手を離さないで 夜の神社は苦手だ。今日みたいな日は、特に。
だけど、可愛い彼女から浴衣デートに誘われてしまったら、断るなんて選択肢はないよね。
「すっごい人だね」
石畳の参道は予想通り人で溢れていた。身動きが取れないほどではないが、ゆるい上り坂になっている所為もあってか、牛歩の如き状況だ。参道の真ん中は神様の通り道だから端の方を歩きなさい、と言われて育った覚えがあるけれど、この状況でそれを守るのはなかなか難しい。なるべく真ん中でも端でもない辺りを狙いたいんだけど。
人の流れに乗ってじりじりと進むうち、知らず知らずのうちに人垣の一番端っこへ移動してしまっていた。両脇の灯篭に灯された火が揺らめいているのがよくわかる。
先にお参りを済ませようと思って神社の方へ来てみたけど、早まったかな。
「あっ、ねこ!」
不意に隣の彼女から小さく声があがり、繋いだ手をくいくいと引っ張られた。視線の先には、ふんわりとした毛並みが美しい白猫のうしろ姿。ゆらりゆらりとしっぽが揺れて、まるで誘っているようだ。
灯篭と灯篭のあいだから冷たい風がひゅっと吹き込んで、首筋を撫でた。そこだけぽっかりと穴が開いたように真っ暗な空間に、白くふわんと浮かび上がるかたち。柔らかそうで、それでいて熱量が感じられない……ねこ?
何故か目を離せないでいると、ソレが振り返った、ように見えた。キラリと瞳が反射して、眩しくて、ヘッドライトのビームを浴びせられたような──。
「諒介くん、どうしたの。大丈夫?」
心配そうに覗き込んでくる顔にハッと我に返った。俺は何を見せられていたんだ。
「ごめんね。暑くてちょっとぼうっとしちゃった」
そう、もう大丈夫だ。だから、この手を離さないでいて欲しい。