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    suika

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    suika

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    大戦後、付き合ってるヒュンマです。
    「まだ、会えない」の後のお話。
    捏造に捏造を重ねています!注意!

    #ヒュンマ
    hygmma
    ##星を抱く日

    貝の音 海沿いの村に宿を取って二人で村を散策していると、南側に開けた砂浜があると立ち寄った店の売り子達が教えてくれた。
     村は林の奥に途切れ途切れに見える海より高い位置にある。店の売り子に教えられたとおりに村はずれの道から林の中の階段を降りていくと、目の前に一面の白い砂浜が広がっていた。
     海の匂いを運ぶ優しい汐風が、二人の髪を靡かせて攫っていく。

    「うわあ……すごい!」

     マァムが歓声をあげて白く太陽を弾いてきらめく砂浜を見渡した。村まではずっと森の中の街道を通ってきたので、時折吹いていく潮風や木々の隙間に覗く青い水平線に海の気配を感じる程度で、こんなに開けた砂浜が近くにあるとは思っていなかった。突如現れたその光景にしばし二人で目を奪われる。
     通ってきた林は、急勾配で降った後唐突に途切れて砂浜に変わっている。
     白波のたつ水平線はどこまでも青い空にくっきりと一筋の線を描き、ざあ、と波の寄せる音が柔らかく砂に吸い込まれていった。

     きれいね、と空と海を見つめていたマァムが瞳を瞬かせた。

    「……私の村……ネイル村は森の中の村なの。だから、未だに海を見ると、わくわくしちゃう。……遠いところに来たんだなあって、思うわ」

    「オレも似たようなものだ。まだ……世界には見たことのないものがたくさんある」

     アバンと旅したあの短い間に僅かに触れた人の世界。夜の森、ぱちぱちと火の粉をあげる焚き火と狼の声。祭りに紙吹雪と花びらの舞う村、人々の歓声。音ひとつしない、静かな石の教会。
     鮮明に思い出せる、けれど切れ切れの情景たち。
     きっと子どもの自分の印象に強く残った一瞬が、記憶に残っているのだろう。こうして旅をすることは、そのかけらかけらををつなぎ合わせて自分の体験を取り戻す作業をしているようだ、とヒュンケルはふと思う。人としての、体験を。

    「見て、これ!」

     突然かがみ込んでからぴょんと身を起こしたマァムの指先に挟まれていたのは、薄桜色が艶やかに光を弾く小さな貝。

    「綺麗……花びらみたい」

     マァムがそれを太陽にかざすと、薄い貝は透き通ってわずかに光を透す。淡く輝く貝は僅かにでも力を込めれば指先で砕けてしまいそうなほど儚げに、さり、とかすかな音をたてた。

    「桜貝だな。軽いから、波に打ち寄せられているんだろう。ほら」

     泡立つ波と白い砂の境目が薄茶や桜色の貝で彩られているのを指差すと、マァムが大きな瞳をさらに大きく見開いた。

    「え、あれ全部? ……ちょっと集めてきても、いい⁉︎」

     子どものような顔で目をきらきらさせるのに微笑んで頷くと、マァムがやった、と笑って波打ち際へ走っていった。
     弾ける波に小さい悲鳴をあげるのをどうするのかと見つめていると、マァムは履いていた靴をひょいと脱いで波の中へと足を浸した。靴を持ったまま貝を拾おうと屈みこむのに声をかける。

    「持っていてやろうか。濡れるぞ」

    「ありがとう!」

     マァムの手から靴を受け取る。砂が気持ちいい、と海水を跳ね上げて笑うマァムの後ろから雲に隠れていた太陽がすうと顔を出して、まとめた髪の上で光がきらめいた。

     ぱしゃ、と音をたてて砕ける満ち潮は思ったよりも遠くまで飛沫を跳ねさせてきて、少し離れたところまで戻って砂浜に腰を下ろす。日の光の熱を溜め込んだ柔らかい砂は、手をつくと温もりを手のひらに返してきた。
     靴と荷物を砂の上に置いて、高い空を見上げる。薄い雲の流れは穏やかで、陽光はわずかに隠れてはまた穏やかにその下の海と砂を照らしていた。
     波の向こうから渡る穏やかな風が顔を撫ぜていく。
     マァムはしばらく波打ち際を歩いてはしゃがんで貝を拾っていたが、岩陰にまとまって流れ着いている場所を見つけたようで真剣に座り込んでひとつずつ貝を拾い上げてはためすがめつし始めた。
     それを微笑ましく眺めながら後ろに背を伸ばすと、ふと砂についた手に何かが触れる。
     ほとんど砂に埋もれている硬い感触。砂を払ってみると、それは手の中に収まるほどの大きさの巻貝だった。
     ふと昔のことを思い出す。広がる風景に息を呑んだ、初めて海を見た日のことを。



    ***



    「――これが、うみ……」

     父の話してくれた外の世界の話を小さいヒュンケルは思い出した。たくさんの水がずっとずっと広がって、空の果てまで繋がっている場所がある。それが『海』というものだと。
     湯を使うときの大きな盥にはった水くらいしか見たことがなかったヒュンケルには、たくさんの水と言われてもうまく想像がつかなかった。
     ――そう、「海」がこんなにも大きいなんて。

    「海を見るのは、初めてですか?」

     アバンの声に、我を忘れて一面の青い水に見惚れていたのに気付いてはっとする。できる限りの低い声で「……はい」と答えて口を引き結んだ。
     そんな返事を聞いてアバンは「大きいでしょう」とだけ頷く。
     砂の上に荷物を下ろしたアバンは、呑気に「今日の晩御飯には困らなさそうですねぇ」と波間を指さす。ざぶん、と音を立てて白い砂地に打ち寄せる水面の奥で、飛沫を上げて魚が跳ねるのが見えた。

    「魚も勿論ですが……海には川と違う種類の生き物がたくさんいるんですよ。ほら、そこに貝が落ちている」

     言われて足元に目を落とすと、白と茶色のまだら模様の貝殻が少し濡れた砂の中に埋もれていた。螺旋にくるくるとねじれた不思議な形の巻貝に、思わず座り込んでそれを掘り出して眺める。
     砂地の上をよく見ると、それ以外にも色とりどりの貝やら不思議な形に丸くなった木が落ちていた。

    「さて、また釣り競争でもしましょうか!」

     荷物のどこに隠していたのやら、二本の釣竿を両の手に持ってアバンがにっこりと微笑む。

    「またですか……そんなことより、剣の修行を」

    「言ったでしょう? 身体を作る食事も大切な修行の一つ!」

     ヒュンケルは内心で舌打ちをして嫌々の素振りを隠そうともせずわざとのろのろと竿を受け取った。何故だかしらないが、アバンの竿にばかり魚は食いついて、ごくたまにヒュンケルの竿にかかる魚は餌だけ取って逃げていくのだ。はじめは反射神経や忍耐力の修行なのかと思っていたが、絶対に違う。運が、悪いだけだ。

     岩辺に座ってぶすりと竿を垂らすヒュンケルの背中をアバンは笑ってぽんと叩いた。

    「川よりは、たくさん釣れますよ」

    「……なんでですか」

    「川とは生き物の数が違いますからね。……まあ、釣りの腕も重要ですけど」

     無言でふん、と小さく鼻を鳴らす弟子を特に気にする様子もなく、その横に座ったアバンは釣竿を振って浮きをふらふらと揺らす。

    「海には、川とは比べ物にならないほど沢山の命が生きています。ここは、全ての生き物の発生の元なんですよ。母なる海、という言葉にはそれが現れていると思います」

     特に返事もしないヒュンケルの横顔を見て微笑んだアバンは、動かない浮きの奥の水平線をしばらく見つめた後、呟くように続ける。

    「……ヒュンケル 、わたしはね。生き物は全て、元を辿ると全て海から生まれたと考えています。魔物も人間も、この生き物たちも、元は全て一つの海に生きる命から生まれて、その生きる場所や、気候に合わせて徐々に変化し……今世界にいる様々な生き物のかたちに分かれていったのだと」

    「……どういうことですか? 魔物と、人間が同じ?」

    「そうです。魔物と人間だけじゃない……もっと言えば、全ての生き物が、ひとつの命から発生した。今日お昼に獲った兎も、そこに生えている木も、海を泳ぐ魚も……その貝も」

     ヒュンケルはさっき拾って横に置いた貝を見つめた。これと自分が元は同じ生き物? どういう理屈か分からない。
     また何か煙に巻こうとしているのか、と意図を測りきれず静かに鎮座する貝とアバンを交互に睨むと、アバンはそれに気づいたのかいつもの意図のよくわからない微笑みを浮かべた。

    「――でもこの考えは、まだ理解されていない。……だから、他の人には秘密にしてくださいね」
     いつも飄々と口を開けばとぼけたことばかり言うアバンが、その時だけはどこか少し寂しそうに言うのが不思議だった。


    ――長じてから、師の行方を追うため調べて知った。アバンの家系は、進みすぎた思想を持ったが故にか母国カールでは異端とされていたと。あの言葉は、恐らく国では受け入れられなかった考えだったのだろう。
     あの時の師より歳を重ねた今、思う。
     あれはアバンの学者としての思いがふと溢れた瞬間だったのかもしれない。それをまだもののよくわからぬ子どもの自分にこぼす程度には、師もまた若く、迷うこともあったのだろう。

     さくりと白い砂が擦れる音がして顔を上げると、マァムが頬を桜色に染めて手を差し出していた。長い髪が風に靡いて揺れる。

    「見て、たくさんあったわ!」

    「すごいな……そんなに持っていくのか?」

     手のひらいっぱいに重なり合った薄桜の貝や虹色に輝く白の貝を見て、荷物がいっぱいになるな、と笑うとマァムが頬を膨らませた。

    「全部は持っていかないわよ。ちょっとだけ」

     欠けちゃってるのもあるから、とマァムはヒュンケルの横に腰を下ろし、貝をひとつずつ空にかざしては「綺麗なのを選ぼう」と吟味し始める。
     
    「……オレも見つけた」

     そう言って、手の中の貝を見せるとマァムが静かに微笑んだ。
     貝を耳に当てるとざあ、と音がする。その後ろにはきらきらと太陽を映す青い海。白と金色にきらめく砂浜。

    「……何か、聞こえる?」

    「……ああ」

     父の声は、もう聞こえない。代わりに響くのは波の音。寄せてはかえす波。繰り返し、繰り返される命の音。

     マァム、と呼ぶとなあに、と返る、愛しい声。

    「……カールに行ったら、先生を訪ねよう。二人で」


     あの時の話の続きをもう一度、聞きたい。
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