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    suika

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    suika

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    ヒュンマです。大戦終了後数年、付き合ってる。

    #ヒュンマ
    hygmma

    まだ、会えない届け物をして欲しい、と呼ばれたマァムが城を尋ねると、アバンは城の裏手に作った庭園を自ら手入れしていた。
    庭園の隅には家のような硝子張の建物が作られている。中に入ると温かくて、水気が肌にまとわりつくような空気だった。上を見上げると、硝子板を支える骨組みの四角に切り取られて透き通る青い空が輝いている。

    「……すごいですね、ここ。全部硝子なんですか」

    「ちょっと我儘を言って作ってしまいました。職権濫用ですかね」

    カールでは見ない南の地域の植物が階段状に作られた棚に並んでいて、目を丸くしてそれを眺めるマァムにアバンはからからと笑う。

    「私のライフワークですから。他の地域の植物がカールの気候で育つのか育たないのか、何をしてやれば育つのかを確かめたいんです。例えばこれは――」

    端から植物の名前と植生、効能などをひとつひとつ解説しはじめたアバンの話をひとしきり聞いてから、マァムはこほんと咳払いをした。

    「……あの、先生、届け物というのは?」

    そうでした!と膝を叩いてアバンはぽりぽりと頭を掻いた。

    「つい夢中になってしまって!用件はね、これです。」

    そう言ってアバンは腰にさしていた地図を広げる。話は、ロモスにあるブロキーナの故郷の街に、書状を届けて欲しいと言うものだった。

    「まあ故郷と言っても、ブロキーナがそこを出たのは私の父と母の生まれる前のそのまた昔、大昔、と言っていましたからね。――20年前に。だから今、直接繋がりのある人がいる訳ではないようですけど。
    書状を出すだけでもいいのですが、せっかくだからあなたに持っていってもらえたら、と思いました。私はこんな身ですから、残念ながら動くわけにいきません。本当は自分で行く方が性に合ってるんですけど」

    髭を撫でながらつまらなさそうに口を尖らせて言う師にマァムは笑う。

    「だめですよ、私が行ってきますから。もうフローラ様を困らせないでくださいね」

    おっと、と肩をすくめたアバンが「あなたにも怒られるようになってしまいましたね」と笑って、マァムに筒に入った書状と小さな袋を手渡した。

    「キメラの翼が入っています。ロモスまではそれを使ってください。歩いて2日くらいで着くでしょう。レイラにも会ってきたらどうですか?」

    あとね、とアバンは続けて微笑む。

    「ヒュンケルと、一緒に行ってきてくれませんか?
    2人で世界を見るのもまた、勉強になりますよ。――きっと得るものがあるでしょう」


    ***


    ロモスから出発して、言われたとおりに2日目の昼過ぎにその村に着いた。
    山の急な斜面にあるその村は、入り組んだ小道が幾重にも重なり、赤と黄色で彩られた柱や建物が遠目からでも華やかだった。
    武闘着に似た服を着た村人が、そこかしこの屋台から賑やかに呼び込みをしている。頭に花と金糸の飾りをつけた子どもたちが転がるように笑い合いながら横を走り抜けていった。

    「今日はお祭りなのかしら」

    小さい村の思わぬ活気に驚いて、マァムが目を丸くして辺りをきょろきょろと眺める。

    「書状を届けたら、後で見に来ればいい」

    肩がぶつかるほど多い人の流れを避けながら、同行したヒュンケルがマァムの後ろから言う。
    迷路のような階段を道ゆく村人に尋ねながら尋ねながら登っていくと、村の中腹に届け先の寺があった。


    ***


    アバンからの書状を一読した僧は静かに頷くと、丁寧にそれを畳んで机に置いた。かさり、と軽い紙の音が静かな石造りの部屋に響く。
    寺の中は静謐で、外の喧騒とはまるで違う場所のようだった。

    「ありがとうございます。わざわざお持ちいただいて。遠くからお越しいただいたのに、十分なお持てなしもできず申し訳ありません。今日は祭りの日で、人が出払っていましてね」

    「いえ、美味しいお茶も頂きましたし、十分です。先程通ってきて、とても賑やかで驚きました」

    開かれた窓から、風にのって祭りの音が聞こえてくる。僧はどうぞ、と言って手ずから二煎目の茶を2人の器に注いだ。

    「今日は先祖に感謝を捧げる祭りの日でして、ご覧の通り村全体が浮かれていますよ。
    そういえば、宿はもう取られていますか?」

    「こちらに直接伺ったので、まだ」

    「それはいけない、祭りの日は宿がいっぱいになってしまうんですよ。小さい村ですが、街の外から見に来る方もいらっしゃるので。
    この寺は武術の道場も兼ねていて色々な者が出入りするので、部屋だけはたくさんあります。良ければお泊まりになってください」

    「……ありがとうございます。ではお言葉に甘えて」

    横に座るヒュンケルもマァムに頷いて僧に礼を述べた。

    「後でお部屋にご案内しましょう。昼の出し物はもう終わってしまいましたが、賑やかですよ。せっかくですからお二人で祭りをご覧になってきては?夕食は寺のものが戻りますから、ぜひご一緒に」


    ***


    威勢のいい呼び込みをかわしながら2人で道を歩く。色とりどりの果物を蜜に閉じ込めた飴がおひとついかが?と目の前に差し出されたかと思うと、串に刺された腸詰め肉を炙る炎が横でごうと立ち上って、不思議な香辛料の薫りがする煙が立ち込める。
    遠くで何かが続けて弾けるような音がして思わず振り向くと、歓声と拍手が同じ風に乗って響いてきて、何かを祝う合図なのだと分かった。

    物珍しくて勧められるままにマァムが買った鶏肉の料理は飛び上がるほど辛くて酸っぱくて、一口齧ったマァムが咽せこんだのをだいじょうぶか、とヒュンケルが背中を摩る。

    「これ……美味しいけど、辛い!」

    横から取って口に運ぶのをマァムは見つめたが、ヒュンケルは眉一つ動かさなかった。

    「辛いが、そんなにか?」

    「そんなによ!」

    特に表情を変えずに食べ終わったのを後から辛いって言うんじゃないかしら、と見つめたが、平然と二つ目を口に入れるのを見てマァムはええ、と顎を引いた。

    「この辺りの地域は暑いから、料理に唐辛子がよく使われるらしいな。文献で読んだことがある」

    「うそ……信じられない!平気なら、あげる」

    冷静に解説しながら黙々と食べるのを横目で見て、まだひりひりする口に竹筒で売っていたお茶を含む。ヒュンケルとは食べ物の好みはちょっと合わないかも、ご飯を食べるときは気をつけよう、とマァムは心の中で思った。
    お茶からは何か果実のような香りがして、爽やかな冷たさは旅の疲労も吹き飛ばすようだった。

    道の脇に流れる湧き水で手を洗い流して、マァムは登ってきた道を振り返る。屋台街は抜けたようで、少し落ち着いた家々が並ぶ通りになっていた。

    「綺麗な街ね」

    夏の日暮れは遅い。道の両脇には赤いランタンが並んで下がっていて、近くの住人が長い棒の先に付けた火で灯りを一つずつ灯している。
    登ってきた階段から街を見下ろすと、山の裾野の先に広がる海に日が沈んでいくのが見える。海原は夕陽を跳ね返して深い青と金色に輝いていた。

    マァムが階段の上に立つヒュンケルを振り返ると、そっと手が差し出された。その手を取ってぴょんと同じ段に立つ。
    湿り気を含んだ穏やかな海風が連なる屋根を伝って吹き上げていった。
    風に吹かれた髪を指先で整えてマァムが呟く。

    「私、旅に出る前は、ほとんどネイル村から出た事がなかったから。大戦中はそんな時間もなかったし、ポップとメルルと旅して初めて他の町のお祭りを見たの。盛大だし、出し物とかも街によって違うのね。村ではお祝いの料理を持ち寄って、みんなで踊るくらいだったから、何もかも違っていてびっくりしたわ」

    「オレもそうだ。人の世界に触れるのは久しぶりだったから、街に立ち寄ると何もかも新鮮だった。……今もだな」

    階段をすれ違う人々は皆どこか楽しそうに歩いている。祭りの空気がそうさせるのだろうか。
    手を繋いで階段を登る。夕闇に沈んでいく迷路のような通りに、ぽつぽつと浮かぶ赤いランタンの明かりをマァムは見上げた。

    「この景色、少し地底魔城に似てる」

    懐かしいものを思い出すように言うマァムをヒュンケルが振り返った。

    「明かりが並んでるのが回廊に、似てないかしら。……ときどき思い出すの。ちょっとだけしか、いなかったけど」

    「……そうだな。似ているかもしれない」

    ヒュンケルは斜面をくねって道の形を描く柔らかい光を見つめる。

    「魔物の世界に祭りは、なかったが。小さい頃に父さんと魔物たちが、お前を拾った日が記念日だと言って祝ってくれたのを思い出す。生まれた日は、分からなかったから。
    ……たくさん明かりを焚いて、石やら骨で作った玩具をくれたよ。今思うと不思議な光景かもしれないな」

    小さいヒュンケルを囲んで骸骨剣士と魔物たちがお祝いをしている、そんな奇妙な場面に出くわしたらさぞかしびっくりするだろう。けれどマァムには地底魔城のそのおかしな光景は確かに想像できた。あのとき少しだけ話した彼の部下たちは、みんなヒュンケルのことを慕っていたから。
    きっと昔地底魔城にいた魔物たちも、彼のことが大切だったのだ。

    「みんな、あなたのことが好きだったのよ」

    繋いだ手を握り返すと、ヒュンケルが僅かに微笑んだ。

    「……お前の生まれた村の祭りも見たい」

    マァムはぱちぱちと瞬きをして、それから目を細めて笑った。どこか人の世界との交わりを避けていた彼がそう言うのは、新鮮で、嬉しかったから。

    「うん……うん!今度のお祭りは収穫祭だから、秋よ。一緒にいきましょう」


    ***


    赤に照らされた小道を進むと、赤と青と黄色と緑と、何個も連なって吊るされた露店のランタンが明かりに照らされて夜道に浮かぶ。道に並んで吊るされた赤いものより何周りも大きかった。

    「ひとつ持っていくかい」

    長い煙管から煙を燻らせて店の番をしている老人が2人に声をかけてきた。
    灯りは持っているので、とマァムが断ると、老人はくしゃりと皺を深くして、風に揺れる大きな黄色いランタンをくるりと回した煙管の先でとんと揺らす。

    「これはお祈りのランタンだから。空に飛ばすものだよ」

    「空に?」

    「そう、中に火を入れて飛ばすんだ。そうすると空にいる亡くなった家族や先祖に届くんだよ。元気にしています、ってね、伝えるために」

    煙をすうと靡かせて、老人の煙管が藍に色を変える空を指す。
    煙草の煙が真っ直ぐに登っていく。その示す先には、さまざまの色の光がいくつも浮かんでいた。

    「このランタンが、あんなに高く飛ぶんですか」

    「そうだねえ、飛ぶっていう噂だよ。気になるなら試してみるかい?」

    とぼけて言う老人に、マァムはくすくすと笑った。

    「じゃあひとつ」

    老人は陽気に毎度あり、と言ってひと抱えもあるランタンを1つ軒先からはずして差し出す。

    「夫婦かね?」

    「――あ、ええと、」

    繋いだままだった手をぱっと離してマァムがしどろもどろになる横で、ヒュンケルが何か言いたげにマァムを見た。2人を見て老人はかつかつと笑った。

    「仲が良くて何よりだね。2人で一緒に祈るといいよ。……お兄さんも、何か家族に伝えたい事があるだろう」

    突然水を向けられてきょとんとしたヒュンケルに、老人は煙管を口に戻して笑う。

    「そこの道を行くと広い場所があるから、そこから飛ばすといい。誰かが火をくれるよ」


    ***


    言われたとおりに道の突き当たりは広場になっていて、人々が空を見上げている。
    そこかしこでふわり、またひとつふわりと色とりどりのランタンが空に浮かぶ。

    「ランタン、飛ばしますか?」

    小さな蝋燭の乗った手燈を持った少年が走ってきて2人に尋ねる。
    広場に来た人々に火を渡すのは子どもの役目のようだった。役割を任されて少し誇らしげな顔にマァムがありがとう、と言って手燈を受け取ると、少年はぱっと顔を赤くしてはにかみ、金と赤の頭飾りの房を翻して他の子ども達のところへ駆けて戻っていった。

    「父さんに、届くのかな」

    「……どうだろうな。願えば、あるいは」

    空を見上げて呟くマァムにそうヒュンケルが答えて、そっと油紙でできたランタンを広げた。

    「試すしか無いわね」

    ふふ、とマァムが笑って芯に火を灯すと、ヒュンケルの手の中でランタンはふわふわと揺れて柔らかな光に満たされる。
    徐々に丸みを帯びて膨らむランタンを下から支えて、マァムはヒュンケルを見上げた。

    「もし、本当にお父さんに会えるなら……なんて言う?」

    「――そうだな……」

    ヒュンケルは微笑んでマァムを見つめる。
    光をいっぱいに溜めたランタンは浮力を得て空に浮く。そっと持ち上げて手を離すと、ゆらりと線を描いて星空へと昇っていった。
    海の向こうにはホルキア大陸が浮かぶ。

    「ーーまだ、会えない」
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