不憫同情カタルシス「来てくれてありがとう三田くん」
シナプリのレストランで珈琲をとりあえず頼んだ三田は目の前で同じように珈琲を注文した仲間、カズキを見る。相談があると呼び出されたが、真剣そうな面持ちを崩さないカズキの姿に嫌な予感と疑惑が浮かんで消える。ビシビシと視線を感じながらも話を促す。
「なんだよ改まって話なんて……」
三田自身の中で何かのアラートが鳴り響いてそれ以上は聞くなと言うがここまで来た以上、仲間の相談に乗らないなんて選択肢があるわけもない。
「Qがイケメン過ぎてどうしたらいいと思う?」
「よし分かった俺は帰るぞ!」
聞いたのが間違いだった。やはり嫌な予感を告げていた己は正しかったのだ。さりげなく帰ろうとする三田の服を掴んで離さないカズキはやはりゴリラなのではと逃げられないことに薄々感じていた違和感を明確なものにした。チクチクと視線が三田に刺さる。
「お前らの惚気に俺様を巻き込むな!!!」
「良いじゃないか惚気るくらい!三田くんしか話せる人がいないんだ!」
「女の子の恋愛相談ならともかくなんで男のを聞かなきゃいけないんだよ……」
「女の子からはされない癖に……」
「カズキ、お前それが相談したい側の態度かよ!!!」
「大体、Qならそこにいるじゃねぇか」
ほら、と三田が指を指し示した先には注文したであろう大量の料理に囲まれながらじっとこちらを観察するQの姿。先程から三田が感じていた視線の持ち主だった。
「僕が三田くんに聞かれたくない相談事があるって言ったら心配して見てるんだよね。何もしないでいるのは申し訳ないから料理を頼んだみたい」
「それであんなに遠い席で料理食べてんだな……」
アレがイケメンか? と空白を重ねれば読み取ったカズキが首を振った。大人しく席に戻った三田を見つめて一口珈琲を嚥下し一拍開けてから。
「だって、Qって隈で隠れているけど相当顔が整っているじゃないか、それに性格だって真面目でちょっと融通利かないところはあるけど良い奴じゃないか。それから僕のこと心配してくれる優しさだって持ってる……この前買い出しした時なんて荷物を全部Qが持ってくれたんだよ!」
「あーすごいじゃねぇか」
完全に惚気だ。惚気だと結論付けた三田はシナプリの行き届いたサービスによってテーブルに届けられた珈琲を一口飲んだ。レストランの質も良く、香りは申し分無い上にしっかりとした味を感じられる珈琲は仲間の為に三田が淹れる珈琲には遠く及ばないが、最高の味わいをもたらすが砂糖でも入れたように口の中が甘い。
「ちょっともっとちゃんと聞いてよ」
「なんでだよ。ただの惚気じゃねぇか」
「これから相談になるんだよ」
「じゃあ早く言えよ」
頭が痛くなるのを手で抑える。この男は普段は嫌味たらしいのにQが関わった瞬間に決定的にアホになる。呆れを隠せずにため息も漏れる。もう一度真剣な面持ちをしたので自然と姿勢を正す。
「最近、Qが眩しく感じられて直視出来ないんだよね……」
「聞いた俺が馬鹿だった!」
帰ろう、帰ってやろうと立ち上がればやはりカズキの手が三田を掴む。どうやっても逃げられない。なんでだよという悲痛な呟きはカズキの乾いた笑いに掻き消される。
「なんで逃げようとするんだい。ちゃんと聞いてよ」
「聞かなくていい奴だろそれ!ただQが好きすぎてどうにかなりそうって話だろ!」
「そうだよ」
「だったら結論は一つだろ。早く好きって言いながらチューの1つでもしてこい!」
それで解決するだろう。鼻息荒くカズキに伝える。そんなものは済ませていると言われると思っていた三田は急に静かになったカズキを見れば顔中に紅をさしたように綺麗に染め上げ硬直している。その顔は演技でもなんでもないだろう。チューと聞いて恥じらうような姿をしているということは……三田の中で一つの疑惑が生まれてしまう。こんなのに巻き込まれていたのか。
「お前……まさか……?」
「Qとは付き合ってもいないのにキスなんて出来ないよ……」
「なんでだよ!」
今日一番の大声が響き渡るのを三田には止められない。Qの視線は厳しくなる上にカズキは見たことのないような恥じらう表情をしている。本来ならばあそこでハンバーグにフォークを突き刺しているQに見せる筈だった顔を三田が一番間近で見ているということが背中に感じる突き刺さるような視線の原因なのだろう。
「もう俺を巻き込むな!」
「嫌だよ巻き込まれなよ!」
こうなったら維持でも巻き込んでやろうという意思が三田の胸ぐらをテーブル越しに掴めばお互いの顔が近付く。息もかかりそうなくらいの距離に背後から感じる視線が厳しくなれば三田は逃れようともがく。ヒートアップする二人は止まらない。
「巻き込まれてくれないなら巻き込んであげようか!」
「何する気だカズキ!!」
「キスでもしたら巻き込まれてくれるかな……」
完全に目の据わった様子で顔が近付く。やめろと叫んでもカズキは聞く耳を持たない。あともう少し。指一本分の距離、三田の唇は空を切る。
「んぅ……ん……」
先程まで遠くの席でグラタンを頬張っていたQがカズキと唇を合わせる。普通のキスより長いそれは仲間が目の前でしているものだと考えなくても目を逸らす。
少しの空白の後。息を吸い込むQはくったりと身体を預けたカズキを連れて大量の料理が残る席に連れて行く。したかった気持ちなど微塵も無いが何だか分からない敗北感を三田は味わってしまった。女の子だったら美味しいかも知れなかった状況も男に大切な唇を奪われそうになった挙句に男に搔っ攫われて席に戻る姿に三田は残ったカップを呷る。カフェオレよりも甘ったるさが口に残った。よく見たらテーブルの上に三田とカズキの分の珈琲代にしては少し多いカネーが置かれている。あんな様子のカズキが置いて行く訳が無い。ならば一人しかいない。威圧しながらカズキに和風パスタを食べさせている背中を見つめて納得したように頷く。
「コレは仕方ねぇわ……」