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    suika

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    結婚後のヒュンマ

    #ヒュンマ
    hygmma
    ##星を抱く日

    朝の空気に小鳥が囀る。
    くるくると忙しなく羽ばたいては脚を休める場所を探す小鳥たちを見てマァムは微笑んだ。もう鳥が渡る季節だ。

    額に流れた汗を拭うと、布からは乾いた太陽の匂いがする。昇ってからそれほど経っていない朝日の光が低い位置から差し込んできて、マァムは思わず目を細めた。
    ふう、と息を吐いて顔を拭った布を畳んで横に置く。
    朝の清冽な空気を吸い込んで腹の奥から押し出すように吐き出すと、全身に力が行き渡っていった。それを何度か繰り返すと、冷たさで意識が静かに澄み渡っていくのを感じる。
    ふと、ざくざくと道の石を踏んで近づく足音に、羽ばたきの音を残して小鳥たちが飛び立った。

    マァムは閉じていた目を開けて、門から入ってきたヒュンケルに笑いかける。
    「お水、ありがとう」
    井戸から汲んできた水桶を持ったヒュンケルにそう言うと、ああ、と答えた彼はマァムの姿を眩しそうに眺めた。

    「まだやるのか?」

    「もう少し……型を確認したいから。お腹すいた?先に朝ご飯にする?」

    ヒュンケルは言っておかないとびっくりする時間まで食事を食べずに待っている事があるので、先回りして聞いてみる。料理をするのは順番にしているから、今日朝食を作るのは彼なのだが。
    いや、と首を振ってヒュンケルは続けた。

    「食事は終わってからにしよう。……マァム、手合わせしてみないか?」

    「え? 私と?」

    突然言われて首を傾げたマァムに、ヒュンケルは面白そうに言った。

    「別に、驚くことでもないだろう。オレも待っているだけでは退屈だ」

    ヒュンケルは剣を持てば今でも普通の人間よりはもちろん強いだろうが、それは過度の衝撃を受けないように身体を使う動きを修得したからだ。癒え切らない無数のひびが入った身体は、以前のように激しい戦闘に耐えうるものではない。

    「手合わせって……あなた旅してる時さんざん無理して怒られてたでしょう。ラーハルトとエイミさんから聞いたんだから」

    顔を合わせるたびに舌戦を展開している二人が、放っておくとすぐに前線に出ようとするから止めるのが大変だった、とその時ばかりは口を揃えて言うのがおかしかった。

    ――体が鈍ると言って聞かないんだ。ふらりと突然出て行くから何回首根を押さえたか分からん。何かあっても補助してもらえると思っているんだろうが、こちらの身にもなれ。

    そうラーハルトがぼやくのを聞いた時は、そんな子どもっぽいところもあるんだな、と意外に思ったけれど今思えばそれはヒュンケルが二人に甘えていたのではないかとマァムは思う。守り、サポートする立場ではなくて、横に立てる関係。ダイやポップや自分に見せるのとはまた違う顔。
    自分にもそういうところがあるからわかるけど、自分たちに見せていた顔は“後輩”たちの前では年上らしく振舞わなければという気負いがあった結果だと思うと、ちょっと可愛い。本人には、言わないけど。

    「……昔のことだ。忘れたな」

    「そんなに前じゃないでしょう。怪我したら、どうするの」

    軽くいなして型の確認を始めようと息を深く吸い込むと、その横でヒュンケルが首をすくめて水桶を持ち直した。

    「残念だ。まあ、お前には負けないと思うが」

    「……ちょっと」

    聞き捨てならない。
    マァムは構えを解いた手を腰に当ててくるりと振り向き、つんと顎をを上げてヒュンケルを軽く睨みつけた。

    「私のこと誰だと思ってるの? もうそんなに簡単にやられないわよ」

    「どうかな、試してみようか」

    どうやら手合わせしたいというのは本気らしい。悪戯をする前の子どものような表情にマァムは「もう」と溜息をついて、それから少し考えた。
    たしかに出会った時はレベルが段違いだったし、全く歯が立たなかった。でも、あれから数年。自分だってダイの捜索の旅で色々な――本当に色々な経験を積んできたし、魔物討伐も数知れず引き受けてきた。
    素早さと手数の多さでは確実に自分の方が上だ。武装もしていない今、力の勝負にならないなら勝てる可能性は十分にある。

    「…………じゃあ、組手ならいいわよ。でも接触はなしね」

    練習でも自分の拳を受けたら彼の身体は大変なことになる。マァムが釘を刺すと、彼は「勿論」と頷いて水桶を置いた。とぷりと音を立てて満たされた水が跳ねる。

    「本格的に動くのは久しぶりだ」

    ヒュンケルが腕を伸ばして体を慣らすのに、マァムも足元の地面をじゃり、とならして向き直る。

    「お城で練兵指導してるじゃない」

    「指導だからな。兵の数も多いし、オレが動くことはほとんどない」

    「毎日素振りもしてるでしょ?」

    「相手がいるわけじゃない」

    確かに、対人の練習と型を習う練習では、得られるものは全く違うのだ。マァムはすうと深呼吸をする。

    距離をとって向かい合う。構えの姿勢を取ると、ヒュンケルが腰を軽く落として息を吸って、止めた。

    何処かからまたにぎやかに鳥の囀りが聞こえてきた。さっき飛んでいった小鳥たちの群れだろうか。ぴちぴち、ぴりりと鳴き声が木々の緑の中で響き合う。やがて群れがぴい、と大きな合唱をして木から一斉に飛び立った。

    ――地面を蹴ると、足元の砂が固い音を立てて舞う。

    間合いに入るとヒュンケルが短く呼気を吐いて目を見開いた。

    「はあああっ‼︎」

    連続して上半身に拳を叩き込む。五発は連続して入れたが全て腕で防がれた。
    腰に溜められていた拳が的確に腹の位置を狙ってきて、身体を捻って打撃を避ける。
    捻った動きのまま、逆側から回転の勢いをつけて足技を叩き込む――が、それはしかし軽く後方に跳んで躱された。

    「――っ」

    距離をとったヒュンケルが僅かに口の端をあげるのを見つめてマァムは構えを直す。足蹴りが決まると思って寸止めしようとどこかで動きを一瞬緩めた。それさえなければ一発入っていたはずなのに。
    スピードを加減しながら勝つ方法を、考えないと。

    「……」

    じり、と踵から体重を移動しながら力を込める。すう、と長く吐いて吸う、武道特有の呼吸。
    相手はまた僅かに腰を落とした体勢でこちらを伺っている。隙は、ない。
    ――なら、作るしかない。

    ヒュンケルのほうが手足の大きさ分ほどリーチが長い。だが基本的には一手一手に重量を込める戦法だから、その一撃を避けさえすれば、少しだけ隙ができるはずだ。

    「……はっ‼︎」

    間合いを一気に詰めて右手から拳撃を入れる。
    ――防がれる。予想通り。
    下半身を捻ったのを見て間合いを取った瞬間、上段の高い位置にぶんと音を立てて蹴りが飛んでくる。

    「っ‼︎」

    屈む動きでそれを避けると、髪を結った青いリボンが身体の軌跡を正確になぞって空を舞い、その端だけが空を切った足にぴしりと当たって弾かれた。
    地面を強く踏み抜いて立ち上がりざまに顎を狙ったマァムの拳は寸前で避けられたが。
    懐に、入れた。

    「……っ」

    彼の驚いた顔が目に入る。
    その位置から膝蹴りを叩き込むと、ヒュンケルがそれを腕で防いで体勢を一瞬崩した。

    「そこ!」

    ぱん、と空気を切り裂く音がして、こめかみの真横で止まった爪先にヒュンケルが動きを止めた。風圧で薙いだ銀色の房が張り詰めた空気の中、光を弾いてはらりと元の位置に戻っていく。
    ――決まった。
    そう思ったその瞬間、止めた爪先の後ろ、その丁度彼の顔に隠れた位置に、手があった。

    「――あ‼︎」

    足首を強く掴まれて体勢を崩される。ぐらりと角度を変えた視界を体幹で支えて軸足で地面を蹴った。

    ヒュンケルの顔の前をぶんと音を立てて蹴りが横切り、その避ける瞬間に掴まれた足が解放された。空に浮いたマァムの身体はそのまま落ちていく。
    受け身を取るその胴の下に素早く腕が差し入れられて、土の上に落ちる前にふわりと抱きとめられた。

    「……掴むのは、反則!」

    目の前で止められた拳に、眉の一つも動かさないままヒュンケルが言う。

    「顔に正拳突きとは随分だな」

    「……瞬きもしないで、よく言うわ」

    ふっ、とどちらからともなく吹き出すと、今の瞬間までの張り詰めた空気はどこかへ消え去っていった。

    「接触はなしって、言ったでしょ。危ないじゃない」

    ふわりと降ろされたマァムがそう言ってヒュンケルを軽く睨むと、ヒュンケルが微笑む。

    「反則だったな。――お前の勝ちだ」

    「――」

    ぱん、とマァムは膝の土を払った。
    最後の蹴りが決まった瞬間に勝負はついた、と思った。しかしもし先程の戦いが実戦だったら、足を掴まれた時点で負けることにはならずとも、かなり不利な状況に追い込まれただろう。
    それは言われなくとも分かっただけに、悔しい。

    「まだオレの方が経験が上だ。――越えなくて、いい」

    その静かな、穏やかな声にマァムは顔をあげる。
    見上げたヒュンケルの瞳に過るもの。過去の幾多の“戦い”の記憶。――それに気づいて、マァムは静かに頷いた。

    「……そうね」

    今の、平和な時代は永遠には続かないだろう。
    自分たちは、いつか来るだろうその時のために自らを鍛え、人に教える。
    だが、その時が――この力を奮わなければならない時が――来なければ良いと、本当は、思う。

    「……でも次は、負けないから! お腹空いちゃった!ご飯、作ってね」

    にこりと笑うマァムを眩しそうに見つめて、ヒュンケルは「ああ」と頷いた。

    「卵がある。何にする?」

    先程までの気迫はどこへやらで、手を取り合って家へと歩く二人の上で小鳥達がばさばさと飛び立つ。
    群れはくるくると高く舞った後、形を変えてまっすぐに、北の空へと飛んでいった。

    ぴい、と空から渡り鳥たちの声が響く、そんな朝のこと。
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