Recent Search
    You can send more Emoji when you create an account.
    Sign Up, Sign In

    Elkidou_love

    @Elkidou_love

    坊ルクください

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 🍺 🍮 🍜 🐱
    POIPOI 46

    Elkidou_love

    ☆quiet follow

    再投稿。絵じゃないけど。
    久しぶりに読んだら割と好きな展開だった(当たり前)

    #幻水
    illusionWater
    #坊ちゃん
    youngMaster
    #ルック
    look

    おやすみ遠征に出ていた少数部隊が帰還予定時刻を過ぎても戻ってこない。
    これ以上は待てないと軍師が手勢を連れて出立したのは数刻前の話。
    夜も深まり、それでもどこか忙しなく人々は行き交う。就寝の準備のそれではなく、帰りを待つ者の浮き足だった忙しなさだ。

    不粋な憶測が飛び交う。


    窓の向こうに目をやると、赤月の地をシトシトと濡らしていた雨足がようやく落ち着いてきていた。閉めきっていた窓を少し開け、冷えた風を肌で感じる。部隊が帰還したと報せが入ったのはその時だった。
    無機質で殺風景な部屋の外、にわかにガヤガヤと賑わい始めた廊下を横目に見やり、その喧騒に小さく嘆息した。
    肩を貸しあい身を引きずりながら部屋に入っていく者、酒瓶片手にその場に座り込み酒盛りを始める者、各々が各々のやり方で健闘を称え合っている。その中には、泣きながら抱き合う者の姿もあった。或いは笑顔で、或いは咽びながら、様々な感情が交差する広場。

    居心地の悪さを感じながら、喧噪から視線をはずし背にしていた石版に向き合う。何もないところから浮かび上がるように刻まれていった名前をなぞり、ひとつの名を指した所で思わず指が止まった。
    そこにあるはずの名が、消えている。

    ……ああ、そうか、“これ”が。

    レックナート様から聞いてはいたが、実際に目にすると猜疑の気持ちが沸く。こうも簡単に、これは起こるのかと。一度記されて消えていくその意味はなんなのかと。

    そんな事を考えていたら、不意に背後から声がかかった。

    「すまないが、石版を見せてくれないか?」

    そこには全身びしょ濡れのリーダーがいた。手にタオルを持ってはいるが、身体を拭くことすら後回しに真っ直ぐこちらに足を運んだのだと予想する。
    断る理由もなく、半歩下がってその場を譲る。濡れ鼠は小さくありがとうと言って酷く繊細に石版に刻まれた文字に触れた。
    一言も発することなく、何度か目を瞬かせて、こちらに問いを投げるでもなく暫くただ石版をなぞっていた。


    それが、事の始まりだった。



    目標であったリュウカン医師をこそ奪還したものの、一人の宿星が命を落とした敗戦から数日後。
    敵の切り札が分かれば対策を練りやすい。リュウカンの助力を元に立てた作戦が功をそうし、解放軍はミルイヒをルーンの呪いから解放し宿星として新たに仲間にすることに成功した。帝国の将軍が陥落したことは大きく戦況を動かした。自軍の戦力は大幅に補充され、戦局は確実に反転の動きを見せている。
    解放への動きが進めば進むほど、仲間が増えれば増えるほどに問題はみるみる浮き彫りになる。リーダーはと言えば元来器用な性格が災いしてか、無難に仕事をこなして見せた結果人同士のいさかいの仲介や生活基盤の整理など多岐にわたって仕事が舞い込み、最早10代の若者の身に余る荷を背負い激務と化していた。本業の戦となれば戦地に赴き前線で戦うことも少なくない。毎日何かしらの用事で出掛けては、帰ってきて軍師や他の仲間達と会議室に籠り作戦を練る毎日。終われば本拠地内の諸問題に向き合い解決に興じる。


    そんな折、

    「ルック」

    夜の帳が下り、窓から差し込む月の光とランタンの明かりだけになった薄暗い部屋に、声を潜めた来訪者が一人。

    「‥‥こんな夜更けに何か用?」
    「部屋にいなかったから、ここかと思って」

    薄明かりにも笑顔とわかる表情で、手の届く距離に来ても歩みを止めずその勢いのまま抱きすくめられた。

    「ちょっ…と、いきなり何!?」
    「ただいま」

    肩に顔を埋め、深い息を吐きながらまたしても小さい声で「ただいまルック」と囁いてくる。
    ひどく疲弊した声音に少し不安を覚えた。

    「…………………………おかえり」

    背中をポンポンと叩いてやれば、ふふと小さな微笑が漏れ聞こえてきた。
    満足するまで動かずそのままにしていると、今一度ぎゅっと力を込めた後、ありがとうと呟いて漸く離れた。
    二人揃って石版に寄りかかる。何を話すでもないのに部屋に戻る様子を見せない。仕方なく、こちらから帰室の口火を切ってやる。

    「夜更かししてる場合?明日からまた遠征なんだろう」
    「ルックこそ、こんな夜更けに何をしていたの?」
    「……石版に変化がないか見ていたんだよ」
    「……何か変わったかい?」
    「……いいや。特に」
    「…………そっか。」

    宿星として時を共にする仲間は、それがたとえ動物であろうと約束の石版にその名を刻まれれば運命の流れに身を投じることになる。出会い、話をしたからとてそれと分かるわけではなく、石版にその名を刻まれ初めて宿星と認識される者もいる。
    勿論、名を刻まれない者もたくさんいる。それぞれに役割があって、今この軍を支えている。
    それでもやはり、星を冠するものには特別な意味があるのだろう。
    師から見守る役目を授かったからには、 その意味を見いだす事に一定努めた。その一貫として時折こうして、石版に記された彼らの名が消え果てていないかを確認するようになった。顔も知らない連中の、ただ生死を確認するだけの作業。石版守とは名ばかりで、どう考察しようとこうして名を追うだけの役割だと嘆息する。

    「先刻の戦は多くの血が流れたからね。中には散っていった人もいたよ……」
    「……それが戦だろう」
    「わかっているさ」

    仲間になれば名を刻まれ、命を落とせば消えていく、そんな宿命を背負った者達の集まり。

    自分も、その中の一人に過ぎない。

    「それで?今度はなんのつもり?」
    「……なにが?」
    「……………はぁ」

    抱きつくのをやめたと思ったら、今度は石版横に腰掛けて腕をがっしり掴んでくる。一度払い除けたが、しつこくまた掴んできたので最早気の済むまでその行為を許すことにした。どうせいつものことだった。

    多くの敵を討ち、同じくらい仲間を失って、そんな日は祝杯や追悼の後には必ずと言っていいほどこいつはやってきた。激務の後の、皆が寝静まる夜を選んで。
    何を求めてくるでもない、こうしてただ、些細な話をしたり触れたりするだけだ。

    風の噂で先刻の戦の様子を耳にした。遠征でシークという谷に赴いたのは知っていた。そこでかの皇帝バルバロッサの後妻、ウィンディと対峙したと聞く。彼女の持つ紋章の特徴は師であるレックナート様から聞いていた。多くの者が操られ命を落とす結果となった、常闇をゆく紋章。

    ぽそりと、彼は言う。

    「……テッドが死んだよ」
    「……そう」
    「うん」

    石版に変わりはない。当然だ。彼は宿星ではなかったから。

    「あの場にいた者がどれだけテッドを知っていて、彼の死を悼んでくれただろうか」
    「……無理を言うなよ。あんたにとっては友かも知れないけれど、周りの連中からすればただの他人だ」
    「……ルックにとっては?」
    「…………他人だよ」
    「正直者め……」
    「だからここにくるんだろ」

    求めているのは短絡的な慰めや励ましではない。いつしかそう思うようになった。そんな些細なものは世話焼きの連中が代わる代わるに行っている。自分の役割ではないと思い知る。

    そう、だから望むモノを与えてやる。

    「他人だよ。テッドも……君もね」
    「……うん。……ありがとう」


    彼の従者が死んだとき、石版に刻まれていた名前が消えた。まるで魂を吸い取るかのように、初めからなかったかのように、記されていた存在は形を失った。
    あの時こいつもそれを見た。それを知った。

    石版をなぞっていた指先に、触れるはずの名前がない。雨に濡れて青ざめた顔、声を殺して戦慄く唇。拠り所を探してか、たまたま側にいた僕にすがり付いた。
    泣き叫べばいくらかでも拒絶のしようもあったのに、それができなかったのは、彼がただひたすらに黙していたから。黙して、頼りなく笑ったから。

    『呆気ないものだね』

    『君は、喰われたりしないでくれよ』

    その後何を話したかは覚えていない。
    親しい者を好んで喰らう紋章。そんなものが実在するなど、書物でしか触れたことがない。古のお伽話の世界だ。

    明らかに仲間と距離を置きだした彼の心境を知る事など容易だった。周りは酷く同情したようで、彼が離れれば離れるほどに、慰めんとばかりに彼の周りに人は増えていった。
    そんな愚かな話があるか。
    知らないという事の罪を知る。


    握られていた手を振り払い、グッと襟を掴んで立ち上がらせた。

    「痛いよルック」
    「……痛い?」

    掴んでいた襟を離す。眉間を寄せ歪められた表情が不意を突かれたように呆然と緩んで、何秒かの後、聞かれたことに答えるように小さく何度か頷いて一言。

    「…………痛い、です」
    「言えるじゃないか」

    双眸が見開かれる。
    真っ直ぐに視線を逸らさないまま、或いは逸らせないまま幾秒か見つめ合う形になった。

    「痛いなら痛いって、そうやって言えばいい。疲れたなら疲れたって言いなよ。親友が死んだんだったら、僕だってその感情の名前くらい知っている」
    「っ……」

    そう、知ってはいる。魔術師の塔で読んだ本にも、亡くなった者を悼むときの言葉が多岐に渡って羅列されていた。この本拠地でも似たような感情は幾度となく見かけている。だから、今目の前の人間が抱く感情くらい手に取るように分かる。


    「『悲しい』『寂しい』…………違うか?」
    「…………違わない…」

    小さく首をふる目の前のいきもの。込み上げるものを堪えるように深く息を吸い込み、握られた拳とともにワナワナと吐き出される。

    自分がどうしてこんなことを言うのか、いい加減この関係に疲れたとか、強情なこいつの態度に辟易したとか言い分は色々用意できるけど、それ以上に複雑な感情が胸中にあった。
    魔術師の塔で怪我をした動物を保護したときのような、どこか放っておけない庇護欲に似たものか。これを表す感情はなんと言うのだろうか。

    世話のやけるリーダーが誰にも頼れず逃げてきた場所がここであるなら、この戦いをこれ以上犠牲を生まずに収めるためならば、石版の前でただ戦況を見つめるだけの退屈な役割にも新たな意味を見いだせる。

    ぽそり、彼が溢す。

    「……もっと、色んなこと……、ちゃんと、話……したかっ…………」

    絞り出すようにそう言って、堰を切ったように涙が溢れだす。奥の奥から溢れ出たそれは、一度決壊したらそうそう止まるものではないだろう。
     
    「……テッド……も、グレミオ、も…………お、おれの、せいで…………」
    「それは違うだろ、バカ……」
    「っ……違わな……守れなかっ……ずっと、一緒、にっ……いた、のに……っっ」

    子供のようだと、伝えたら怒るだろうか。
    しゃくりを上げる背を撫でながら、口内で紋を結び風を呼ぶ。風に乗って彼の部屋に向かうその一瞬の刻、チリッと微かに混ざる魔力を感じた。反発し合うように散ったそれは彼の右手から滲み出たもの。部屋につく頃にはその気配を潜めたが、禍々しい呪いは隠しきれない。


    (強欲だね……この僕を欲するか)


    彼が気付いていないようだったのは幸いか。
    ひとしきり泣いた後、事切れたように彼は眠りについた。

    苦労が絶えないと同情した事も一時はあったが、それは自分が選んだ道だろう。国の解放が簡単には成らないことくらい子供でも分かる。選んだのはコイツだ。道を同じくしたからには共闘し見届けるまでた。

    だが紋章の呪いは違う。
    古から人間を巻き込んで災いを招いてきたそれの業は常人が量り知れるものではない。それは僕にも分かる。紋章が魂を喰らって成長する類いなら、その心労を知るすべはないが。


    やっとのことでベッドに寝かせて一息吐く。
    立ち去ろうと踵を返した所で何かが行く手を阻んだ。無意識か、またしても服の端を掴む手に呆れて溜め息が出た。解こうとその手に触れハッと気付く。
    眠りについた彼に反するように、成りを潜めていた右手の紋章は熱を帯び、命を飲み込んで得た力を滲ませて共鳴を誘う。まだ足りないとでも言うように、禍々しい呪いは今にも宿主を操り襲いかかってくるようだ。 浮き上がる血管が、筋が、力任せに服を掴んで離さない様は、彼の無意識ではなく恐らく紋章のソレだと知らしめる。


    「……この僕を喰えると思うなよ。死神ごときが」
     
    最大限の牽制を込めて彼の右手を握りしめる。


    喰われてやらない。
    あの時約束した。

    拠り所が他に見つかるまでは、僕が彼の居場所になる必要がある。不本意ではあったが、今の僕にはその程度でいい。

    だから、


    「どうしてもと言うなら、コイツと共に来なよ。喰われてくれと言わせてみせたなら敬意を表して相手をしてあげるから」


    悪夢でも見ているのか、苦悶を浮かべた眉間に唇を寄せる。
    明日からまたリーダーに戻れるように、平穏な日々はもう訪れないかもしれないけれど、痛いと言うなら今だけ寄り添ってやるから。


    だから、今は全てを忘れておやすみ。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    ❤❤❤❤❤❤❤❤❤❤😭🙏❤💚😭🙏❤💚👏👏
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    related works

    recommended works