白黒兄上の話後日談6副隊長に上着を返して昼過ぎに出立するのを見送った。
「さて、勉強するかぁ…。」
その内大きなパーティに呼ばれるのは分かり切っているから、それまでに貴族との会話が問題ない程度に出来なくてはならない。
弟が活躍し過ぎてしまっているから明らかに穴である俺は良い鴨だろう。父にも弟にも隙がないなら明らかな隙を狙うのは当然なのだから。狙うとすれば俺かリリーの二択だが、リリーは平民出だ。ツェアフェルトを貶めるというよりは、ヴェルナーの相手として相応しくないのではという方向での陥れ方になるだろう。
弟が傭兵隊に魔物を頼んでから半年。
無事に…無事に?魔物は繁殖し、少量ではあるが種の供給の目処が立ってきた。種子に当たる部分を加工しているのだが、何故かヴェルナーはあれをコーヒー豆と呼んでいる。
果肉部分は傷みやすいため領地で中の種子部分を取り出し、洗浄した後乾燥させて王都へと運んでいる。最近は焙煎具合と砕き具合も3段階くらい決まったらしいから着々と商品化の道を歩んでいる。
ちなみに果肉部分は種子を取り出した後乾燥させてハーブティーのようにしている。ローズヒップティーのような味わいがあるようだ。こちらは目覚ましにはならないようだが、嗜好品としてなら弟はこっちの方が好きなようだし、母上にもこちらはウケが良い。弟がいた国では魔物から採れる果実をキシルと呼んでいるから、こちらはキシルティーと呼んでいる。
弟はヴェルナーに渡された道具一式はあまり使ってない。面倒くさがっているのだ。たまには使うが基本的には前までやっていたように、ティーポットに砕いた豆を直入れしている。雑味とかどうでもいいらしい。
製紙業の方も軌道に乗り始めていて、ある程度の売り上げは見込めるようになってきている。まだまだ改善の余地はあるため、商品開発は続いているものの、魔皮紙よりは安価に手に入る紙として貴族よりも商人や平民に売れている。
弟の勉強はまあそれなり…まだ学園卒業程度とはいかないが、後1年くらいで卒業程度の学力にはなりそう。本人は時間がかかり過ぎていることにカリカリしているけれど、10歳までの教養しか受けていなかった事を考えれば充分優秀だ。
弟はとうとう王都で行われるパーティに呼ばれることになった。主催は父と同じ文治派の侯爵家だ。とりあえず同じ派閥にお披露目といったところ。実家でのパーティと同じく代官の姪をパートナーにして参加する。
「付き合わせて悪いな。」
「全然!王都にいける機会なんてそうそうないし嬉しいわ。」
弟と代官の姪は王都のツェアフェルト家に滞在することになっている。道中何があるかわからないから余裕を持った日程で旅程を組んでいて、王都に着いたのはパーティの5日前。
代官の姪は観光に行きたがり、弟は代官の姪に連れ回されていた。とは言っても弟だって今の王都には詳しくない。
「リリーさん。明日一緒にお買い物に行きませんか?」
「え?私ですか?」
前回の滞在で一応代官の姪とリリーは仲良くなっていたから、リリーはヴェルナーを窺いヴェルナーはどうぞと手でサインをした。ハルティング家は一応貴族扱いではあるが、はい今日から貴族です。じゃあ頑張ってねとはいかない。下位貴族が上位貴族の家で侍女などをすることは珍しくないからという事で、少々無理矢理だがツェアフェルト家で使用人生活が続いており、マゼル・ハルティングはまだ一応在学中のため、学生寮の貴族寮に部屋を作られている。
「じゃあ明日は2人でどうぞ。」
「なに言ってるんです?貴方も行くに決まっているでしょう?」
「もう2日も付き合ったじゃないか。明日は女性だけで楽しみなよ。」
弟は至極嫌そうに答えていたけどたぶん逃げられないだろうな。なにせ押しに弱い。そもそも嫌いなわけではない相手に対して嫌そうな顔をしても引いてくれない場合は大抵押し負けるのだ。代官の姪も最初は遠慮していたけれど、弟が押しに弱いとわかってからは容赦がない。
ここ最近のヴェルナーの注目具合からするに、もうヴェルナーは完全なお忍びは中々難しくなっているだろうし、リリーもまだ立場は使用人であるのに1人では出歩けない価値があるから、ふらっとお買い物にというわけにもいかない。護衛をつけなければ歩かせられないが、リリーが自ら申し出るのは結構大変だろう。
翌日の昼過ぎから3人は護衛の騎士団と一緒に街に買い物に出た。
代官の姪は弟に荷物を持たせて買い物だ。リリーの物も当然弟。リリーは申し訳なさそうにしているけれど、代官の姪は一切気にしていない。まあ移動は馬車だから直ぐに馬車に荷物を乗せてしまうから、弟は荷物をいつまでも持ち歩くわけでもない。
「次はあのお店でいいかしら?」
「はいはい。お好きにどうぞ。」
代官の姪が先導で雑貨を取り扱っている店に行こうとした時、弟とリリーの間で子供が転んだ。
「大丈夫?」
リリーがすかさず起こそうと近づくが、大通りにそぐわない見窄らしい子供だ。なんでこんな子が大通りに?スリか何かだろうか。弟も疑問に思ったのか直ぐにリリーと子供に近づき、少し離れていた護衛も距離を詰める。弟がリリーの腕を掴んだと同時に子供の手もリリーが差し出した手を掴んだ。
「 」
子供が何かを口にした瞬間弟とリリー、そして子供がその場から消えた。
「えっ?嘘?え?」
代官の姪が狼狽えるが、私も何がどうなっているのかわからない。
「やられた!スカイウォークだ!」
スカイウォーク?なにそれ。
そこからは大慌てで代官の姪を馬車に押し込んでツェアフェルト家へと戻り、王城にいる父上とヴェルナーに遣いが飛んだ。
急いで戻ってきた父上とヴェルナー、それから騎士団の話を聞くにスカイウォークとは街の外限定となるが、一度行ったことのある場所に飛ぶ事が出来る魔道具ということだった。
「状況からするに狙いはリリーだ。」
「兄上は巻き込まれただけという事ですか?リリーが何故今更…。」
「まだお前との結婚は済んでいない。未だ害して得する者も、リリーを得たいと思う者もいくらでもいる。しかし跳んだ先がわからんのは問題だ…。」
「ラフェドやレッペの時と違って心当たりもありません…。」
最低2回は心当たりがあるの?そんなにリリーは狙われてたの?嘘でしょ?そんなリスクの高い子だなんて知らなかったよ。ならなんで外出させたんだ!
…いや怒っても仕方がない…。どうしよう。昔は領地から離れられなかったから弟から離れられるとは思ってなかった。こんな事態は想定してなかったけど、何かあっても絶対ついていけると思ってた…。
どうしよう。どこに行ったの?