火を起こしてロモスから2日の距離、短い旅なので携行食はそれほど用意していない。
パンとチーズをかじって、道すがらに実をつけていた果物を最後につまむともうやる事も無くなった。
「このまま行けば多分明日のお昼には着けるわね」
地図を畳んで言うマァムが、足元についた汚れを払うのを見てヒュンケルが言う。
「水場があると良かったが。明日は宿に泊まれるといいな」
「いいの!久しぶりの野宿だし、ヒュンケルと一緒の旅って初めてだから……何だか楽しい」
「……オレもだ」
そうヒュンケルが言って、手に持っていた薪を焚き火にくべて手を払うと、横に腰を下ろした。薄いマントにふわりと包まれて引き寄せられる。ロモスの初秋の夜は暑くも寒くもないが、虫除けのために薄布は必要だった。
寝具がわりにも使うマントの布は布地は使い込まれた麻で、触れた頬に滑らかな肌触りを返してくる。焚き火と森と、嗅ぎ慣れた彼の匂いがふわりとした。
少しだけどきどきしてヒュンケルの顔を見上げると、「もう寝ておけ」と言われる。
「え」
「こうしていれば、何かあった時にすぐ分かる。見張りはオレがするから寝ていろ」
「……」
魔物とか野盗とかの対策だったらしい。
確かにこの状態ならすぐ気付くけど、そういう雰囲気かな、と思ったのが何だか恥ずかしい。
「なんだ」
ヒュンケルをまじまじと見つめる。
「……ラーハルトとエイミさんと旅してた時も、こうしてた?」
ヒュンケルの目が丸くなった後、いつもは強めの角度を描いている太い眉が少しだけ緩んでふ、と吹き出した拍子に身体が揺れた。たしかに動いたらすぐ分かる。
「……3人でか?どうだったかな」
「うそ、してない、でしょ?」
一応聞いてみただけなのにはぐらかされると確認してしまう。そんなことしないと思うけど。
「クロコダインと旅した時は、一緒に寝ていた」
「ええ!?」
「あいつの尻尾は枕にするとちょうどいい」
「尻尾」
不思議な図を想像してしまったけど、尻尾なら、分からなくもない。
びっくりした、と呟く横で、ヒュンケルが少しだけ眉を上げてまた僅かに微笑った。何となく揶揄われたな、と分かって口を尖らせてみたが特に何を言うでもなくヒュンケルは口元に笑みを浮かべたままだった。
――そうやっていつも子ども扱いするんだから。
「――……そうね、クロコダインの尻尾って見た目はごつごつしてるけど、触り心地がいいわよね。ひんやりしてるし、夏にはいいかも」
ヒュンケルの僅かに上がっていた口角がすうと真一文字に戻った。
「……触ったことが、あるのか」
「ベホイミ、触れないと効かないもの」
「…………」
「尻尾は抱き枕にしたらよく眠れそうね!私も今度お願いしてみようかな」
「……やめてくれ」
「……なんで?」
マントごとぐいと引き寄せられる。
「……お前にしか、こんな事はしない。オレが、こうしたかっただけだ」
耳元で囁かれて思わず肩が震えた。
「うん……」
抱きしめられたまま、顔を上げられない。心臓がうるさいくらいに鳴っている。
「……もう寝ろ」
「ん……おやすみなさい」
額に触れるだけのキスをされて、頬を撫でる手が耳元をくすぐって囁いた。
「……明日は宿が、取れると良いな」