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    suika

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    suika

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    先生とヒュンケルの出会いの話。

    ##銀色の道

     まだ煙があちこちで燻る城内に、遠くから響く泣き声を追いかけた。

     階段を駆け降りるその先に見えたのは床にうつ伏せて丸くなった小さな小さな背中。顔を埋める灰の山に混じる崩れた骨のかけら、それも端から溶けて白い灰へと姿を変えていく。あの騎士が胸にかけていた星の飾りがそのうえにぽつりと落ちていた。
     魔王の力が消えた。それは即ち、その力によって歪な生を受けたものたちが本来あるべきところに還っていくということ。
     虚空に消えゆく骨と灰に縋って泣き叫ぶ子どものその後ろに続く暗い回廊には、累々と横たわる死骸があった。自分が斬り伏せた魔物たちの。――恐らくは、彼のとても親しいものたちの。

     ――この子か。

     足音に気付いたのか子どもがばね仕掛けの絡繰のように顔を上げた。まだ十の半分をやっと超えた程度だろうか。身につけているのは粗末でこそあるが汚れのない服。暗い燭台の灯りを映して弾く銀色の髪も、灰を掻く爪も短く整えられていて、日常の手入れがされた様子がある。まだこの年齢の幼い子どもがこれだけ清潔を保てているというのは、そこに手をかけ世話をしてやる誰かの存在があったということだ。
     一目でわかった。この子は愛を受けて育った子どもだ。

     あの騎士と話したとき、理解していたつもりだった。でも、つもりだっただけなのかもしれない。
     魔物にも、こんなにも深い愛を持ち、それを他者に正しく注げるものがいるのだということを。

    「君は……」

     父さん、と呼んでいたその声は確かに言語を成していた。おそらく分かるだろうと話しかけてみると、虚をつかれたような顔のままで子どもは自分の姿を上から下へと眺める。そして最後に腰の剣に目を止めた瞬間、その目に宿る悲しみの色が怒りの炎に染まった。

    「……ヒュンケル!」

     こちらを睨みつけて歯を食いしばりながらはっきりと名乗る、その目には確かに知性があった。
     ヒュンケル、という名は古文書で見たことがある。古の魔界の剣豪の名。伝説の剣士のように、強く生きろと付けた名なのだろう。

    ――強く正しい戦士に育てあげてほしい……あの子に、本当の人間のぬくもりを与えてやってくれ……。

     騎士が最後に自分に託した言葉を思い出す。魔物が人間の子を拾い育てるなど、誰にもとても信じられまい。この子を慈しんだであろうその同じ手に握られた剣で、何百何千という人間が、死んだのだから。
     しかし、立場を変えればまた逆なのだ、と子どもの後ろに倒れる魔物たちを見て思う。魔物たちにとってはこれは侵略。この子の家族を目の前で壊し、奪ったのは自分だ。
     小さく震える子どもを見つめてアバンは一度、瞼を閉じる。そして目を開けるとにこりと微笑んだ。

    「ヒュンケル。……一緒に、来ますか?」

     子どもはしばらくの沈黙のあと歯軋りを噛み殺すようにして、怒りを激らせた目でこちらを睨みつけながらゆっくりとひとつ頷いた。手の中に白い灰を握りしめながら。差し出した手を、掴もうともせず。


    ――ヒュンケル。その恨みも憎しみも、私は全てを受け止めよう。
     だが同時に約束しよう。君がその憎悪の心に負けぬ強い戦士になれるよう、正しく力を扱えるようになるよう、私の持てる全てを伝え、教えると。


     恐らく今は、どれほど言葉を尽くしても伝わるまい。だが、いつか。
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