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    suika

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    suika

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    #ダイラー
    dealer
    #バラソア
    barassoa

    火の粉視界に光が弾ける。

    「──っ」

     目を見開くと、暗闇の中にちりちりと赤い炎が揺れる。視界の端で火にくべた薪がばち、と爆ぜる音を立てて崩れていった。

     霞む焦点を無理矢理合わせると、炎の向こうに座るヒュンケルが、「起きたのか」とこちらを見た。深紺の空には、まだ鈍い白色を溶かした月が浮かんでいる。日が変わった後に見張りを交代してからどれほど経っただろうか。

     わずかに早くなった鼓動を、悟られぬよう深く息を吐いて鎮めた。

    「夜明けまでしばらくあるぞ。寝ておいたほうがいい」

    「……いや、十分、休んだ」

     手に滲む汗を握り込んで、水を汲んでくる、と言い置いて焚火を離れる。
     疎らに立ち並ぶ木々の中を歩くと、夜の冷気がマントの隙間から忍び込んでくる。足元の草が溜めた夜露がブーツの皮の表面を弾いて滑り落ちていった。

     野営場所から程ないところにあるのは、川というほどには足りないほどのせせらぎだった。深い川とは違い魔物が潜む心配もない。微かな水音を聴きながら、浮かぶ月を映してちらちらと揺れ動く水面のほとりに膝をつく。
     浅瀬に手を浸すと、気分が良いというには冷たすぎたが、かまわずその流れを汲み上げて顔を洗う。何度か繰り返すうちに指先が痺れ始めたのに気づき、夢の気配の残りを水と一緒に振り払った。

     ***

    「貰っていいか」

     水を汲んできた入れ物から直接器で掬おうとするヒュンケルをラーハルトは止めた。

    「そのまま飲むな。沸かすから待て」

     座りなおすヒュンケルの器を取り上げて、荷物に下げて乾燥させていた茶葉を砕く。それを火にかけた水へ落とすと、乾いた葉はゆるりと回転して、元の形へと膨らんでいった。ヒュンケルは興味深そうにくるくると水の中で回る葉を見つめる。

    「それは、何の効果がある葉なんだ?」

    「香りが良い」

    「……それが、効果か?」

    「薬草じゃないんだ。すぐに目に見える効果などない」

     ならばなぜ、と首を傾げそうな様子を見せるヒュンケルに、子どもに言い聞かせるように一節一節切りながらラーハルトは言った。

    「煮立たせると、水に当たる確率が下がる。体が温まれば、体力を温存できる。香りが良いと、単純に、気分が良くなる。それが、効果といえば効果だな」

    「……そういうものか」

     どことなく腑に落ちないと言った顔で呟くヒュンケルに、そういうものだ、と鸚鵡返ししてやる。
     投げ込まれた新しい薪を抱え込んだ炎は強さを取り戻し、鍋はあっという間に沸きたって中の茶葉を踊らせた。鍋から器の縁で葉をよけて中身だけを注ぐと、とぽとぽと柔らかい音が木々の中へ消えていく。
     器の中にできた水面も、また静かに月を映し出していた。

    「オレは人の世界のことはよく知らん。お前の方がよほど詳しいな」

    「……せいぜい学んでおくことだ」

     言いながら、そうか、これは人間の慣習だったか、と思い至る。
     そうしよう、と笑みを浮かべるヒュンケルに、ラーハルトはこの友が断片的にぽつぽつと話した過去の話を思い出した。

     ──人間の間にいたのはあの師匠とやらについていた短い間だけ、と言っていたか。都度都度変なところで常識と思える知識が欠けているのはそのせいか。

     器をわたすとヒュンケルは鼻先でその香りを嗅いで、また小さく微笑んだ。
     夜露が湿らせた木々の香りが周りを包む。ラーハルトも焚き火の向かい側に座り、しばらく黙ったまま二人で器の中身を傾けた。
     獣の遠吠えが森の向こうから微かに響く。

    「……狼か」

    「竜がいる。近づいてはこないさ」

     風が吹いて焚火の炎に勢いをつけていく。巻き上がる煙の行先を目で追って、ラーハルトは星の粒が一面に撒かれた空を見上げた。
     夢の中で弾けた光を思い出す。あの全てを包みこむような圧倒的な光。
     再び生を受けて、やっとその側に辿り着いたそのすぐ後に、主は閃光の中へと消えていった。

    「あいつも……ダイも、人の世界は知らない事が多いと言っていたな」

    「……。藪から棒に、なんだ」

     夢の気配が読まれたわけでもないだろうに唐突に想っていた主人の話をされて、一瞬の間を取り繕うようになんとか答える。ヒュンケルは気にしていないのか気づいていないのか、そのまま言葉を続けた。

    「ダイは……いつも真っ直ぐな眼をして話をする。元来の気質もあるのだろうが、ブラス老の注いだ愛情の深さが良くわかる。闘いの外でのあいつは、年相応の……子どもだったよ」

     話すヒュンケルの瞳に柔らかな焚き火の赤黄色が映る。炎を見つめながらヒュンケルはあのテランの夜のことを思い出していた。

    『ちぇ──っ、もし おれにそんな力があったら みんなを死なせずにすむと思ったのにな……』

     無邪気な喋り方と言葉の不均衡さに、ヒュンケルとクロコダインはその時思わず息を呑んだ。
     そっかぁー、と子どもらしいため息をつきながら勢いよくシーツに寝転がるダイの背は、いっぱいに伸ばしても簡素な作りの寝台の端までまだ遠い。それなのに、その小さな背丈に背負っているものの重さは途方もなかった。

     ──あの時、まだ取り戻してやれる、と思ったのだ。

    「……誰よりも、周りのものが死んでしまうことを恐れていたよ」

     手に包む器を見るともなく眺めるヒュンケルの手の中から、香気を含んだ湯気が夜気の中へと白く現れてはまた溶けていった。

    「……ダイには、あいつには、父親を返してやりたかったんだ。……でも、上手くいかなかった」

     共に旅立つ前に、魔導士とヒュンケルからバラン様の最期を聞いた。──あの方を、護って逝かれたのだと。
     目を伏せたヒュンケルにラーハルトは肩をすくめた。

    「……また得意の後悔でもしているのか」

     空になった器を横に置く。川の水に熱を奪われた指先は、もう温かさを取り戻していた。

    「ダイ様とは、あの短い時間お会いしただけだ。だが、そんなところで立ち止まってはおられなかった。……オレも立ち止まる気などないぞ。バラン様が……我々に、立ち上がるように望まれたのだから」

     ヒュンケルの器を握る指に僅かに力がこもったのを炎の奥に見つめる。

    「……そうだな。ダイは、強い。闘いの能力だけではなく……その精神が。だが、子どもだったあいつのことも、誰かが覚えていなければならないと思うんだ」

    「ならばお前が覚えていればいい。……兄、なんだろう」

     ラーハルトが炎から目をあげるとヒュンケルがふうと表情を緩めて、次いで口の片端だけを上げるのが見えた。

    「……お前も」

    「部下だ。兄など……恐れ多い」

    「頑固だな、お前は」

     炎の橙色がぱちぱちと音をたてて、笑うヒュンケルの瞳に映る。熱を与えて照らす光。自分たちの探す、地上の太陽の色。

    「──ダイにも教えてやってくれ。あいつは、人の中で生きるべきだから」

     その色を見つめながらラーハルトは静かに返す。


     
    「……無論だ。ダイ様が、そう望まれるなら」




    ***




     水桶から直接掬って水を飲む姿を見て、彼女は床から身体を起こした。

    「お茶を淹れるわ」

    「身体が……無理をするな。今日も辛そうにしていた」

    「少しずつ動かないと。大丈夫よ、無理はしないから。私が飲みたいの」

     そうする、と決めたら梃子でも動かない女性だ。小さな小屋は暖炉の火があっても端々から吹き込む隙間風で冷え込んでいて、せめて寒さ避けの布を肩にかけてやると小さくありがとう、と微笑んだ。
     小さなランプの灯りに照らされた毛布の上から、まだ大きくはない膨らみに手を置いて彼女は呟く。

    「この子にも。無事に生まれて……少し大きくなったら、お茶を煮出してあげましょう。生水はこの子は飲めないの。人間は弱いから。――そうやって少しの工夫で命を守っていくのよ」

     ふむ、と小さく頷くと飲み込めていない様子を感じ取ったのか、彼女は小さい子どもに教えるように一言一言を区切りながら歌うように言った。

    「湯冷しでもいいけれど……温かいほうが、香りがいい方が、嬉しくなるでしょう?」

    「……そうかもしれないな」

     戦いにばかり明け暮れてきた身。口に入れるものにあまり些細な違いを感じたことはない。だが、微笑んだ彼女の唇から旋律のようにこぼれる言葉には、確かにそうだと思わせる温かさがあった。

    「起きていいかしら? 一緒に、お茶を飲みたいわ」

     まだ少し青白い顔で微笑む彼女に、それなら、とそっと毛布をかけなおして立ち上がる。

    「座っていてくれ。オレがやろう。……だが――よく知らないんだ。やり方を、教えてくれないか? ソアラ」




    「――もちろんよ。バラン」



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