夜、紫煙くゆる君の背中が少し遠い ふと瞼を持ち上げる。電気の消えた暗い部屋の中、開けられたベランダからネオンライトがぼんやりと射し込んでいる。エドは溶けそうな微睡みの中から身体を持ち上げてベッドから抜け出ると、ばらけた足取りでベランダの冷えたサンダルを突っ掛けた。
「ぁ……ごめん、起こした?」
夜風に攫われた煙草の匂いがふわりと揺蕩う。
エドは冴えない頭を回そうとも思わないまま、欄干に肘を付く彼の後ろに立ってその肩口へぽすっと額を落とした。骨張った腰に腕を回してみれば夜の寒気を纏った手で頭を撫でられる。伸びたTシャツの襟刳りから零れる薄い肌へ鼻を寄せ、エドは鼻先でスン…と匂いを嗅ぐと思い付くまま柔く歯を立てた。彼が相変わらずプラチナブロンドの寝癖を弄びつつのんびり紫煙を夜闇に流すから、自分へ向き切らないその意識に少し不貞腐れた。
「なあ」
「ん?」
「……何でもねぇ」
──目が覚めたらベッドにいなくてちょっと寂しかった。
エドは零しそうになったそれを微かなプライドで口の中に留め、代わりに彼の首筋を甘噛む。すると、眼下の路地を眺めていた彼の瞳がエドをゆったり捉えて、見透かしたように優しく細まった。
「ごめん…、少しだけ待ってね」
まるで幼い子供に言い聞かせるような声色だった。エドは少しむっとする。彼の肩口に乗せていた眠気で重たい頭を擡げ、自分に背を向けているその痩身を反転させた。欄干に腕を突いて背筋を屈めれば彼を捕まえたみたいで気分が良い。
「煙草臭くなるよ」
苦笑を浮かべた彼が白煙のくゆる火種を遠ざけようと細腕を上げたから、エドは指先に挟まったそれを摘み取った。乾いた唇でほんの少し湿っている吸い口を咥え、咥内に溜めた煙をふう…と彼の顔に態とらしく吹き掛ける。
目に染みたとばかりに瞬きをした彼が小さく笑って溜息を漏らした。
「エド、それ意味分かってやってる…?」
「そりゃな。当然だろ」
ネオンライトに淡く彩られた彼の頬へ掌を寄せれば、煙草を取り返した彼が今度はエドに煙を吹き掛けた。緩慢な微笑みの中に浮かぶ悪戯心で焚き付けられ、エドは空いた左手を甘えるように彼の右手へ絡める。
「ベッド行こうぜ」
「まだ吸い終わってないから、もう少し待って」
彼が残る煙草を吸い付けたところを見計らい、その柔らかな唇を塞いだ。苦い紫煙と甘い唾液がくぐもった笑い声に混ざり合い、呼吸の暇から零れた青白い煙は夜闇に溶けてなくなった。