さくら 善法寺伊作は空を見あげた。全面桜色の空を。
春。美しく咲き乱れた桜が、伊作の頭上を覆って、さらに風に吹かれた花びらが次々に降りそそぐ。伊作はすうっと息を、深く吸いこんだ。春の、あたたかく少しつんと切ない空気を。
絶好のお花見日和だ。――こんな状態でなければ。
「はあ、……」
伊作は今度は、ため息をついた。途方に暮れたため息。
見あげた空は丸く切り取られ、降りそそいだ花びらは、風に攫われもせず伊作の身体の上にじゃんじゃん積もっていく。どこにも行き場がないから。ここは深い、穴のなか、なのだった。
新学期。今日から最高学年にもなり、うきうきとほんの少しの緊張も覚えながら、学園への道中を進んでいた伊作を、不運が襲ったのは半刻ほど前のことだった。
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