限の食事で済まそうとパンを手にして端末を操作しながら齧っていたところ、目付きを鋭くしてカズキのことを凝視している王次郎がそこに立っている。
「どうしたの、王次郎」
「もっとちゃんとした食事が必要ではないのか」
「あぁ、大丈夫だよ。ちゃんと栄養は考えてるよ」
パンの隣に並ぶサプリやらの食事とは言えないものが並ぶ。たまに王次郎と食卓を囲むが王次郎の食事量の半分くらいで。おまけにいつも端末を確認したり情報を収集しているために睡眠も疎かのようで。心配になると声をかけてもいつもはぐらかされてしまう。覚悟を決めたようにごくりと唾液を飲みこみ王次郎は口を開く。
「栄養剤は食事とは言えない。睡眠も取るんだ」
「えぇ、大丈夫だって。ちゃんと最低限は取っているよ」
「最低限では無意味だからこうして言っている」
暖簾に腕押し糠に釘。現状を表す言葉はいくらでも浮かぶがどれも解決策には繋がらない。どうにかしようと思考を巡らせるが口先に長けたこの友人を舌戦で抑えられるとは王次郎ですらも思えない。少しの沈黙、暗い表情のまま王次郎はカズキに覚悟を決める。
「分からないのならばお前を監禁をする」
えぇ……心の奥から何でそうなったのかを問いかけるような気の抜けた声が漏れる。カズキは理由を聞きたいがあまりにも驚きすぎて言葉が意味をなさない音でしか発することが出来ない。ようやく落ち着いた時、口から出たのは「なんで?」という一言で、無駄に回した思考は無意味なものとなる。
「カズキを健康にするには私が管理しないといけないと感じたからだ」
「えぇ……まぁ、王次郎がそれで気の済むなら良いけど……」
正直、監禁と言われてどこまでをするのだろうかと考えるがそれでもどうなるか分からない。戸惑ったまま、カズキの監禁生活が幕を開く。
「おはようカズキ」
監禁生活とやらが始まったと思えば朝は王次郎に起こされる。これはいつも同じパターンだ。あえて日常と違うところを挙げるならば王次郎が朝の支度を済ませているところであろうか。それに鼻をくすぐる香しい匂いが漂っている。まだ寝ている頭を起こすために身支度を整えて王次郎の方へ向かえばカズキの朝食が並ぶ。行儀良く頂きますと手を合わせれば王次郎はこくりと頷く。朝食をそんなに食べれるかという心配はあれど一口食べてみればカズキの好みに合った味付けが腹を満たす。
「美味しいよ王次郎」
「カズキの為に覚えたからな」
これほど料理が上達していたなんて。驚きつつも手は止まらない。
そんな朝食から始まり、昼食夕食、昼のおやつ。睡眠時間は7時間と定められて数日が経つ。
「王次郎、これ監禁じゃないよね」
「いや監禁だ」
過ごしてみてはっきりとわかった。監禁と王次郎は事あるごとに伝えてくるが、監禁とは何だったのかと思うばかりだ。
「手足も縛られないし」「手を縛れば痛いだろう」
「窓も開けっぱなし」「換気は重要だ」
「扉も自由に出入り出来るし」「運動しないと健康に悪い」
「監禁って何か知ってる?」「……『体の自由を拘束し、一定の場所に閉じ込めて外に出さないこと』……っ」
どうして今驚いているのか。最低限端末で意味を調べた上で監禁なんて言い始めたと思ったのに今この状況が監禁になっていないと気付いていなかったようだ。
「これじゃあ監禁じゃなくて新婚とかそういうやつだよ」
「……なるほど」
頷いて意味を嚙みしめている様子の王次郎をカズキが半目で見つめるのも仕方がないだろう。訝し気に見つめ続ければうんうんと頷いて理解した王次郎が口を開く。
「ではカズキ。私はそれになりたい」
手を頭に添えて天を仰いだカズキは何も悪くない