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    okm_tmsb

    @okm_tmsb

    自探索者長編やif話はエブリスタにてhttps://estar.jp/users/61829929

    短編とセッションバレorシナリオバレのあるものを
    ポイピクにて取り扱っています。

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    okm_tmsb

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    大崎直紀と桜川祈のお話。
    小説の練習も兼ねてのシリアス話。

    精神美「ソメイヨシノが咲いてるよ。」

    声が聞こえて窓の外を見れば、そこにはまだ蕾の付いた桜の木がある。
    小ぶりだがしっかりと地面に根を張って、大きく枝を広げるそれを見て、どこか気持ちが落ち着いた気がした。

    時期は3月も中旬。
    季節は明るい新生活を祝う時期だと言うのに、空はどんよりと暗く雲が果てしなく空を覆っている。
    いつ雨が降るかと思いながらお礼を伝えて車へと急げば、決して広いとは言えない駐車場の真ん中で彼の車が待っている。

    助手席に乗り込むと男は運転席で寝こけていて、声を掛ければのそりと起き上がった。
    「話は聞けたか?」と低い耳あたりの良い声がする。
    「うん。」と返事をすれば、訝しげに彼は顔を起こして視線を向けてきた。
    それはなぜ自分が引っ張り出されたのかというのを指摘しているようで、肩をすくめて返事をした。

    「だから我はいいと言ったじゃないか。」
    「お前は車を持ってないだろ。」
    「直紀だって持ってないだろ?」
    「免許はある。」
    「やぁいぺぇーぱぁー!」
    「もう二度と乗せないぞ。」
    「その時は歩いてくるさ。」

    そこまで話すと途端男は黙り込む。
    助手席でシートベルトをつければ、ため息と共に彼もシートベルトをつけてエンジンを掛ける。
    入念なほど周囲を確認する様は確かに決して手慣れた運転のそれとは違うが、レンタカーを傷つけまいと丁寧にハンドルを切っている。

    運転をするのは大崎直紀。
    助手席に座るのは桜川祈。

    担当編集者と執筆者である双方は、元来ではない距離感でプライベートも共にしている。
    というのも、大崎の過保護と桜川の我儘が主たる原因だが、互いに許容している分誰も止めることができない。

    今日は桜川の小学生時代の教諭に会いにきた。
    いつも桜川の無理難題にまるで一休の様に頭を捻って答えを出すと、休み時間内に教室に返すという凄腕の教師だったらしい。
    今は現役を退いて悠々自適に一人暮らしを満喫しているとのことで、場所は小山の頂上付近。
    辛うじて車が通れる山道があるが、それ以外は何もなく、本当にただ一人の、少々変わった生活をしている人だ。

    桜川がなぜ突然先生に会いに行ったのか、それは大崎の知るところではない。
    桜川は迷っている時ほど行動し、反対に大崎は迷っている時ほど慎重になる。そんな合わない部分が今回ははっきりとすれ違った結果、詳細は聞かぬまま送り迎えの要員として大崎は車を運転していた。

    山道は思ったより険しく、タイヤが小石を弾き飛ばすたびにガチガチとうるさい音を立てる。
    崖沿いにクネクネと続く道は確実に向かいの車が来たら終わりだ。しかし、その心配はない。
    この道を上ってくる者も降りて行く者も滅多に無いと、道が教えてくれる。
    整備なく乱雑に草木が生えるそこは、申し訳程度の轍が辛うじて見えている程度。大崎は顔を顰めながら必死に身を乗り出して周囲を確認しながら慎重に運転を続けた。

    「ソメイヨシノが、咲いてるそうだよ。」
    「?‥‥もうそんな季節か。」
    「ねぇ、大崎。見に行かないかい?」
    「‥‥この道を無事に降りれたらな。」
    「ふふっ、違いないね。」

    車の駆動音に絡まって、落ちる葉の泣き声がする。
    木漏れ日は視界を眩ませるが、タイヤは外れることなく進む。
    そうやって、やっとコンクリートの道まで出てくると、桜川は大崎に礼を言って少し休もうと提案した。
    大崎も慣れない運転に疲労は感じており、頷いて道路脇に車を停める。

    車から足を下ろせば車の中より外の方が涼しく感じ、大きく伸びをした。
    辺りを見渡せば小さなプレハブの屋根の下に忘れ去られた自販機が辛うじて息をしている。
    飲み物でもと思ったが、少々危ういその様子に財布をしまう。
    振り返れば、桜川は助手席の扉を開いて足を外へと降り出したまま、シートにもたれ座っている。
    呆然と何か考え事をしているらしい様子は年齢らしい幼さがあるが、どこか含みのある瞳の揺れが髪の隙間から見て取れる。

    大崎は、やはり財布を出した。

    ガタンと音がして桜川が顔を上げると、大崎は2本の缶ジュースを持って歩いてくる。
    「どっちがいい。」と差し出されたそれはグレープ、アップルと、と大きく印字がされていて、見たことのないデザインだった。

    桜川が「ありがとう。」とアップルを受け取れば、大崎は短く「ん。」とだけ返事をしてグレープのプルタブに触れる。
    冷たさがあるアルミの表面はハンドルを握り疲れた手の平をやんわりと癒してくれるが、プルタブの硬さにどれだけ長くあの息も絶え絶えな自販機の中にいたのかと思案してしまう。
    桜川はそんなことお構いなしにプルタブを開けると、缶に口をつける。
    傾ければ喉を通る冷たさが一瞬だけ味を飛ばしてしまうが、舌に馴染めば林檎の甘さが感じられる。
    機嫌良く足をコンコンと鳴らしながら大崎を見ると、彼は少し怪訝そうにしながらも車の後部座席の扉に背を預けて缶に口をつけている。
    一口飲んでから缶の表面の表記を確認して、また口をつける。そんな様子を数回繰り返して早々と飲み終わると、それをぐしゃりと握りつぶした。

    「それで、どうだった。」
    「うーん、どうだったと言うほどの事はないけどね。」
    「悩んでたんじゃないのか?」
    「悩んで、、いたね。いたけど、どうでもいい事なんだなぁって。」
    「?‥‥解決したんじゃないのか。」

    桜川はまた一口ジュースを飲む。
    喉を通るたびに、どこかつっかえていたモノが抜けて行く感覚がある。
    それは“そんな気がした”程度のものだったが、今の桜川には充分だった。

    「日々に忙殺されていると、
    自分が何のために生きているのかとか、
    何が好きだったとか、忘れがちになるんだよね。」
    「わからなくはないな。」
    「おや、意外っ!
    ‥‥まぁ、そうやって忘れてしまうと、
    ただ“生活する”ことが生きることの目標だと
    勘違いしてしまうんだ。」
    「‥‥。」
    「でも、体はよくできたものでね。
    頭でそう思っていても、何かぽっかりと空いている部分にちゃんと気づいてしまうんだ。」

    桜川は大崎を見た。
    大崎はじっと正面を見ていて、でも話はきちんと聞いているらしく腕を組んで頷いている。
    桜川は安心して話を続けた。

    「直感と理解、体と頭、現実と希望。
    うーん、なんと表現しようかな。
    まぁつまり、空いてしまった部分や、
    分かっていても分かっていなかったという差で
    我は元来必要な物を見失っていた。」
    「表現しっかり選べ。」
    「今は、物語じゃない。
    我自身の話だから、許しておくれよ。」
    「‥‥。」
    「‥‥まぁ、つまりは、先生に教えを乞いにきたのさ。
    幼い頃の時の方が好き嫌いははっきりしているものだ。
    あの頃我は何が好きだったか、聞きにね。」
    「原点に戻る?」
    「そう言うことだね。」

    桜川は「そろそろ行こうか」と大崎の服の裾を引く。
    大崎は逡巡してから今度はその場に座り込んだ。
    「まだ、聞かせろ。」と、珍しく踏み込んだ彼を桜川は笑う。

    「そうだなぁ。
    生活をするのには理由がいるというのが、
    先生の話の軸で、
    生活をするために何が必要かが、
    我の話の軸だった。
    我は、自分の好きなことは生活があって初めて成り立つと思っていたけど、
    元来は、好きなことがしたいから生活をする。
    先生はそう解いた。」
    「なるほどな。
    なら、必要なのは過去好きだったことより
    今好きなことか。」
    「さっすが直紀っ!そのとぉーり!」

    桜川は大崎の横に座り込むとその顔を覗き込んだ。
    丸メガネの向こうで疲労にうちのめられた瞳がしっかりと桜川を見ている。
    互いに見つめ合う景色は一見甘い春の訪れにも思えたが、残念ながらこの二人の間にそんな感情の揺れはない。

    「直紀は、何をしてる時楽しいと感じる?」
    「言うと思った。俺は編集社の皆と仕事してる時が一番楽しい。
    それに、世に出る前の一流の小説を読める特権はでかい。」
    「ふむ、しっかりとした返答だった。
    さすが。」
    「それで、お前は?」
    「我?」

    彼女は小首を傾げると長く唸りながら思案する素振りを見せる。
    わざとらしいそれと共にフラフラと立ち上がると、持っていたアップルジュースを勢いよく飲み干して空を見る。

    「昔から、自分の知らない世界を知るのが好きだった。
    自分で紡ぐ世界が好きだった。
    誰にも邪魔されない。我だけの空間。
    怖い人も、辛い現実もない、創り物の世界は安らぎだ。
    でも、それって、現実逃避と同じだ。」

    空はやはり暗い。
    どこか答えは見つかったのに心に落とし込めない思いを、彼女はまだ燻らせていて、それはどこかまとまりに欠けている。
    大崎は立ち上がり彼女の後ろに立つと、ただ一言言った。

    「ソメイヨシノ。観に行くか。」

    困った様な辛い様な、そんな桜川の瞳は見えないが無理やりあげた口角には自分への苦笑が見て取れる。

    「‥‥ふふっ、花言葉は?」

    桜川の問いに、大崎は踵を返した。

    「精神美。」

    ぽとりと、言葉が地面を跳ねた気がした。
    桜川の無理に作った表情よりも、驚きと喜びが満ちた顔の方が、ずっとずっと晴れやかだった。

    「なんだ、知っているなら言っておくれよ。」

    彼女は大崎の背中を追う。

    何事にも答えなどなく、しかし、どこかで自分の落とし込める穴が必要で、そのための言葉が必要だ。
    最後はいつも、自分で見つけるしかない。

    迷い揺れ、喜び跳ねる、その様こそ人が故。
    大輪を魅せるのは、まだもう少し先なのだ。
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