並行世界の罠「……一応聞いてやるが。なんだ、その服は」
「新しい衣装だ」
謎の薄着で真顔のままこともなげにそう言うヒュンケルにラーハルトはしばし沈黙した。
よく分からぬ理由に乗せられてスイカを切らされていたところまでは黙って見ていた。此奴の勝手だ。しかし、共に魔物を倒すとなるとその点についてはどうしても一言言っておきたい。
「布だろう。あの人間共に言ってやれ。その服では戦闘の用には足りぬと」
生真面目な顔でうむ、とヒュンケルは自分の着ている服を一瞥して頷いた。
「防御面ではそうだが。しかし布と言えばラーハルト、お前もそう変わらないのではないか」
肩も出ている、と上衣を指差すヒュンケルに思わず頭に血が昇ってラーハルトは叫んだ。
「お前の浮かれた格好と一緒にするな!だいたい、この服は戦闘用ではない……オレには魔槍がある」
しょうもないことで熱くなったことに我にかえり後半少し語気をおさめてみたがヒュンケルはそうか、と何も気にした様子なく話を続けた。浮かれた格好、に特に反論はないのだろうか。
「確かに防御の面は心もとないが。逆に、機動性重視の戦法を学ぶのにいい機会だ」
そう言って頓狂な槍をがしりと握り直すヒュンケルに、ラーハルトは思わず、なぜか、遠くの海を見つめた。見つめたくなったから見つめたのだ。弘法筆を選ばずと言うが、そういう次元を突き抜けている。あの衣装を用意した人間どもに寄ってたかって持たされていたが、それはそもそも、槍か? 傘だろう。砂浜とかで使うあれだ。どう見ても。
ダイ様は、凛々しく戦闘面から考えても素晴らしいお姿だったがコイツはなんだ。なんだか知らんが多少気に入っている様子なのも理解し難い。
「――ヒュンケル!ラーハルトも」
つらつらと考えていると後ろから女の声がした。
「マァム」
「向こうの海岸にも魔物が出たらしいの」
「またか……今度はどの種類だ」
走ってきたのか息を軽く弾ませてヒュンケルとそう会話する女の格好もやたらとピラピラした薄着に変わっていてラーハルトはかるい眩暈を覚えた。日差しが強いせいではない。この女も元々それほど頑強な武装はしていなかったが、今着ているものは薄すぎだしそもそも出ている部分が多すぎる。人間どもは布で急所が守れると思っているのか? ――いや、違う。そもそも二人揃って腹も出ている。何も考えていないだけだ。戦をなんだと思っているんだ?
「れんごく天馬よ。ラーハルトも一緒に来て!」
「行くぞ、ラーハルト!」
二人揃ってこちらに向き直って言うその顔も声も至って真剣で何というか、似ているな、とラーハルトは思った。二対の真摯な瞳からなんとなく目を逸らしてラーハルトはしぶしぶ頷く。何を言ってもあまりこの二人には響かなそうだと思ったからだ。天然というのは恐ろしい。
「行くわよ!」と走り出すマァムとそれに続くヒュンケルに、砂浜を走りながら誰に届くでもない溜息をついたラーハルトは、ふとひとつの可能性に思い至ってはっと目を見開いた。
まさか自分も、その日が来れば納得して纏ってしまうのだろうか。新しい衣装とやらを。
「ミラドシア……! 恐ろしい世界だ……」