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    suika

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    suika

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    ホルキンス弟と会った時の話。ちゃんと墓を作ってあげたと思います。
    ※暗いです!

    ##星を抱く日

    埋葬 風の音だけがする廃墟に、土を穿つ音がこだまする。

     焼け落ちた住宅の瓦礫の横に落ちていた鍬の刃には、青黒い血がこびりついていた。魔物の襲撃に抵抗した痕だろう。砂で清めてからそれを見晴らしの良い、高台の土に打ち付ける。何度も。何度も。
     虚空を睨む動かない瞳。その瞼を下ろしてやると、微かに開いた口のせいかどこか幼いような印象さえ受けた。騎士団長だったと言うが、まだ若い。自分とそれほど歳は変わらないのかもしれない。
     優れた戦士だったというのは持ち上げた体躯からも分かった。重く強張って動かない彼の屍を、棺もない簡素な土の穴に納める。
     最後に手を組ませてやり、どうすべきか迷ってから、目を瞑り黙礼をした。本当は祈るべきなのだろう。
     
     ――だが、自分は神に祈る言葉など、持ち合わせていない。
     
     強く吹く風が横に積まれた土と砂を巻き上げて、戦士の亡骸をうっすらと包んでいく。
     風に巻き上げられた細かい無数の砂粒がヒュンケルの頬を打った。幾粒も、幾粒も。


     その騎士の弟だという男は、意識を失いかけていたが先程水と砕いた薬草を含ませて少し回復したようだった。崩れ落ちた岩垣にもたれかかる男に声をかける。
     足を引き摺る男に手を貸してやる。土の棺に横たわる騎士の横に跪き、男が何事か祈りの言葉を低く謳うように呟いた。彼の勇敢な生を讃え、死の世界へと送り出す、別れの言葉を。
     滔々と、流れるように連なる言葉が途中で引き攣れて、ぐしゃりと、潰れた。
      
    「――に……、兄さん……っ」

     ごう、と風が吹く。砂塵の舞う丘に、慟哭が響いた。
     ヒュンケルが場を外そうとすると、男がそれを震える声で呼び止める。
    「……もう、いいんだ。ありがとう。……すまない。埋めてやって、くれないか」
     
     一際強い風が、二人の騎士とヒュンケルの間を吹き抜けていった。
     
     ***
     
     仲間と落ち合うことになっている場所があるという男を背負い、廃墟の外の森へと歩いた。
    「この奥だ……誰か……生きていれば」
     森を分け入っていくと、剣を構えた男たちが木々の合間から数人現れた。傷のついたそれぞれの鎧には、カール王国の紋章。
     先頭に立ち誰何した男は、ヒュンケルが背に背負った男を見ると刃を下ろし駆け寄ってくる。
    「お前……無事だったのか!」
    「っ、だ、団長は。ホルキンス団長は⁉︎」
     急きこんで尋ねる男に背中の彼が静かに首を振る。
     問うた男は絶句して、一拍置いて後ろの者たちから悲鳴のような慟哭が、溢れた。
    「このひとが、埋葬してくれた」
     駆け寄ってくる男たちの肩へ、背から降ろした彼の腕を回してやる。
    「左脛が折れている。添木はしたが、応急処置だ。診てやってくれ」
    「ありがとう。こいつを助けてくれて……」
     ヒュンケルは小さく頷いて踵を返した。
    「オレは行く。無事に仲間に会えて何よりだ」
     
    「待ってくれ! 名を……貴方の名を、聞かせてくれないか」

     ごう、と、木々の間を風が吹き抜けた。あの廃墟から、吹く風が。

    「……ヒュンケルだ」

    「ヒュンケル……ありがとう、本当にありがとう。旅の途中なのか?」
    「ああ……先を急いでいる」
    「そうか……。今、こんな有様だから……何もできないが。なあ、用が済んだら、またここを訪ねてくれないか。団長を……弔ってくれた礼がしたいんだ」
     踏み出した足を止めて、ヒュンケルは顔を上げた。
    「……オレは、魔王軍を倒すため旅をしている」
     男は一瞬、紡ぎかけた言葉を止めた。たおす、と口の中でつぶやいた男の身体が、ややあってからおこりのように、震えた。
    「……何を……馬鹿な! 我々の国を見ただろう! あんたも手練れかもしれないが、一人の力で……なんとかなるような相手じゃない!」
     叫ぶ男の目には絶望が浮かんでいた。赤と青の血に斑らに汚れた鎧、壊れた肩当て。そこから下がる彼の腕は動いていない。
    「一人ではない。……仲間がいる」
    「仲間? 仲間だって? 騎士団が、我々騎士団が何十人いたと思っているんだ。我が城塞王国カールが、一国をもってしても、歯が立たなかったんだぞ!」
     そう叫ぶその男の瞳を塗りつぶしているものは、故郷を破壊され、大切な者を殺された者たちの哀しみと怒り。なによりも、圧倒的な力による破壊に心を折られたものの、絶望。

    「……それでも、行かねばならないんだ。だが……オレがもし生き残ったら、必ずここを訪ねよう」

     自らの素性を、罪を明かしてこの身を今彼らに渡してやれば、彼らの怒りと絶望は今ひととき晴れるのかもしれない。
     だが、仲間たちに与えられたこの新しい命を、今ここで投げ打つわけにはいかない。

     償いは戦いでしか果たせない。

    「どうか、希望を捨てないで……生きてくれ」
     何もかもが終わって、それでもまだ自分が生きていたら。
     
     全てを伝えて、裁きを受けよう。
     
     それまでは、どうか。
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