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    お笑い芸人の直哉が場末のショーパブでステージに立つ甚爾を見て「一緒に漫才やらへんか」と誘い、本気でM1チャンピオンを目指すも、どつ本のカリスマ的面白さに打ちのめされてメンタルブレイクする話 たぶん続きます

    #甚直
    veryStraight

    タイトル未定 甚直お笑いパロ 1 今年あかんかったら辞めよか。毎年毎年、浮かんでは消えていくその一言が言えんまま、五年の月日が経った。

     無所属のピン芸人が場末のショーパブでシノギを削っている。そんな噂を聞きつけた先輩が、俺に声を掛け、退屈をまぎらわせるために興味本位で飲みに行ったのが、全ての元凶やった。その頃の俺は高専時代の同級生と一緒に入学した養成所を卒業して三年、満足いくネタも作れん、バイトに追われてネタ合わせも出来ひん、そんな箸にも棒にもかからん日々を過ごしとった。そんな毎日をぶち壊してくれたのが、ショーパブのスポットライトを浴びる甚爾くんやった。
     なんていうか、第一印象は「なんでこの人お笑いやってんの?」やった。整った顔立ち、恵まれた肉体。女誑かして金巻き上げる仕事か、オッサンびびらして金巻き上げる仕事の方が似合うやろ、と思った。黒くてピチピチのシャツに、民族衣装みたいな綿のズボン。なんやこいつ。でも、気になる。目ェ離したら、知らん間にオモロいこと起きてまうんちゃうか、みたいな不思議な魅力があった。口元の傷痕は、メイクやろか。時間にして、わずか三十分足らずのショーやった。体感十秒。気ィついたら終わっとった。瞬きすら許されんかった。それでも、間違いなくオモロかった。この人に着いていったら間違いない、そう確信した。
     すっかり薄くなった梅酒ロックをがぶりと飲み干し、席を立つ。ボックス席から見えたカウンターの向こうに、ママと思しき女性がチャームを作ってるのが見えた。隣で惚けている先輩に「俺、ちょっと楽屋入らして貰えへんか訊いてきますわ」と声を掛けると、先輩は苦笑いで「おいおい。まさかお前、あいつと組むとか言い出すんちゃうやろな」とか言いながら水割りで唇を湿らした。先輩、そのまさかっすわ。俺はどうやったらあの奇妙な男とコンビが組めるんか、口説き文句のボキャブラリーで頭をいっぱいにしながらママに話し掛けた。
     あの子なぁ、ウチの娘のヒモやねん。ママは大きな口を開けて笑いながらそう言うた。なんや道に迷ったゆうて話し掛けられてそのまま付き合うことになったらしくてなぁ、それにしてもお金も仕事もない言うからしゃあなしウチの店で働かしたってんねん。普段は裏で酒瓶やらビールケースやら重い荷物運んだりしてもろててなぁ、ちょうどさっきステージ終わったとこやし、今ごろ外で煙草吸うてると思うわ。そんなに話したいんやったら、裏回ってみぃな。
     先輩への断りもなしに、俺は店を出て裏に回った。ネオンサインの届かない路地裏は、どこから流れてきたのかわからないような水と油で足元がビチャビチャやった。ゴキブリと鼠の住処のような場所で、裏向きのビールケースを椅子代わりにして。ママの予想通り、その男は煙草を吸うとった。
    「……マルメラ?」
    「残念。赤マル」
     にやり、吊り上げられた唇の端が、傷痕を歪ませる。飼い慣らされた野良犬のような声やった。規則正しく立ち上る紫煙の行方を、退屈そうに目で追っている。
    「なんや。マルメラやったら、オソロやから一箱あげよ思たのに」
    「俺、マルボロなら何でも吸うから。外れちゃいねえよ」
     男は、まだビニールに包まれたままのマルメラを、俺の手からひったくった。
    「お前、さっき俺見て一切笑ってなかった奴だろ。気味の悪ぃ差し入れだな。文句でも言いに来たのか?」
     男は、俺と一切目を合わせようとはせんかった。まるで着ぐるみみたいに腕や胸板に貼り付いた筋肉が、月明かりや通りのネオンサインに当たって薄ぼんやりと輝いている。
    「逆や。オモロすぎて、笑う暇あらへんかった。悔しかったんや、世の中にこんなオモロい奴がおるなんて」
    「気色の悪い褒め方しやがる」
     酒の勢いもあってか、口から飛び出す言葉に何一つ誤魔化しはなかった。というか、ちょっとくらい誤魔化した方がええんちゃうか言うくらい、ベタ褒めしてもうて、若干恥ずい。でも、ここで止まるわけにはいかへんと思った。
    「俺と組まへんか」
     初めて、男は俺の方を見た。もう後には引けん。押すしかない。そう思った。
    「は?」
    「俺と漫才やらへんか、て言うてんねん」
    「話に脈絡がなさすぎねぇか」
     正論で殴られたとて、酔いの回った頭に効果はない。
    「兄さん、ツッコミ向いてへんな。俺がツッコミやったるさかい、ええと」
    「伏黒、甚爾」
     フシグロトージ。東野幸治みたいで、なんや小物臭い名前やの。せやけど、芸名は付けずにいきたい。大層な名前より、普遍的な名前の人間が笑いの神様やった方がオモロい気がした。
    「トージくんは、ボケやり」
    「まだ返事もしてねぇし、お前の名前すら聞いてねぇんだけど」
    「俺は禪院直哉。ええとこのボンボンみたいな名前やろ? 正真正銘ええとこのボンボンやから、安心しぃ」
     ほな、決まりやな。コンビ名はまた考えとくから、連絡先だけ教えてもろてええか。訊ねた瞬間、フシグロトージは呪詛のように数字を口にした。電話帳へ何度打ちこんでも十桁にしかならん上、頭は06。聞けば、居候先の家に設置された固定電話の番号らしく、それもショーパブのママの娘とは別の女の家らしい。なるほど、顔も体格もこんなけ良かったら、取っかえ引っかえなわけや。俺の苦笑いを、トージくんは不思議そうに眺めとった。
     かくして、高橋、茅ケ崎、つよし、勅使河原が並ぶ、た行の一番下に「甚爾くん」は登録された。俺は軽く頭を下げ、甚爾くんに背を向ける。路地裏を抜けて正面の大通りに出れば、乾いた夜風が俺の頬を舐めた。年季の入った、木製の重い扉。体重を預けながら、ぐっと押し開く。薄暗い店の奥、カウンターの向こうで、ママが呆れた顔をして俺を見つめていた。
    「怖い顔して、べっぴん台無しやん。どないしたん、ママ」
     三十年前なら迷わず口説いていたであろう美しい顔立ちのママが、怒りと呆れに表情を歪ませてカウンターを顎で指している。カウンターで飲み潰れ、突っ伏していたのは俺をこのパブに呼んだ先輩やった。
    「はぁ。えらいすんません、迷惑掛けて」
     べろべろに酔っ払った七十三キロを背負って、ママにも頭を下げる。ケツポケットに刺さっていた財布から勝手に数万円を拝借し、会計を済ませておいた。後から何か言われたとして、謝る気はさらさらなかった。見とけや、売れさえしたらな、こんな端金、熨斗付けて返したるわ。
     俺はこんなところで終わらへん。ネタも書かへん相方と一緒んなって、誰かの踏み台になんかなりたない。だらだら、結果も出さんと泥沼ん中で腰まで浸かって、一部のコアなお笑いファンのお世辞にだけ耳傾けて、そのまま埋もれていくなんかお断りや。
     俺は、甚爾くんと一緒に、俺の考える一番オモロい漫才をやる。そして、売れる。
     電車の中で盛大に吐いた先輩のゲボを肩で受けとめながら、車窓の向こうに過ぎていく街並みを見て、そう誓った。
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