手、つながないの? ここ何年か恒例になっている浴衣デートの日。向こうでは朝日奈が顔なじみの店員と新作浴衣の柄について話に花を咲かせている。人気の色はどれだとかもう可愛らしい花柄は似合わないとか何とか。
何でもいいから早く決めろと視線を送ってみるが、一向に気づく様子もない。
待つのもデートの内。そう割り切ってしまえば、楽しそうに話す朝日奈を眺めているのも別に苦ではないのだから、我ながら忍耐強くなったものだと思う。
「あらあら、今年も待ちぼうけなのね」
視界の隅には冷茶と水まんじゅうが載ったお盆。礼を言ってお茶をひと口啜る。老舗呉服店の直営だからというのもあるだろうが、気づかいが有難い。若い頃ピアノ教師をしていたという老婦人と待ち時間に何度か話すうち、彼女が店主だと気づいたのはつい去年のことだけど。
「おまたせ創くん。どうかな?」
可愛いとストレートに感想を言えば、ドヤ顔が返ってくる。どうせ何を着てても可愛く見えるんだし、聞くまでもないだろうに。
店の外は建物の影に変わっていた。昼間の照りつける太陽を思えば随分マシではあるが、夕方特有のぬるく湿った空気がねっとりと頬を撫でていく。毎年思うけど浴衣って見た目ほど涼しくないよな。
「…っ、」
目的地の神社へ向かおうとしたら、ビクッと手を引っ込められた。なに、と目で問いかければ何故か口を尖らせている。
「……だって。手汗がやだなって、さっき」
何かと思えばピアノの話か。冬は指先が冷たくなるし、夏は汗で滑るという店主の話が聞こえていたらしい。
「手、つながないの?」
今度は素直に細い指が絡まってきた。