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    パン屋だった竈門炭治郎は異世界転生して気づいたら剣と魔法の世界にやって来ていた。ある日森で炎みたいな髪の色をした三つ子に出会う。お世話をしながら一緒に冒険するある夜、杏寿郎君から湖に映った大人の姿を見せられある場所に行ってほしいと頼まれ旅に出る事にー。

    前回のうちれんで書き上げたものの荒削りだったため大幅にリライトしました。最終稿です。異世界ゆるり双子というお話を下敷きにしたダブルパロです。

    #炭煉
    charcoalMaking

    異世界ゆるり三つ子 改訂版 俺の名前は竈門炭治郎。異世界転生者だ。
     元は平凡な日本人のパン屋だったが気がついたら神殿のような所にいた。そして目の前に神様みたいな服装の黒髪の男性がいた。
    「あのう……ここはどこであなたは誰ですか?」
    「俺は神じゃない」
    「はあ」
     神様ですかとは訊いてないんだけど。目の前にいる人は顔がきれいだけど無表情でなんだか怖い。
    「だが水魔法を司る立場にいる。竈門炭治郎、お前は事故で死んでこの世界に転生した」
     いきなりそんな衝撃的な事を告げられた。
    「ええっ?」
    「先に言うが元の世界には帰れない。お前に水魔法の加護を与える」
    「そんな! 帰れないってどういう事ですか!」
    「修行をしてレベルを上げておけ」
    「ちょっと待ってください!」
    「俺の名前はギユウだ、困った事があれば神殿に来い」
     その人はそれだけ言うと消えてしまった。
     そんな始まりでこの世界に来た。剣と魔法でモンスターを倒したらレベルが上がるという、まるで弟達がやっていたゲームみたいなこの世界に。
     仕方がないのでそれ以来、とりあえず毎日を暮らしている。
     

     ある日俺はレベル上げのために入っていた森で炎みたいな髪の三つ子と出会った。分かれ道を曲がったところでばったり出会ったのだ。
     三人はだいたい五歳くらいの男の子で、俺に気付くと一人を庇うように二人が前に立ち、警戒心いっぱいの目で俺を見上げている。
     顔がそっくりで肩までのちょっとクセのある金色の髪で毛先は赤い。瞳も朱色を黄色が縁取った色だ。よく見るとそれぞれ少しずつ髪型が違っている。全部髪を下ろしている子と、ハーフアップにしている子と、全部一つにまとめて後ろで縛っている子。
     保護者は見当たらない。俺はとりあえず三人に話しかけてみる。
    「こんにちは! 君たちは三つ子かな。どうしてこんなところにいるんだい?」
     ここはモンスターが出る危険な森だ。粗末な服はなんだかぼろぼろだし心配になる。
     しかし答えはない。
    「迷子なのかなあ。えーと、俺は竈門炭治郎って言うんだけどよかったら君たちの名前を教えてくれないか?」
     三人は顔を見合わせてどうするか迷っているようだった。
     その時ハーフアップの子のお腹がぐるるる、と盛大に鳴った。俺はしゃがんでその子と視線を合わせる。その子は恥ずかしそうに頬を赤らめ目をそらした。
    「お腹がすいてるならちょうどよかった! 俺もお昼にしようと思ってたんだ。一人で食べるのも味気ないから一緒に食べてくれないか?」
     三人は迷っているようだが、唇もかさかさだし顔色も悪い。しばらくちゃんと食べてないんじゃないだろうか。こんなの放っておけるはずがない。
    「俺は前パン屋だったんだ! たくさんあるから味見してどれが美味しいか教えてくれたら嬉しいな。さあ、まずは座って! お茶もあるよ」
     異世界転生人のスキルとしてインベントリというものがある。魔法の貯蔵庫で空間は無制限だし劣化もしない。俺は自分用のパンを作って余った分を保管してあった。
     敷物を敷いて飲み物とパンを手渡すと三つ子は最初はためらっていたが、率先して俺がパンに齧り付いてみせると真似るようにおずおず食べ始めた。
     そしてパンが美味しいとわかると目を輝かせてどんどん食べてくれた。嬉しいな。
     返事は相変わらずないけれど俺は構わず話しかけ続けて色んな種類のパンやおかずを出して食べてもらった。
     なぜこんな小さな子達が保護者もなくお腹をすかせて森にいるかは謎だったが、食べ終わる頃には三つ子の警戒は少し解けてきたようだった。
    「もういらない? お腹がいっぱいになったら少し休むといいよ。俺はここにいるから。ああ、ついでに服の破れているところも直してもいいかな。裁縫道具も持ってるから」
     皆に毛布を身体にかけてやって、まとめて預かった服の破れを直す。いったい何をしてこんなになっているんだろう。
     繕い物をしているうにち三つ子達は全員くっついて寝てしまった。俺は元いたの世界の弟妹を思い出す。
     そっくりであどけない寝顔がとても可愛いらしい。それにしてもどうして口をきいてくれないんだろう。話しかけているとこちらの言葉は理解している様子だし、知性も高そうなのに。知らない大人に用心しているのかな。
     この森はそこそこモンスターも出る危険地帯なのによく無事でいたものだ。

    、その疑問にはすぐに答えが出た。三つ子達が昼寝から目覚めて、直した服を着てもらいとりあえず森の道の先に進もうとしたところでモンスターに遭遇した。ジャイアントレッドベアーだ。何度か遭遇した事があるが今の俺にはそこそこ強い相手だ。俺は三つ子を背に庇い水魔法を出そうとした。
    「危ないから君たちは下がって……え?」
     しかし俺の背中を飛び越えて三つ子達はダッシュでジャイアントレッドベアーに向かって行く。見る間に前衛の二人が腹に飛び蹴りキックした。ぶっ飛ぶ赤熊。怒りの咆哮とともに立ち上がり長いツメで反撃されると思ったら後衛の髪をしばった子がすかさず防御魔法を張り、ハーフアップの子と髪を下ろした子がグーパンチで殴りかかり連携の効いた連続技であっという間に攻撃を重ねて俺が何もする間もなく倒してしまった。
    「すごい……!」
     三つ子は得意そうに微笑んでいる。ダメージはゼロみたいだ。俺なんかよりよほど強い。
     そうか、この子達は戦っていたんだ。だから服がぼろぼろだったんだな。
    「あの、ちょっと失礼して君たちの事を見せてもらっていいかな?」
     これも異世界転生者に備わった能力で空中にパネルを開いて彼らのステータスを見せてもらう。それぞれ名前は槇寿郎、杏寿郎、千寿郎というらしい。全員炎属性の魔法スキルを持っていて基本戦闘力が高い。現状の俺よりずっとレベルが高くて三人がかりなら無双だ。でも装備はゼロで回復薬も食料もない。だいたいインベントリがないみたいだ。それに情報が一部隠れていてステータスが見えない部分がある。
    「なんでだろう?」
     バグなのかな。よくわからないけれどそもそも俺もこの世界の事をまだよくわかっていない。
    「槇寿郎君、杏寿郎君、千寿郎君っていうんだね」
     それぞれの名前を呼ぶとこくりとうなづいてくれた。
    「君たちがよかったら俺とパーティを組まないか? そしたらモンスターを倒したあと手に入るアイテムも保存できる。俺は安全な場所を提供できるし食糧や回復薬も共有できる。そのかわり君たちが倒した敵の経験値を俺に分けてもらっちゃう事になるけど……」
     三つ子に訊くと三人は目を見合わせてから笑顔でうなづいてくれた。
    「そうか! じゃあよろしくね、槇寿郎君、杏寿郎君、千寿郎君!」
     三人は嬉しそうだ。良かった。しかしやはりこの子達、言葉はわかっているようだ。
     
     森から戻るまでの間、俺も参加するけれどモンスターに出会う度に三つ子はあっというまに連携して敵を倒してくれた。
     街に戻ってからこの子達の事を知っているかあちこちで訊いてみたが誰も情報を持っていなかった。
     ギルドに登録を済ませ、倒した獲物の素材や落とした宝物を売ると金銭的にも困らない状態になっている。
     そのお金で宿屋に泊まり買い物もしてしっかり三つ子達の装備を整えた。お風呂に入って新品のお揃いの服を着るとみんななんだか高貴な感じがする。もしかして攫われてきたいいところのお坊ちゃんとかなんだろうか。
     相変わらず言葉は話さないが質問するとうなづいたり首を振ったりと返事はちゃんとしてくれる。やっぱり普通の小さい子じゃない感じだけど三人ともとてもいい子だ。
     
     
     それからしばらくはギルドに入っていた討伐依頼をこなしては収入を得て宿屋で過ごす日々が続いた。
     パーティレベルもどんどん上がっていって申し訳ないくらいだけれど保護者がいないと子供だけではギルド登録も出来ないし、みんな懐いてくれているしごはんもいつも美味しそうに食べてくれている。三人はもうすっかり元気そうだ。
     そして三つ子達は少しずつカタコトで言葉も出るようになってきた。俺の名前も舌足らずだけどたんじろ、と呼んでくれる。
     そしてずっと一緒にいると三人の個性もわかってくる。
     三つ子のうち髪を全部下ろしている槇寿郎君はちょっとぶっきらぼうで基本怒っているみたいに振る舞う。戦闘では一番に先陣を切る攻撃型アタッカーだ。照れ屋さんだけど根はいい子。いわゆるツンデレタイプ。
     髪をハーフアップにしている杏寿郎君は千寿郎君をいつも気遣い助けている。朗らかでいつも笑顔。攻撃型アタッカーだけど槇寿郎君には一歩譲るので次男なのかなと思っている。状況をよく見ていて黙って必要な事をする知的で優しい子だ。笑顔でご飯を一番よく食べる。
     後ろでひとつに髪を縛っている子は千寿郎君。大人しくてちょっと控えめ。一人だけ下がり眉で微笑む。戦う時はサポートにまわり戦闘力が一人だけ低いかわりに防御魔法を使えて探査能力も高い。器用で穏やかな優等生タイプ。しっかりしているけど上の二人がよく気遣い守っているので、末っ子なのかなあと思っている。
     全員可愛いいい子だ。正体不明だけどこれも何かの縁だからこの子達がもう二度と食べるのに困らないように健やかに育てていくのが俺の責務だと思っている。
     まるで三人の子持ち育メンみたいだけど、ちょっと変わった俺たちのパーティはうまくいっていた。

     
     そんな平和な暮らしが当たり前になっていたある満月の夜のことだった。
    「たんじろ」
     寝ていた俺は名前を呼ばれて目が覚めた。
     この日は森で討伐中で魔法の結界を張って簡易テントで野営していた。夜も遅く槇寿郎君も千寿郎君もすやすや寝ていたが、杏寿郎君だけが目を覚まして俺を呼んだみたいだ。
    「どうしたんだい? 目が覚めちゃった?」
     問いかけるが杏寿郎君は不思議な雰囲気で言った。
    「こっち、きて」
     くいくい俺の袖を引っ張る。なんだか真剣な訴えに俺も黙って従った。残りの二人を残していっても結界内だから大丈夫だろう。
     月夜だから辺りは明るい。杏寿郎君は小さな手で俺の手を引いて森の中をどんどん歩いていく。どこへ行くのかと思ったら不意に森の木々が開けた。目の前に小さな湖がある。
    「みて」
     杏寿郎君は水面を指差す。少し高さがあるこの場所からは俺と杏寿郎君が水面に映っていた。鏡のように凪いだ水面は姿を映し出す。俺はそのままの姿、しかし杏寿郎君は。
    「あれ?」
     映っているのは大人の姿だ。俺と同じくらいの年の金の髪の美しい青年が水面に映っている。髪は肩まで長くて面差しは端正で、すっと立った姿勢は戦士のように鍛えられた身体で隙のない佇まい。綺麗な人だ。
    「えっ、杏寿郎君?」
    「ほんとのおれ」
    「本当の、って」
     驚く俺に杏寿郎君は苦しそうに喉元に手を当てた。出会った時から三人の首元には赤いチョーカーのような帯が巻かれている。飾りなのだろうと思って気にしないでいたけれど眉を寄せて苦しそうだ。
    「ちず」
     小さく息をしながら言われたので慌てて手元のパネルを操作して空中に地図を呼び出す。この世界ではゲームのサブウインドウのように異世界転生者にだけこうしたスキルがいくつか備わっている。
    「ここ、いく」
     杏寿郎君が指差したのは地図の中で右上の遠い場所でまだ黒く覆われている。行った事がない場所は地名が表示されない。俺はまだこの世界に来てそう経っていないので地図の八割くらいは黒いままだ。
    「どうしてここに行きたいんだい?」
     訊いてみたが杏寿郎君は苦しそうに首を振った。水面に映る彼も同様に首を振り、そのまま目を閉じて膝を折ってその場に崩れるように倒れてしまった。
    「杏寿郎君!」
     心配したが息は穏やかで深く眠っているようだ。苦しくなさそうでホッとする。
     俺は小さな身体を抱き上げて野営場所に戻った。
     朝になって本人に確認したが杏寿郎君はこの事を覚えていなかった。朝ごはんを食べながらきょとんと目を丸くして不思議そうに首を振る。
    「昨日の事、覚えてない?」
    「ない」
    「なんだ?」
    「ど、したの?」
     槇寿郎君も千寿郎君もじっと俺を見てくるが何があったか説明していいのか判断に迷う。
    「いや、わからないならいいよ。俺が夢でも見たのかな、あはは〜」
     誤魔化しておいて後から地図の場所について知り合いに訊いてみた。
     村田さんはこの国に来てすぐ出会った城の警護の騎士さんで、アオイさんはいつもギルドの依頼受付や戦利品の買取をしてくれる職員さんだ。森から帰った俺は戦利品アイテムの買取願いついでにこの場所について二人に相談してみた。
    「この辺りは魔物の勢力が強いからかなりレベルが高くないと行けないぜ。まあお前たちなら道中当分は困らないだろうけどしっかりレベル上げしながら進まないとな。行った事はないから情勢は分からないが……」
     地図を見ながら村田さんが教えてくれた。
    「旅に出るなら向かう方向の隣国に私の守護たる蟲の神の神殿があります。シノブ様は知識が豊富な方ですから私の名前を出していただいたら新しい情報を得る事ができるかもしれませんよ」
    「そうなんだ、ありがとう」
     二人に御礼を言って俺はその日のうちに指差された場所に向けて旅立つことにした。三つ子の記憶がない事や水面に映った本物の杏寿郎君が気になるからだ。
     それに元々冒険者は旅をするものだ。インベントリにパンや食材、回復薬をたくさん買い込んで服や装飾品も買える範囲で最上級にして、この国でお世話になった人々に挨拶を済ませた俺たちはまずは隣国を目指して出発した。


     野原や森や山地を越え、村田さんのアドバイス通りしっかりレベル上げしながら進む。岩場で大きめの三つ頭のコカトリスを倒したところで槇寿郎君と杏寿郎君のレベルが一桁上がり二人のステータスが『炎の呼吸の剣士』になった。
     剣士なのか。今までだいたいキックやパンチで敵を倒してきたんだけど。剣、あったかな。
     装備在庫を探すと剣があったので二人に装備してあげるとなんだか嬉しそうだ。強さもぐっと上がった。次の街でもっといい剣を見つけてあげないとな。
     あ、そうだ。
    「千寿郎君はいいの?」
     千寿郎君は剣を手にした二人を嬉しそうに見ていたが、自分の剣は欲しくないのかな。心配して訊いてみたがふるふる首をふる。
    「いいの」
     そうなのか。まあこの子は魔法スキルの方が高い。千寿郎君は二人を指差して目を輝かせて言った。
    「かっこいい! ね!」
    「そうだね!」
     素振りをしたり打ち込み稽古を始めた槇寿郎君と杏寿郎君の二人を眺めながら俺たちはにこにこする。レベルアップした彼等のおかげで俺たちのパーティレベルも一段階上がり、これでこの先の難所を目指すのも安心だ。
    「えんこ!」
    「えんこ!」
    「えっ⁈」
     槇寿郎君と杏寿郎君が剣の打ち合いをしていたかと思うと空中に白くて炎を纏った虎が飛び出した。それぞれ一匹ずつ、合計二匹のでっかい虎が。
    「ななな、何?」
    「しゅごせーじゅう、だ!」
     得意げに槇寿郎君が言った。杏寿郎君も嬉しそうだ。
     虎は無害そうに自分を出した二人に擦り寄って懐いているみたいだ。大丈夫なのかな。
    「しんぱいない! のるといい!」
     杏寿郎君が笑顔で言う。のるって一体?
     まだ頭がはてなマークの俺を置き去りに二人はひらりと虎の背に飛び乗った。いつのまにか千寿郎君は杏寿郎君の前に座っている。
    「はやくこい!」
     槇寿郎君にくい、と合図された。俺は槇寿郎君の後ろに乗れという事らしい。大丈夫なのかな。
     ためらいながらも俺も虎の背に跨るとぐぐぐ、と虎が大きくなった。
    「わあー⁈」
     そしてものすごい速さで二匹の虎は走り出した。空を駆ける勢いだ。
     炎虎のおかげで俺たちはかなりの速さで街道を越え、目指す隣国に着いた。あまり目撃されてはまずい気がしたので城壁の少し手前で虎を降りた。
     ステータスを調べたら炎虎という守護聖獣は炎の剣士に従うものらしい。ランクSの神聖獣だそうだ。
     街中で連れ歩いたら目立つと思ったら炎虎は姿を小さくしたり影に入って隠れていたりできるようだ。
     炎虎達にお願いしてそれぞれ槇寿郎君と杏寿郎君の影に入っていてもらう事にした。何かあれば呼び出し助けてもらう事ができる。
     それにしても神聖獣を呼び出せる程の剣士って。
     あの日、月の下で湖に映った杏寿郎君の姿を思い出す。あの人は確かに強そうだった。凛々しく静謐で美しい月影の人。
     いま小さい杏寿郎君の本当の姿だなんて言ってもぴんとこないけど。
     また彼と話が出来たらいいのに。彼なら失われた記憶や行き先に何があるかをわかっているんだろう。
    「たんじろ!」
     ぼうっとしていたらくいくいと杏寿郎君に裾を引かれた。
    「あっごめんごめん! じゃあ行こうか」
     城砦の中に入るには並んで身分証を見せなければいけないが、俺たちはしっかり冒険者ギルドに所属していて実績もあるので問題なく通過できた。
    「さてと」
     まずは蟲の神、シノブ様の神殿を訪れる。三つ子達を連れて立像の前に詣で、ひざまづく。
     (シノブ様、伺いたい事があります)
     頭を下げ心の中で呼びかけたら像と重なるように紫の瞳の小柄な美しい女神が半透明の姿で現れた。ギユウさんも美形だったけどこの世界の神様は皆きれいなのかな。
    「あなたが異世界転生者の竈門炭治郎君ですね。アオイからの手紙は読みました。水のギユウからは何も聞いていないですか」
    「は、はい」
    「もう」
     シノブ様は笑顔のままビキッとした。ちょっと怖い。何か怒っているのかな。
    「いいですか。この世界の理で神の争いに他者は介入できません。でも」
     シノブ様は人差し指を立てて説明する。
    「異世界転生者はその理を越えた存在なんです。つまり君の存在は本来手出し出来ない者に影響を及ぼせる。そしてこれ」
     三つ子の首についている輪をシノブ様は指さした。
    「封印です、呪いと言ってもいい。つけられた者はその能力と記憶を封じられていますが貴方が一緒にいる事でだんだんその力が弱められています。
     これから向かう場所は危険な地域です。君はこの子たちの保護者である事が迷惑じゃないんですか?」
     いきなり訊かれて戸惑った。
    「迷惑なんてそんな。この子達はかわいいし助けたいです」
    「加護が大きいのはそれだけの相手に狙われるからです。君は巻き込まれただけで何も助ける義理はないのにいいんですか?」
    「俺はこの子達にめちゃくちゃお世話になってるしこの先何があっても絶対味方です!」
    「……そうですか」
     シノブ様は何か考えているようだ。それから空中に地図を呼び出した。少し離れた右上の一点を指す。
    「わかりました。次目指すのはこの国です。この先はかなり危険な目にあうかもしれませんが私からの贈り物としてあなたたちには毒耐性の加護を与えてあげましょう」
     ふわりと霧のように紫の風が俺と三つ子達を包んだ。花のようなよい香りがする。
    「私からこれ以上は話せませんが次の国に着いたら神殿に詣でた方がいいですよ。充分お気をつけて。
     じゃあ失礼しますね」
     にっこりと見事な作り笑いでシノブ様は消えてしまった。
     かなり危険、か。大丈夫かな。
     杏寿郎君が心配そうに見上げている。その可愛らしい顔を見たらいつでも俺は笑顔になってしまう。
    「大丈夫だよ。行く先を教えてもらったから一休みして出かけよう!」
     三つ子の頭を撫でながら俺は気持ちを引き締めた。俺たちは強いから危険な事があったって平気だ。それに俺と一緒にいる事でこの子達の呪いだか封印だかが弱まっていくなら一緒にいていいんだと改めて思えた。
     どんな記憶かわからないけれど早く呪いなんか解けて、この子達が元いた場所に戻れたらいいんだけど。


     宿屋に泊まってしっかり休んだ翌日、ひとけがない早朝に出発してしばらくは街道を炎虎の背に乗って進んだ。やがて街道が二つに分かれている地点に来た。右を行けば険しい山と谷を越え瘴気に満ちた樹海を越える近道ルート。左は比較的安全な整備された道を行く遠回りのルート。
     子連れだから安全な遠回りを選ぶべきか、でも行きたいと示された場所になるべく早く行ってあげるべきか悩む。行けない事はなさそうだが。
    「うーん」
    「たんじろ、どうした」
     悩んでいたら声をかけられたのでそのまま三つ子に相談してみた。目的の場所に何があるかはわからないけれど、危険な近道と安全なまわり道どちらがいいか。
     すると答えは予想通りだ。
    「ちかみち!」
    「だいじょうぶだ!」
    「しんぱいない、です!」
    「うーんやっぱり?」
     かわいい顔をして怖いもの知らずな三つ子なのだ。確かに強いんだけど。
    「わかったよ。じゃあ充分気をつけて近道を行こうか」
     進んでみれば炎虎たちは瘴気によって少しずつながらダメージを受けるゾーンだったので、それぞれの主人の影に入ってもらうことになった。俺たちはシノブさんの毒耐性の加護のおかげで平気なので歩いて進む。
     薄暗い森は木々が生い茂り足場も悪い。槇寿郎君と杏寿郎君が剣を構えて先頭を行き、真ん中に千寿郎君、しんがりは俺のフォーメーションで進んでいく。
     しばらく進んだ森の最深部で槇寿郎君と杏寿郎君が身構えたと思ったら次の瞬間、巨大な蜘蛛が斬り伏せられていた。剣士にレベルアップした二人の実力がすごい。太刀筋に炎の残像が走り美しかった。
     後ろからも蜘蛛が襲ってきた。地面から跳ね上がるように襲ってくる複数の蜘蛛を千寿郎君が炎系の防御壁を張りひといきに焼き払ってくれる。俺も気を引き締めてしっかり戦わないと。思っていたより魔物のレベルが高い。
    「たんじろ!」
     杏寿郎君から声がかかって見上げると頭上から人型胴体で頭は蜘蛛の蜘蛛男みたいなやつが襲いかかってきた。速い。危険度SSクラスだ。これはやばい。
     水魔法『水車』をぶつけるがあまり効かない。マッチョな図体の蜘蛛男は素早い上に怪力でそのまま掴みかかってきた。千寿郎君が背後にいる。守らなきゃ、と手を広げた。グイと身体を持ち上げられ凄い力で締め上げられた。
    「たんじろ!」
     視界の端で槇寿郎君と杏寿郎君が剣に炎を纏わせて斬りかかってくるのが見えた。『不知火‼︎』と技がダブルで入って炎がごうと渦巻く。
     これは効いたようで蜘蛛男は苦悶しながら俺を握っていた手を振り上げ、数本よろめくと苦し紛れに俺を放り投げた。うわあ。
     目をつぶって身を守ったが身体がばきばきと周囲の木々の枝に当たり周りが見えなくなる。痛いけど皆には俺に構わず敵を倒すのに集中してほしい。
     そう願いながら落下していく。激しい痛みの後で意識が遠のいた。
     くそ、不甲斐ない。あの子達を守らなきゃならないのに。これじゃ足手纏いだ。
     もっと俺も、強くならなくちゃ……。

     
    「たんじろ!」
    「たんじろ!」
     何度も呼びかけられていたのかもしれない。意識が戻って俺が目を開けると三つ子が横たわる俺を取り囲んで泣きそうになって見下ろしていた。真上には空が見える。
    「あれ、あいつは……」
    「たおした!」
     杏寿郎君が言って俺の胸の上にのしかかる。なんでそんなに必死そうなんだろう。そしてなんだか寒い。
    「たんじろ、いんべんとりを開けてくすりをだして!」
    「あ、うん……」
     そうだな、俺にしかそれはできない。くすりって回復薬かな。寝たまま手を上げて空間を開きなんとか取り出す。
     杏寿郎君がひったくるように受け取って蓋をあけ俺に使ってくれた。
    「もっと!」
    「うん……」
     ぼうっとしながら言われるまま出す端から使われて、そのおかげでだいぶ意識がはっきりしてきた。
    「あれ?」
     ようやく半身起き上がると俺の服は血塗れでだいぶダメージを受けていたみたいだ。見上げれば崖下にいる。ぶん投げられた時きっと下に落ちたのだ。
    「わーん!」
     周りで三つ子達が泣いている。
    「よかった! たんじろ!」
    「このばかもの!」
     千寿郎君は大泣きして槇寿郎君は怒りながら涙を拭った。杏寿郎君は黙って青ざめている。
    「ごめんね、ありがとう」
     杏寿郎君は大きな金の瞳に涙を溜めて固まっていた。ずいぶん心配をかけてしまったみたいだ。頭に手を伸ばしてよしよししようとしたら俺の手をぎゅっと握って抱きしめ、震えながら無言で涙をこぼした。
     杏寿郎君はもしかして少し記憶が戻っているのかな。まるで大人みたいに声を出さずに気持ちを抱え込む。
     目的地に行きたいと言ったり近道を選ばせた事で俺が危ない目にあった、その責任を感じているのかもしれない。
    「なくな!」
     槇寿郎君が叱った。たぶん見ていられなかったんだろうけど。
    「こら、槇寿郎君、そんな風に言わないよ。杏寿郎君、ごめんね。俺はもう大丈夫だから」
     俺は三つ子達全員をまとめてぎゅっと抱きしめた。心配かけちゃったな。保護者なのに申し訳ない。
     この雰囲気を変えなくちゃ、と考える。俺は努めて明るく声を出した。
    「さてと、皆も疲れただろうから今日はもう旅はやめてこのまま結界を張っておやすみにしようか。
     ごはんは、そうだなあ、パンケーキでも作ってみる?」
    「ぱん、けーき?」
    「そう、美味しいよ! この間ジャイアントビーを倒した時の蜜があるからそれを使ってね」
     まずは自分の血まみれの服を着替えて、俺はエプロンを身につけた。三つ子にもそれぞれエプロンをかけてやってインベントリから調理器具を出し、卵を割り材料を混ぜてフライパンで生地を焼く。
     三つ子達が興味深そうに見ていたので手伝いを頼むと引き受けてくれた。千寿郎くんに生クリームを泡立ててもらい、残る二人には苺を切ってもらう。その間に俺はパンケーキをどんどん焼く。
     最後はタワーみたいに積み上げててっぺんに巣蜜を載せ、生クリームと苺で飾りつけていただきますをした。
    「美味しい!」
    「うまい!」
    「ふん、わるくない」
     初めてのパンケーキに三つ子達はようやく笑顔になってくれた。
     それから俺たちはその場所にテントを張り一晩休んだ。その後は問題なく森を出て、今後は炎虎達に頼らず俺自身も意識的にレベル上げを心がけながら進む事にした。


     森を抜けるとシノブ様が地図で指したあたりにだいぶ近づく事ができた。街道から遠くに海が見えて三つ子のテンションが上がる。
     次の国は海沿いの港町だ。もし海路で内湾をショートカットできればさらに目的地に近づく。それが可能かどうか調べてみなくては。
     とりあえず新しい国に着いたので最初にシノブ様のアドバイス通り神殿に詣でてみた。
     長い髪を三つ編みにした女神様と小柄で肩で髪を切り揃えた男神様の像がペアで並んでいる。対で並んでいるなんて珍しいな。
     膝まづき手順通りに祈りを捧げると頭上から若い女性の声が降ってきた。
    「キャー! あなたが炭治郎君ね、可愛いわ!」
     顔を上げるとピンクの髪の可愛らしい女神様と並んで左右で瞳の色が違う黒髪の神様がこちらを睨んでいる。よく見たら首に白蛇が巻きついているので驚いた。
    「きゃー‼︎ みんななんてかわいいの⁈ ときめきが止まらないわどうしましょう〜!」
    「ミツリ、気持ちはわかるがここは堪えて役職を果たすべきだな」
    「はっ、そうねあなた! ごめんなさい私ったら!」
     どうやら二人は夫婦らしい。二人の世界に入っているようだが急にぎろりと男神の方がこちらを見て話しかけてきた。
    「異世界人、話は聞いている。頼りないが今はお前に任せざるを得ない状況だ。加護をやるからせいぜい活かすがいい」
     なんだか怖いけど加護は下さるらしい。
    「俺からは金運が付与される。これで装備を整え船に乗れ。それからお前は弱い。圧倒的に武の力が足りていない。船が着いたら必ず修行場に詣でるように」
     うっ、その通りです。ぐうの音も出ないでいると見る間に所持金がちゃりちゃりーんと爆上がりした。これが金運なのか。すごいダイレクトだな。
    「あのあの、私はねごめんなさい〜恋愛運をあげるしかできないの。炭治郎君、好きな人はいる?」
     えっ。そんな急に予想外の事を言われても。
     しかし好きな人と言われて脳裏を過ぎったのはあの月夜、湖に映った杏寿郎君の本当の姿だというきれいな人の事だった。
     え、いやそんなまさか。だってあれは杏寿郎君なのに。
    「ふふっ、大丈夫よ! 初めは戸惑っても恋は大事なパワーの源なんだから。その気持ち、大事にしてね」
     ぽわん、とピンクのハートが俺の胸に飛んできて消えた。
     そんな、いいのかな。
     ちらりと杏寿郎君を見たがきょとんとしている。いやいや、ないよな。小さい杏寿郎君にそんな気持ちにはならない。首を振りながらでもあの人にまた会いたいと思った事を思い出す。
     今はまだ考えられないけど全てが終わってあの姿のあの人と会えたなら。あの人はどんなふうに話すんだろう。話をしてみたい。それは本当だ。
     恋ってこんな憧れみたいな淡い気持ちでもいいのかな。
     ほわんとしていたら白蛇が男神に何かささやいた。
    「ふむ。お前、剣を買う時は三振り買え」
    「え」
     千寿郎君の分かな。
    「お前の分だ。炎属性でいい。船の出航は一時間後だ。ぐずぐずしていないで速やかに行動しろ」
    「は、はいっ!」
     ええーっ、そりゃ強くならなきゃとは思ったけど。でもそんなことを言っている猶予は与えられていないらしい。
    「頑張ってね〜!」
     女神ミツリ様が手を振ってくれるのを背中に俺たちは神殿を後にした。武器屋と船の出航手続きをする場所を探さないと。
     幸い店はすぐ見つかり言われた通りに所持金を注ぎ込んで炎属性の剣を三振り購入した。槇寿郎君と杏寿郎君に装備すると攻撃力が上がって二人も嬉しそうだったが、俺のステータスはまだ水の魔法使いなんだけどな。
     回復薬や食材、衣類など慌てて買い込みギリギリで乗船した。
     船は一昼夜かかって湾の対岸に到着予定。船内で宿屋のように一泊できるようで安心した。少しゆっくりできる。
     珍しそうにきょろきょろする三つ子達と乗船して一番いい個室に落ち着いた。船はけっこう大きく他の乗客や荷物をたくさん積んでいる。
     波は高くなく航海に問題なさそうだ。ずっと続く揺れにはちょっと慣れないけれど三つ子達も船酔いはないようだ。安心して二組の二段ベッドがある船室で眠りについた。


    「ちゅう!」
     はっ! と目が覚めた。なんだか今、耳元で鳴き声が。
    「ちゅう!」
    「えっ?」
     がばりと起き上がる。
    「あ痛っ!」
     がん、と天井に頭をぶつけた。えっとここは船の中で二段ベッドの下の段だ。いてて。
     改めて見るとベッドの上にねずみがいた。しかも何か変なねずみだ。二足歩行してボディがムキムキしている。下に格闘服みたいなのを着てるし。
    「ちゅう!」
     ねずみは鳴いてちょろっと船室のドアの前に移動して俺を振り返る。こっちへ来いと言っているみたいだ。
     三つ子達はみんなすやすや寝ている。仕方なく俺はそっとベッドを抜け出してねずみのところに行きドアを開けた。ねずみは駆けていき、今度は船の廊下、甲板に出る梯子の前に立ち止まる。来いと言っているんだろう。
     導かれながら甲板に出た。周りはすっかり夜で広々とした海に月が輝いている。ねずみはさらに船首に向けて走っていき、ついて行くと船首には何か神様の像があった。
    「ちゅう!」
     こうするんだ、と言うようにねずみが跪き頭を下げるので合点がいった。協力してくれる神様を呼び出すのだ。
     いつものように頭を下げ祈るとすう、と半透明な神様が現れた。実体化すると今度の神様はとても背が高い。そしてこの人もすごく顔がいい。派手なメイクも似合っている。
    「よくやった! 俺は祭の神テンゲンだ!」
     腕組みして宣言された。俺がへえ、お祭りの神様なんだ、と感心していたら、
    「いや本当は音の神なんだけどな。そこはツッコめよ」
     そんな事言われたって。神様は変な人が多いな。
    「まあじっさい俺達には面倒くせぇ決まり事が色々あんのよ。ちなみに褒めたのはお前にじゃなくて俺の使いムキムキねずみの仕事ぶりにだから勘違いするなよ」
    「はあ」
     ムキムキねずみは得意そうにムン、と胸を張ってからどこかに行った。
    「ところでお前、その耳から下がってる飾りだけど」
     えっ。いきなり言われてびっくりする。確かに俺は花札みたいなデザインの耳飾りをつけている。
    「こっちの世界に昔、伝説級のスーパーレア剣士ヨリイチ様ってのがいて、ぶっちゃけお前、関係者じゃねぇの? って話なんだけどよ」
    「えっとこれは先祖代々のお守り、とだけ聞いてますけどヨリなんとかさんなんて知りません」
    「まじか」
    「父さんから先祖代々受け継ぐ神楽の舞を習って、合格した時に代替わりでもらったんです。父さんは元気だけど来年から頼むな、って感じで」
     パチン、とテンゲン様は指を鳴らした。
    「神楽か! ソレっぽいな。じゃーお前でいいんじゃねえの。後は陸地に着いたら地獄の修行が待ってるから頑張れよ」
     明るく酷い事を言われてそのまま消えかけられた。
    「えっテンゲン様からのご加護は何もないんですか?」
     素直に思ったことを訊いたら消えずに戻ってきてふむ、と考えられた。単に忘れられていたのかな。
    「んじゃあお前には俺の特製花火玉をやろう! ここぞって時に使えよ」
     何か黒い丸い球が入った筒状の入れ物をもらった。レアアイテムって事かな。
    「本当は俺様からの加護は情報だ。俺達を束ねる大神カガヤ様はけっこうお前に賭けてる。ただ神々のルールでお前が自主的に動かないと助力は出来ねぇ決まりなんだ」
    「はあ……」
    「ンな訳で意外と見守られてっからせいぜいがんばれよな! じゃあな!」
     テンゲン様は俺の背中を力強く叩くと今度こそ消えた。
     大神カガヤ様。地獄の修行。神楽。何の事やら。
     謎は深まるばかりだけど考えても仕方ないので俺は部屋に帰って寝る事にした。結局俺が強くならなきゃという事に変わりはないみたいなので問題はない。多分。


     翌日船は無事に対岸の街に着いた。これまで学習した通りちょっと怖い気もするけどすぐに神殿に詣でる事にする。
     頭を下げて祈るとすうと現れたのは白い髪、今までになくかなりコワモテの強そうな男神だった。
    「……テメェか、竈門炭治郎って奴はァ」
     ぎろりと見つめられる。怖い。
    「チビ共と一緒についてきなァ」
     そう言われて背を向けられ、すたすた行ってしまうので慌てて後をついて行った。
    「入れェ」
     神殿の奥の鉄の扉の前で、顎で示された。中は暗くて広い。洞窟の入り口みたいな岩肌が見えて奧が見えない。
    「ここは?」
    「ダンジョンだァ。ん? ……あぁそういやまだテメェは水属性の魔法使いかよ。ち、剣出せェ」
     言われたまま剣を取り出した。三つ子が見守る中、装備してみる。
     すると前振りなくいきなり切り掛かってこられた。
    「わあっ」
     がし、と咄嗟に剣で受けた。にやり、と迫力ある笑みで笑われる。
    「ふん、チビ共もかかって来いやァ」
     背中越しに声をかけられて三つ子達も顔を見合わせてからうなづいた。新しい剣で初めての炎のダブル攻撃はこの怖い人になんなく受けられかわされた。この人、すごく強い。
     そのまま二撃、三撃。三つ子の隙をついて俺も切り掛かってみたがまるで歯が立たない。やがてふいと動きを止めて、
    「てめぇのステータス見てみろォ」
     そう言われて自分のステータスを見ると日の新米剣士になっていた。炎じゃなくて日ってなんだろう。
    「いいかお前らァ。このダンジョン内じゃ外界との時間経過が違う。時間かかっても心配すんなァ。さらにここじゃ経験値レベルアップ率5倍だァ。最下層まで行って戻って来たら俺がもっかい相手してやらぁ」
     そして扉を閉めようとされるので慌てて訊いた。
    「あのっあなたのお名前は⁈」
     ああ、といったふうに立ち止まるとその神様は肩をすくめた。
    「生きて戻れたら教えてやらァ」
     そのまま無情に扉は閉まってしまった。
     
     
     テンゲン様が言っていた通りダンジョン修行はなかなかに地獄だった。けれども槇寿郎君と杏寿郎君が二人掛かりでどこを直すか手本を見せて丁寧に教えてくれるのでありがたかった。最初は弱めの魔物から、下層に行くほどだんだんレベルアップしていくダンジョンの作りはまさに修行場なのだろう。
     両手はぼろぼろになったけれど回復薬を使ったりテントで料理をしたり、俺達は基本的には今までみたいに過ごしながら確実にレベルアップしていった。
     旅は終わりに近づいている気がして、三つ子とこうして家族みたいに一緒にごはんを作って食べたりするのもいつまでできるのかな、なんて俺は密かに考えたりした。口に出しては言わないけど。
     時々杏寿郎君から物言いたげな視線を感じる事もあった。申し訳なく思っているならそんなのはいいのに、と思うけど何も言われはしない。首の封印のため言えないのか、それとも言わない選択をしているのかはわからない。
     ともあれ俺達は時間はかかったが最下層まで行って帰ってくるというミッションを終えてあの白髪の神様と別れたダンジョンの入り口まで辿り着いた。
    「来たかァ」
     どうやって呼ぼうかという懸念は不用で、ちゃんと向こうから来てくれた。すう、と剣の切先が上がる。
     言葉ではなく打ち合いで成果を見てくれると言うのだろう。
     俺は構えた。
     テンゲン様からの言葉を参考に元々覚えていた神楽の型に槇寿郎君と杏寿郎君から教わった炎の型を落とし込んで自分がやり易いように工夫した。伝説の剣士なんて知らないけど俺が元から持っているものなんて少ない。あとはもうめちゃめちゃ努力した。それでも短期間での付け焼き刃でこの神様に敵わないのはわかっている。
     でもせめて今できる最上を。俺自身が望まなければ強くはなれないんだから。
     落ち着いて基本の呼吸を忘れないようにしながらフラットな状態で繰り出される技を受ける。試すように切先のスピードが増した。でも槇寿郎君と杏寿郎君のおかげで対応できる。まだまだ。もう少し。剣が炎を帯びる。最近ようやく神楽の型を技に昇華できるようになった。ひたすら集中して呼吸を切らさないように。
     粘ったが最終的には鋭い金属音がして俺の剣は手から離れて飛ばされてしまった。
    「ふん」
     不合格かと思ったが白髪の神様は自分の刀を納めた。
    「次、行っていいぜェ」
     ダンジョンの扉が開いた。
    「俺は風神のサネミだァ。次は海岸沿いを進んで行け。気ィつけてけよ、次はもう……そろそろ始まるからなァ」
     そして背中を見せたまま居なくなってしまった。
     呆然としていたら杏寿郎君が俺の手に触れてきて、目が合うとにっこり笑ってくれた。
     おめでとうとか頑張ったな、って言ってくれているみたいに。
     俺はちょっと涙目になってしまう。
     槇寿郎君と千寿郎君もそばに来てくれた。温かな手が繋がる。
    「みんな、ありがとう」
     俺の剣の師匠は槇寿郎君と杏寿郎君で、だから改めて御礼を伝えた。鍛えてくれて、心配してくれてありがとう。
     これでやっと先に進める。そして次はもう始まるという。
     何が始まるのかは聞き取れなかったけれど。
     改めて気を引きしめて俺達は神殿を出た。


     港の街で俺達はしばし休息を取り、買い物を済ませてからサネミ様が言っていた通り海岸沿いを進んで行った。
     久しぶりに炎虎達も影から出して背には乗らず並んで歩いた。
     ここまで来たら杏寿郎君が地図で指した場所はだいぶ近い。魔物の勢力が強いと村田さんが言っていた圏内になるから用心して進む。
     朝から曇りで天気が悪くなりそうだったけれど午後になって海から霧が出てきて、どんどん周りが見えづらくなってきた。
    「みんな、俺から離れないよう気をつけて」
     声をかけて三つ子達を確認した、つもりだった。
     けれどさらに急に霧が濃くなってきて、隣に一人、二人。あれ。
    「槇寿郎君!」
     槇寿郎君の姿がない。慌てて今隣にいる杏寿郎君と千寿郎君の手を繋ごうとしたら、霧の中から声がした。聞き慣れない凛々しいよく通る大人の声。
    「炎虎! 父上を探してくれ」
     えっ、父上?
    「君は、誰?」
     もやもやとした霧が一瞬薄まり、すう、と晴れたらそこには背が高い金色の長い髪の青年が隣にいた。ついさっきまで杏寿郎君がいた側の隣に。
     この人はあの月夜で見た水面の人だ。
    「杏寿郎……君?」
    「たんじろう」
     ぼわぼわと霧が流れる。霞のように姿がぼやける。またすぐに彼の姿が見えなくなる。
    「みさきの先に霞の……神殿がある」
    「ま、待って」
    「おれは父上を……探すから千……寿ろをたの……む」
    「杏寿郎君⁈」
     ざん、ざんと波の音がずっと聞こえていてその声を掻き消す。
     霧でぼやけてその人影は、あのいつか見たすらりとした水面に映った姿の杏寿郎君は、またすう、と霧の中に消えてしまった。
     慌てて千寿郎君がいた方の人影を今度こそ見失わないように探して手を繋いだ。
     そのシルエットは覚えているより背が高い。少なくとも五歳児のサイズじゃない。
    「千寿郎君⁈ もしかしてみんな封印が解けてるのか⁈」
    「兄上が」
     その声もいつもの三つ子の千寿郎君の声じゃなかった。中学生くらいの若い男の子の声と姿。
    「兄上が父上を探しに行ってしまいました」
    「君は千寿郎君なの?」
    「そうです」
     霧が少し薄くなって姿が見えた。千寿郎君は一人だけ髪を後ろで一つに結えていた子に間違いないけれど、今は十代半ばくらいの少年だ。顔に面影がある。
    「確かに……千寿郎君だね」
    「炭治郎さん」
    「っていうか、三つ子じゃなかったんだね」
     何からどう手を付けていいかわからず、とりあえずそんな事を言って力無く笑った。
    「俺達はよく似ているので年齢がみんな同じくらいでしたらそう思われても仕方ないです。それにさっきまで俺達にも記憶がありませんでしたし」
     フォローしてくれる千寿郎君は相変わらず優しい。けれど。
    「何がきっかけで戻ったんだろう? 記憶も姿も」
    「炭治郎さんのおかげでだんだん首の帯状のものが薄くなってはきていたんですが、多分この霧が魔法の霧だから」
    「魔法の霧」
    「父上と取引した魔物が近くにいるのかもしれません」
    「えっそれはまずいんじゃない⁈」
    「だから兄上は探しに行ったんです」
    「そんな……でも」
     もはや杏寿郎君までも見失って久しい。日も暮れかけさらに薄暗くなっていて見つけるのは用意ではない。
    「いや、待ておちつけ炭治郎」
     自分に言い聞かせてすーはー、と息をつく。
    「よし。まずは杏寿郎君が言ってた岬の先の神殿を目指そう!」
     杏寿郎君が言うんだから必要な事のはずだ。それにいなくなった二人には炎虎がついている。探して合流しているかもしれない。
     岬は海をずっと行けば着くはずだ。
    「はい!」
     霧もだいぶ薄くなってきた。俺と千寿郎君は岬を目指して早足で歩き始めた。


     杏寿郎君が言う通り、確かに岬の先には神殿があった。急いで駆け込み頭を下げて祈る。たしかこう言っていた。
    「霞の神様……!」
    「やっと来た。君たちの事は見てたよ」
     すうと現れたのは髪が長い少年だ。今まで会った神様の中で一番若い。俺より年下で千寿郎君ともあまり変わらないくらいではないだろうか。
    「あのっ」
    「いいよ、説明は。見ていたと言ったでしょ」
     優しげな容姿なのにかなり手厳しい口調の神様だ。でもそれどころではなくて、俺は槇寿郎君と杏寿郎君が心配だった。見ていてくれたなら話は早い、のか?
    「僕は霞の神、ムイチロウ。霞に消えたものは追う事ができる」
     気付けば神殿の中に白く霧が漂い始めている。
     追う事ができる、だって?
    「行くよ、僕に同調していてね」
     視界に霞がかかり自分と他人の境界がわからなくなってくる。
    「追いたい人を思い浮かべて」
    「杏寿郎君……!」
     霞の中カメラが動いていくように、身体はここにあるはずなのに視界だけが探している。探している。金色の髪を。
     ああ、いた。横に大きな炎虎を従えて、まっすぐに背を伸ばして。大人の姿で厳しい目付きだ。
     彼の視界の先には槇寿郎君がいるのだろうか。
    「行くよ。見失わないで」
    「えっ」
     霞の中のムイチロウ様に身を寄せるように同調していると、俺と千寿郎君の身体も霞に溶けるように消えてぬるりと空間を移動した。
     気付けばそこはもう、杏寿郎君の横だ。
    「杏寿郎君!」
    「炭治郎、千寿郎」
     驚いている大人の姿の杏寿郎君はおそらく俺と同年代だ。太い眉やくっきりした瞳に子供の姿の面影があるが落ち着きある大人びた雰囲気は前の姿にはなかったものだ。
     なんだか緊張してしまう。向こうには突然現れたように見えているのだろう。
    「君に言われた通り霞の神様に助けてもらって来たよ。槇寿郎君は?」
    「父上は母上の元に行ってしまった」
     杏寿郎君は静かに言った。
    「記憶を取り戻したらこうなる事はわかっていた。この呪いは母上を取り返さなくては終わりにならない」
    「ごめん、話し中だけど俺はもう無理」
     霞の神様ムイチロウ様がそう言ってすう、と消えていった。
    「じゃあ、あとは頑張って」
    「あっありがとうございました!」
     運んでもらえただけで感謝しかない。
    「今更だけど」
     改めて杏寿郎君に向かって言う。
    「槇寿郎君はお父さんだったんだね」
    「そうだ。父上はもと炎の神だ」
    「えっ、そうなの⁈」
    「だから皆、協力してくれた」
     杏寿郎君は微笑む。
    「強い神だが父上は母上の事になると途端に弱くなってしまう。ある日母上は異界の邪悪な神に攫われた。父上は母上に手を出さないとの約束の代わりに自らの神の力を封じ、同じく俺達二人の息子の力も封じられて逆らわず恭順する事を誓わされた。
     しかし邪神は約束を守らなかった。正確に言えば手は出さなかったが返してもくれなかった。一度成された誓いは覆す事は出来ない。神がした約束だから他者は介入できない」
     杏寿郎君はそこで少し口をつぐんだ。
    「炭治郎には申し訳ない事をした。異世界転生した存在はこの世界の理から外れるから、力を貸すのは我々にではなく君にだからと理由をつけてカガヤ様や仲間達がなんとか力を貸してくれた。
     それはありがたい事だが本来違う世界の存在の君にはこんな危険を伴う事に関わる理由は……」
    「俺は! 楽しかったし君たち全員が大事だから迷惑になんてひとつも思ってない!」
     俺はまっすぐ杏寿郎君の目を見て否定する。ずっとずっとそう思ってきたのだ。
    「小さくても大きくても俺は槇寿郎君の事も杏寿郎君の事も千寿郎君の事も大事だよ。それに話を聞いたら槇寿郎君は全然悪くないじゃないか!」
     杏寿郎君は表紙を変えず黙って聞いている。
     届いてほしい、俺の気持ち。
    「だから! 一緒に! ……君たちのお母さんを取り返しに行こう」
    「炭治郎」
    「俺も家族に入れてほしい」
     杏寿郎君の目に揺らぐ感情が僅かに見えた気がした。でも感情をあまり出さない人みたいだからよくはわからない。
    「兄上、一緒に行きましょう」
     千寿郎君もそう言ってくれた。
    「それに俺が行くなら神々ルールのコトワリの他だから誰にも文句は言われないんだよね? なら槇寿郎君より先に行かないと!」
     そう言ってにっこり笑ってやるとようやく杏寿郎君の硬い表情が少し和らいだ。
    「君にはかなわないな」
    「なにしろ俺は君たち全員の保護者だからね! さあ、早くツンデレの長男を助けに行ってやらないと」
    「ふっ」
     杏寿郎君が笑った。ああやっぱり彼には笑っていてほしいな。笑顔がとてもいい。
     ほわんと色付く恋心。
     いやでもその前にやるべき事がある。
    「ところで君のお母さんはどこにいるの?」
     杏寿郎君は上を向き指をさした。
    「空中楼閣、という所らしい」
    「どうやって行くんだい?」
     すると傍にいた炎虎がむくむくと大きくなった。巨大虎だ。大人三人乗っても大丈夫ぐらいの大きさだ。
    「炎虎が乗れと言っている。行こう!」

     
     白い虎が虚空を駆け上る。辺りは夜になっていた。その背に俺と杏寿郎君と千寿郎君を乗せて何もない空間を踏み締めながら夜空を登っていく。
    「母上はおそらく眠らされている。気づいてくれれば良いのだが」
    「あ、俺ちょうどいいものを持ってるよ」
    「?」
     俺は懐からレアアイテム、テンゲン様からもらった花火を出した。
    「先にこれを打ち上げたら槇寿郎君にも気付いてもらえるし、もしかしたらお母さんも何事かしら、ってなって居場所がわかったりしないかな⁈」
    「うん、試すか」
    「俺が魔法で着火します!」
     はいっ、と千寿郎君が手を挙げたので任せる事にした。俺と杏寿郎君が二人で抱えた鉄の筒から伸びた着火縄にばちばちと点火ししばらく待つと勢い良く爆発音とともに何かが発射された。
     夜空に盛大に花火が上がる。
     さすが祭りの神の花火だけあって派手派手だった。炎虎は花火を背景にして夜空を駆け上がり、明るく照らされた夜空にもう一匹の仲間の炎虎を見つけてくれた。
    「父上!」
    「父上!」
    「槇寿郎君ー!」
    「なっ、なんだお前たち!」
     おお、なんだか槇寿郎君は渋いおじさんになっている。でもちゃんと小さい槇寿郎君の面影はある。見るからにツンデレでかわいいとこあるんだよな。
    「危ないからお前たちは帰れと言っている! 来るな! それから炭治郎! お前は関係ないだろうがっ!」
    「関係なくないよ。俺は槇寿郎君の保護者だからね! それに逆に前の約束に関係ないから何でもできるって聞いたし、せっかく地獄の剣の特訓もしたんだから帰ったりは絶対しないから!」
     俺が頑固なのはもう君たちはよく知ってるだろう。心配して言ってくれているのはわかっている。
    「あ! あそこです!」
     千寿郎君は探索能力が一番高い。あれが空中楼閣なのか、夜空に浮かぶ黒い巻貝みたいな建造物を指差した。宇宙船みたいにも見える。
    「母上の意識が感じられました!」
    「ではあの窓から突入しよう」
     杏寿郎君が炎虎に指示を出す。
    「父上!」
     そうだよ君たちはいつも完璧なフォーメーションで最強だった。
    「今日は俺が先陣を切る! 皆、続け!」
     俺はそう叫んで水魔法滝壺で窓をぶち破って艦内の廊下に転がり込んだ。それなら約束を破った事にはならないんだろう。異世界転生人が異界の神を襲撃に来たんだから。
    「こっち、です!」
     千寿郎君が眼を閉じて集中して、お母さんの気配を探知している。炎虎が千寿郎君を守ってくれている。
     艦内に入ってからは基本型は人型だけど角が生えたり獣と合体したような強そうな魔物達がうじゃうじゃ出て来た。天空回廊を俺達は剣を振るいまくって先へ進んだ。子供の姿の頃の比じゃないくらい槇寿郎君と杏寿郎君は強い。神様だけある。俺も負けてはいられない。

    「ここです!」
     左右に炎虎と炎の剣士を従えて、探知に集中しながら進む千寿郎君の指示で俺達は階層を深く進みやがて最後の扉にたどり着いた。
     入った室内には天蓋付きベッドにお姫様みたいに横たわる、長い黒髪の女の人がいる。
    「瑠火さん!」
     槇寿郎君が名前を呼ぶとその人はうっすらと目を開けた。赤い瞳が槇寿郎君を見つめ微笑む。きれいな人だ。
    「槇寿郎さん……」
     よかった、意識があるようだ。神々の約束によって健康は保証されていたのかな。
    「母上!」
    「母上ー!」
     杏寿郎君も千寿郎君も嬉しそうだ。見ている俺ももらい泣きしそうになるけれどそれどころじゃなかった。
    「早く、脱出しなきゃ!」
    「ああ!」
     槇寿郎君は瑠火さんを横抱きに運んで支えるように巨大炎虎に一緒に乗った。
     その間にも異形の魔物はどんどん出てきて俺と杏寿郎君が倒し続ける。キリがない。一刻も早く脱出するしかない。
    「行こう!」
    『待て!』
     響く声に呼び止められた。脳裏に直接訴えてくるような、これが敵の親玉、異形の神か。
    『炎神よ、契約不履行だ、その女の命を貰うぞ』
     槇寿郎君が動きを止めるが俺はそこで前に出た。この時の為に俺がいるのだ。
    「そんなのは関係ない! 俺は俺の家族を守る!」
    『オマエは、何だ』
     戸惑う気配がする。俺は宣言した。
    「俺は異世界人、竈門炭治郎だ! 槇寿郎君も杏寿郎君も千寿郎君もその人も俺の大事な家族だ! 家族に手は出させない!」
     気迫を込めて刀を構える。神楽の形から生まれた俺だけの形だ。たとえ命がけで戦ってでもこの意志は貫く。一歩も引く気はない。
    『…………』
     すぐに攻撃が来るのかと思いきや向こうは揺らいでいる。判断を迷っている、のだろうか。
    「槇寿郎君、早くその人を連れて下に!」
     俺は叫んだ。
    「しかしっ」
     いいんだ。俺は。なんならこの為に俺は異世界からここに来たんだから。
     それより君たちが憂いなく幸せに暮らしてほしいんだ。本気で。
    『……なるほど、デハ新たなコトワリには新たなタタカイでコタエを出すとしよう』
     びゅん、と何かが飛んで来た。反射的に剣で受ける。それは異形の神の直接攻撃らしかった。目の前に姿を現した異形の神は人というより中央から手が触手みたいに何本も生え、まさに異形だ。手のそれぞれが鋭い切先になっているようだ。
     つまりこいつと炎神との契約はもうリセットされた。今この場で新たに戦いルールを決する。
     ならば全力で戦うだけだ。
    「千寿郎は母上の側に! 防御を頼む!」
     杏寿郎君の声が聞こえた。
    「はい!」
     指示により槇寿郎君とお母さんが乗った炎虎に千寿郎君も乗りこむ。異形の神の攻撃の範囲は広く、奥さんを連れた槇寿郎君だけでは防ぎきれない。その分のカバーを千寿郎君が引き受けるという采配なんだろう。
     相変わらず杏寿郎君の指示は的確だ。
    「炭治郎!」
     そして俺はぐいと手を引かれて杏寿郎君が乗った炎虎の背中に同乗する形になった。
     巻貝型の空中回廊から炎虎達は二匹とも外に飛び出す。
     暗闇の空を背景に見た事もない異形の生き物が触手を広げている。
     炎虎により戦いの足場は確保された。空中戦だ。
    「俺が補佐する! 存分に戦え!」
    「わかった!」
     異形の神をここで食い止め、槇寿郎君達を逃がしきる。そしてここで決着を付ける。
     スピードを増す異形の神の攻撃だが杏寿郎君が半分を請け負ってくれる。これほど心強い事はない。
     俺は神楽の型から槇寿郎君や杏寿郎君に教わりながら身につけていった日の神の技を一つ一つ打ち込んでいった。効いている。精度を上げる程に効果があるように見える。
     杏寿郎君も冷静に俺を補佐しながら敵に攻撃を入れていた。時折もう一匹の炎虎が夜空を駆け抜ける。視界の端で槇寿郎君も戦っているのが見える。
     戦いは長く続いた。
     やがて夜の闇の端が朝日で明るくなり始める頃、明らかに敵が弱体化してきたのを感じた。
     あと少し!
     攻撃の手を緩めず加速していく俺達に敵は押されている。
    『ヌ……』
     あれ、なんだろう。
     向こうの攻撃の勢いは急に弱まり逃げる気配になってきた。もしかして異形の神は太陽に弱いのか?
    「待て!」
     すると空間に裂け目が出来て異形の神が身を隠そうとする。
     逃すか!
     一瞬で判断しそこを目掛けて俺は魔力を込めて剣を投擲した。
    『ギャアアア!』
     叫び声が上がった。手応えはあったが奴は時空の裂け目に入ってしまった。
     完全に止めを刺せたのかはわからないが、気づいたら空中回廊は消えていた。
     俺達は白々と明るくなりゆく空の上にいた。
     下方には広々と海が広がり、少し離れた空中には槇寿郎君達を乗せた炎虎が見える。
    「終わった……のかな」
     呆然としながら隣にいる杏寿郎に問いかける。
    「そう、だな……」
     杏寿郎君もまだぼうっとしているようだ。
     しかし敵はもういない。俺達は全員無事。向こうにいる槇寿郎君も千寿郎君もお母さんもどうやら無事みたいだ。
     空はゆっくり朝焼けに染まりつつある。
     この光景はきれいだ。そして安心したらめちゃくちゃ疲れているのに気づいた。
     するとぐう、とすぐ側にいる杏寿郎君のお腹が鳴った。
     びっくりしていると恥ずかしそうに顔を赤くしている。
    「あははっ!」
     俺は笑った。出会ったすぐの時みたいだ。そして成長した杏寿郎君が恥ずかしそうにしているのって、なんだかめちゃくちゃかわいらしくて困ってしまう。
    「終わったんだよね、杏寿郎君。さあ、帰ってご飯を食べよう!」
     水平線の端がどんどん明るくなる。
     この美しい朝焼けの中で杏寿郎君は恥ずかしそうにしながら笑顔を見せてくれた。
    「うん」
     小さなその返事が、俺にはとても愛おしく聞こえた。

     
     さて、怒涛の一夜を駆け抜けて俺達は地上に帰ってきた。
     海岸に降りたつ炎虎から降りて、地上に戻った俺達はまずは一番近い霞の神様ムイチロウ様に報告に行く事にした。
     神殿に着くとムイチロウ様からカガヤ様に報告を上げてくれていたらしい。
    「やあ、おかえり」
     なんとカガヤ様ご本人が神殿にいて出迎えてくれたので俺達はびっくりした。
     髪を肩で切り揃えたたいへん美しい男の方で、初対面でも抱擁力とカリスマ性がすごいのが瞬時にわかる。
     カガヤ様は神々をまとめる大神様なのにこんなにフットワークが軽くていいのかと思うけど、それだけ実は槇寿郎君の事を心配していたんじゃないかなと俺は思う。
     そしてなんとカガヤ様のお供としてギユウ様と、あとものすごく大きい、テンゲン様より背が高く筋肉もあるギョウメイ様という方までがそこにいた。杏寿郎君が名前を教えてくれた。
    「炭治郎、よくやった」
     真顔でギユウ様に褒められた。
    「炭治郎、ありがとう」
    「本当に感謝する」
     カガヤ様には心から感謝されギョウメイさんに至っては手を合わせてぼろぼろ泣かれてしまい俺はひたすら恐縮した。
    「みんな無事で戻ってくれて嬉しいよ。炭治郎はもともと戦士ではない生まれなのにこの子達のためにずいぶん頑張ってくれたね。たぶんアレはもう当分この世界に手を出さないだろう」
     カガヤ様は空を見上げ言った。
    「ところで次の炎の神を杏寿郎にやってほしいんだ」
     カガヤ様はいきなりそう言った。
    「邪神との争いはこちら陣営の力を削ぐ事を目的としていた。槇寿郎は一度神を降りると約束してしまったからもう出来ない。
     杏寿郎達まで幼い姿で封じていたのは跡を継がせないようにとの敵の意図だったんだろうけど、こうしてめでたく元の姿に戻ったのだから今は跡を継ぐ事には問題ない。
     杏寿郎、引き受けてくれるかい?」
     大神カガヤ様にこう頼まれたら誰も断る気になれないだろう。
    「わかりました」
     俺の隣にいた杏寿郎君は静かに頭を下げてその頼みを引き受けた。
     そうだよな。彼は炎神に相応しい。
     俺は誇らしいながらもちょっぴり寂しさを感じる。
     俺の可愛い三つ子達と、冒険してご飯を食べて一緒に寝る毎日は楽しかった。
     そんな生活はもう終わるんだな。
     もちろん槇寿郎君は瑠火さんと暮らせて二人にお母さんは戻り、ハッピーエンドなんだけど。
     いつまでも三つ子と旅をしていたかったな、とこっそり惜しむ気持ちを俺は隠し持ちながら、神々が炎神を寿ぐ拍手に加わった。


     その後はカガヤ様がいらしているし杏寿郎君の就任のお祝いも兼ねて、神殿には食事が振る舞われ盛大なパーティになった。
     山のように美味しい食べ物が出てきてお酒も供され賑やかで、憂も晴れて皆嬉しそうだ。
     けれども俺はいまいち元気が出なかったのでタイミングを計って一人、静かな庭園に抜け出した。
     すると少しして杏寿郎君がやって来た。
    「炭治郎」
    「あ」
    「隣に行ってもいいだろうか」
     そう言われて嫌なはずがない。
    「もちろん」
     答えると杏寿郎君は微笑み、俺達は庭園のベンチに並んで座った。
     二人きりは、ちょっと緊張する。大人の杏寿郎君は改めて凛々しくきれいでかっこいい。今は神様達と同じ白い衣装で、マントをまとい神々しい。
     炎の神様だもんな。とても似合っている。
    「えっと、就任おめでとう、かな」
     お祝い事なんだから祝わなくちゃ。神様って何をするんだろ。少なくとも冒険の旅には出ないだろう。
     なぜか沈黙が降りて、それから杏寿郎君が言った。
    「炭治郎は、この後どうするんだ?」
     と言われても俺にもよくわからない。
     もう可愛い三つ子はいないし誰も俺を必要じゃないし、どこか働き口でも見つけて働くかなあ。パン屋とか。
    「その、よかったら」
     杏寿郎君がなんだか頑張ってる感じで言った。
    「本当に俺の、家族になってほしい、んだが」
    「え」
     意外過ぎて頭が真っ白になる。
     家族になってほしいとは、一般的にはプロポーズの言葉だけど。
     神様ってそんな事ありなのか?
    「あの時、家族にしてくれって言ってくれたのが嬉しかったんだ。炭治郎には迷惑ばかりかけるようだが」
    「杏寿郎君、神様って結婚できるの?」
    「? もちろん、父と母も、オバナイとミツリも結婚しているだろう」
    「あ、確かに……」
     そう言えばそうだ。なんだか遠い人になったみたいに思ってたけどよく考えたらそうだった。
    「俺は炭治郎とずっと一緒にいたい、んだ」
     照れくさそうにしながらも、杏寿郎君がそう言ってくれた。
     俺はぶわあっと感動した。
     だって杏寿郎君はいつも感情を表に出すのがちょっと苦手でシャイな子なんだ。
     でも今すごく頑張ってくれてる。俺のために。
    「もしよかったらだが」
    「いいよ!」
     力強く俺は叫んだ。
    「俺もずっと一緒にいたい。ありがとう。なろう、本当の家族に」
    「……うん」
     杏寿郎君はちょっとはにかんで、でも嬉しそうにうなづく。その表情にきゅんとした。
     ああ、改めて俺、杏寿郎君がとても好きだ。これは恋だ。
     いつかミツリ様が言っていた、恋は大事なパワーの源。今はそれがよくわかる。
     何だかぐわーって湧き上がるこの力で、俺はこれからずっと杏寿郎君を幸せにしたい。
     俺は生涯この感動を忘れないだろう。

     さてその後の事を少し話そう。
     瑠火さんは養生してすっかり元気になって、引退した槇寿郎君と幸せに暮らしている。
     俺は冒険者をやめて街でパン屋を始めた。やっぱり俺の作ったものを美味しいって食べてもらうのが幸せだから。
     千寿郎君は勉強が好きで学校に通っている。将来はお医者さんになりたいらしい。
     生活が落ち着いてから俺は杏寿郎君と結婚式を挙げた。畏れ多くもカガヤ様自らから司祭として祝福をいただき、お世話になった神々全員が参加してくださった。なかなかすごいお式だった。杏寿郎君は世界一美しい伴侶で俺は幸せで倒れそうだった。
     でも杏寿郎君と暮らす家は質素な街中にあるパン屋の二階なんだ。杏寿郎君がそれでいいと言ってくれたから。
     神様といえど願いを捧げる人がいない時は時間があるので、そんな時は俺のパン屋を手伝ってくれている。
     二人してエプロン姿で作業場に立ちパンの作り方を覚えてもらったり新作を考えたり毎日とても楽しい。
     ちょくちょく槇寿郎君の家を訪ねてご飯を一緒に食べるので瑠火さんともすっかり仲良くなった。週末には千寿郎君も帰って来るので皆で食卓を囲む。
     初めて森で出会った時は後々こんな風に過ごすなんて想像もしなかったけど、今は当たり前のように家族になっている。
     唯一、俺が槇寿郎君の事を槇寿郎君って呼ぶのが他の人からは不思議みたいでよく指摘されるんだけど、お義父さんになったといえども俺の中では小さくて素直じゃないけどけっこう心配性なあの子の面影があるものだから変えられないんだよね。
     本人も慣れてくれてるみたいなので呼び方はそのままだ。

     俺の名前は竈門炭治郎。
     異世界転生して今は神様のお婿さんをしています。
     幸せです。


     
     
     
     
     20250614改定
     
     
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    v75FDN9q4J9WFhE

    DONEパン屋だった竈門炭治郎は異世界転生して気づいたら剣と魔法の世界にやって来ていた。ある日森で炎みたいな髪の色をした三つ子に出会う。お世話をしながら一緒に冒険するある夜、杏寿郎君から湖に映った大人の姿を見せられある場所に行ってほしいと頼まれ旅に出る事にー。

    前回のうちれんで書き上げたものの荒削りだったため大幅にリライトしました。最終稿です。異世界ゆるり双子というお話を下敷きにしたダブルパロです。
    異世界ゆるり三つ子 改訂版 俺の名前は竈門炭治郎。異世界転生者だ。
     元は平凡な日本人のパン屋だったが気がついたら神殿のような所にいた。そして目の前に神様みたいな服装の黒髪の男性がいた。
    「あのう……ここはどこであなたは誰ですか?」
    「俺は神じゃない」
    「はあ」
     神様ですかとは訊いてないんだけど。目の前にいる人は顔がきれいだけど無表情でなんだか怖い。
    「だが水魔法を司る立場にいる。竈門炭治郎、お前は事故で死んでこの世界に転生した」
     いきなりそんな衝撃的な事を告げられた。
    「ええっ?」
    「先に言うが元の世界には帰れない。お前に水魔法の加護を与える」
    「そんな! 帰れないってどういう事ですか!」
    「修行をしてレベルを上げておけ」
    「ちょっと待ってください!」
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