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    ⚠️超絶捏造
    原稿の息抜きに

    #巽ひめ
    smallDriedSatsumi

    本体Hiが巽の実家の教会に併設された孤児院で過ごす話 巽ひめ バスタブに張られた水からはいつも独特の匂いがする。よく見ると白い沈殿物が浮いてきたり、水中を漂う髪の毛に羽虫が絡まっていたりするので、俺はいつもそれを摘んで、それから洗い場の排水口へ放り投げることにしていた。だってそうしないと、間違って俺の口にでも入ってしまったら、喉の奥に引っ掛かる長い髪の毛の感覚と、夜通し戦い続けなければならないからだ。
     俺が「ボウトクテキ」なことを言ったとかで、大人が俺の言葉に悲鳴をあげた。耳の奥がじんじんするくらい甲高い声で、すぐに何人かの大人が集まってきた。本当にそんなことを言ったのか、と訊かれたので、俺は正直にええ、と言って頷いた。俺はそのとき、「はい」と返事をするよりも「ええ」と頷いた方が賢そうに見えるだろうと思って、そう言った。だけどそんなことは些事だった。俺は大人の考えていることが全然わからない子供だった。きっとすぐに「なんだ。そんなことか。そんなことで驚くんじゃない」と、騒いだ大人の方が怒られるに決まってる、そう思った。でもそうはならなかった。俺の肯定は、その場に集まった数人の大人の顔色を瞬時に青く変えてしまった。
     ショクザイ、という言葉の意味を、俺はよく知らない。教えてもらっていないし、なんとなく嫌な言葉のような気もした。不定期に行われる「それ」は、俺の言葉に対する「ショクザイ」なのだという。俺は無自覚に言葉を発しているだけなのに、その言葉の断片には罪が宿っているらしい。そしてその罪から俺を「カイホウ」するために、大人たちは俺をバスルームへと連れて行く。何かよくわからないものの「ショクザイ」のために、俺はバスタブの底とキスをする。
    「ショクザイ」に失敗した俺はどうやら、生きているだけで人に迷惑を掛けているらしい。息をすることで酸素の量を減らし、二酸化炭素を増やす。それから、働いてもいないのにお腹が空くのは悪いことなのだという。だけどお腹が空いてどうしても身体が動かないってときは、仕方ないので余ったお菓子とかパンとかをくれる。俺はもらったそれを食べる前に、ありがとうございますと言わなければならなかった。きちんと百回、数を数えて。わからなくなったら最初からやり直し。だから俺は早く大人になって、働くことが出来るようになりたいと思った。
     自分のことを自分だと知覚出来るようになってから、俺はずっとここで暮らしている。よくわからない施設で、よくわからない神様に感謝し、よくわからないまま生きている。ときどき、年上の子供が「将来の夢」とか「大人になったら」とか空想しているのを隣で聞いたりする。正直、何の、いつの話をしているのか、まったくわからない。
     俺が何かを話すときは、話していいと許されたときだけだった。それ以外は何も言ってはいけないし、何も考えてはいけない。そう言われた。だけど、俺が何を考えているかなんて、傍から見ればどうせ誰にもわかるはずがない。だから俺は「なんにも考えていないような顔」がとても得意になった。
     まだこの施設にテレビがあったころ、頻繁に映っていたのは歌番組だった。女性ソロシンガー、男性デュオ、女性アイドルグループ、ロックバンド、男性アイドルグループ。俺は知らないうちに夢想していた。あんなふうに、ステージの上できらきら輝く人を、テレビ越しなんかじゃなく、すぐそばで見てみたい。それに、あのアイドルたちはまだまだ荒削りのような気がする。もっとああすれば、こうすれば洗練されるのに。その思いつきの矛先は、自分にしか向けられなかった。だから俺はずっと自分を磨き続けた。テレビで見た彼らの輝きには遠く及ばないものの、何か足りないピースがはまればきっと同じくらい輝ける、そう信じていた。
    「あなたも、アイドルに憧れているのですか」
     隣から誰かが話しかけてきている。俺は無視してテレビを見続けた。テレビを見ることが許された貴重な時間に、何を話すことがあるのかと軽蔑した。視界の端に、山葵色の髪が揺れる。
    「ふふ、俺も憧れを持っているんです。父には許してもらえていませんが……あなたと、同じですな」
     俺はようやく右隣を一瞥する。視界に飛び込んできたのは、ブラウン管から発せられる青白い光に照らされた二つの星だった。俺はその横顔を、一生忘れない。
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