骨「……っ」
走った痛みに柄を握った手を開くと、指の付け根にできた肉刺が潰れて肉がわずかに覗いていた。滲んだ血が柄を滑らせるのが嫌で、服で乱暴にそれを拭う。
初冬の夕方、気温は相当に下がってきていて、動きを止めるとすぐに冷たい風が汗ばんだ肌から体温を奪っていった。
ぶる、と震える体にヒュンケルは舌打ちしてまた柄を強く握りなおして剣に精神を集中する。
温かいこの肌が嫌だった。弱くて脆くて忌わしい人間の体が。
ヒュンケル、と呼ぶ優しい父の声。抱き上げられるとふわりと宙に浮かぶようで、硬い骨の冷たいはずのその指先は、でも確かに優しく自分を撫でてくれた。
剣を振り下ろすと潰れた肉刺の痛みをびりと感じる。このまま振り続けて皮が破れて肉が抉れたなら、その下の硬い骨が出てくるのだろうか。
そこまで考えてヒュンケルは薄く笑った。
それがいい。オレは骨になりたい。柔らかい肉も温かい血もいらない。誰にも負けない、強靭な骨の戦士になる。
そしていつか奴を殺すんだ。
全身の力を込めて虚空を薙ぐと、潰れるような音を立てて目の前の木の肌が薙いだ動きの形に深く抉れた。
「ヒュンケル!」
後ろから呼ばれて、はっと我に帰る。いつの間に戻ってきていたのか、アバンが買い出しの袋を抱えて山小屋の横に立っていた。
「まだ素振りしてたんですか?休んでいなさいと言ったのに……」
真面目ですねぇ、いいことですけど、と言って歩み寄ってきたアバンは、ヒュンケルの握る剣の柄の汚れを見ると唇を結んだ。
「……手を見せてごらんなさい」
目ざとく勘付かれて心の中で舌打ちをする。剣をおさめて渋々手を出すと、あぁ、と呟いてアバンは眉根を寄せた。
沸かしてあった湯を汲み置きの水で温めて、泥と血に汚れた掌を拭われる。じわりと感じる温かさと痛みに唇を噛み締めた。
「……ヒュンケル、戦士になりたいなら、自分の受けたダメージも正確に把握しなければいけません。いざというときに、小さな傷だと思っていたものが致命傷に繋がることもあるんです」
「……」
「度を超えた鍛錬もまた、身体を脆くします。
……自分で自分を傷つけるのは、もってのほかですよ」
静かに言うアバンの瞳から目をそらす。
今はまだ、牙を研いでおかなければならない。まだこの牙に感づかれてはいけない。取れるだけの知識と技を吸い取ってから、思い知らせてやる。
「……オレは、早く、もっと強くなりたいんです」
アバンは困ったように眉尻をさげて微笑み、慣れた手つきでヒュンケルの小さな手に包帯をくるくると巻いた。
オレは骨の戦士になるのだから。
だから知らない。
掌を包む大きな手が、温かく感じるなんて。