返事 マァムに贈るホリデーのプレゼントを選びたい、といってヒュンケルの入った店に、ラーハルトは一言言わずにはいられなかった。
「……何を贈るつもりだか知らんが、ここでいいと思っているのか?」
ここは防具屋。武器とか防具とかの店に入る時点で贈り物を選ぶのに何かが大きく間違っている気がする。
「うむ……毎年オレも悩むのだが。武器ではないだろうし……」
「……贈るのに武器は適さないという感覚はあって安心した」
「そうだな。転職しない限りは必要あるまい」
「……」
そこか? 装備できる武器があるなら候補に上がるのか? どういう意図でどういう顔でホリデーに武器を贈るんだ?
自らの主人が同じイベントで仲間に武器を贈っていたことは横に置いて、ラーハルトは心の中で素早くつっこむ。
しかし経験上、この場合一言余計に言うと被弾するのはこちらなので沈黙を貫いた。絶対に攻撃の当たらない男を自負しているラーハルトは賢明であった。とにかく深入りしてはいけない。
ラーハルトは思う。共に旅を始めたとき結構早めに気づいたが、本質的にこの友は天然だ。
とは言っても曲がりなりにも魔王軍で幹部までつとめていた男だ。頭が悪いわけではなく、むしろ回転は非常に速い。時折素直と言うか子どものような反応を返してくるのは人間界の知識があまりないことも一因ではあるが、本人の性質なのだろう。ふだんはその反応も含めて話していて心地よいと思うことの方が多いのだ。が。
ことあの武闘家の女のことになるとあまりにも常識が通用しなさすぎるのだ。とにかく距離感がおかしい。全員に対してそうである訳でもなく、見ている限り他の人間に対してはごく適切な距離を測れるようだった。少なくとも会うたびに手を握って見つめあって微笑みあったりしていない。あの武闘家以外には。
本当に、何なんだ。
冬になればあの女から贈られた手袋をつけ、旅先で天使像を見かければそれを見つめてちいさく微笑んだりしている。あれはおそらくあの女のことを重ねているのだろう。別に何を思おうが勝手なので特に何も言わないが、あの女に対しての感情が大きすぎるのではないか。人生を変えた女なら仕方がないのか? それ、お前あの女が誰かと付き合ったり結婚したらどうするんだ? もう面倒くさいからお前ら付き合ったらいいのではないか?
そうラーハルトはつらつらと考えて、無益だ、と判断してやめた。その前でヒュンケルは店に並んだアイテムをふむ、と頷いたりしながら一つずつ見ている。
「あまり邪魔にならないものがいいと思うが……」
ヒュンケルが手に取ったのは淡く光る銀の金地に女神像が掘り込まれた、指輪。
目を剥いたラーハルトの前でその指輪を光に翳してみる友に、ラーハルトはこいつはどこまでどう分かっているのか、と判断しかねてしばし沈黙した。
邪魔にならないと言ったか? その視点でそれを選択しているのか? 指輪はまずいだろう。意味がありすぎる。あとお前、天使とか女神好きだな、本当に。そもそも特に恋仲でもない相手に装飾品を贈るのはどうなんだ? いや、そもそもといえばそもそも。毎年ホリデーにプレゼントを交換する約束を交わしているというのはどういうことだ? 何年それを二人でやっているんだ? もはやそれは付き合っているとか通り越して、家族では?
「おい」
「なんだ」
「お前、装飾品を贈る意味を分かっているか?」
「意味」
指輪を手に持ったままきょとんとした顔のヒュンケルに、ラーハルトは頭が痛くなった。気がしたが振り払って教えてやった。
「やめておけ。装飾品を贈りあうのは一般的には恋仲同士がやることだ」
「……⁉︎ しかし……アバンはこのしるしを……オレたち全員に……」
首から下げたアバンのしるしとやらをちゃりんと引き出して驚愕の表情をするヒュンケルにラーハルトは素早く叫んだ。
「違う!」
「……驚いたぞ。全てがそう言う意味ではないのだな」
「ええい。面倒臭い。二人でやるとそういう意味だ」
人生の大半を魔王軍で過ごしてきたのだ。ラーハルトだって別に人間の恋愛の機微に詳しい訳でもなければはっきり言って興味もない。なぜそんな説明をしてやらねばならぬのか。
ラーハルトのそんな心中を知ってか知らずかヒュンケルはむ、とひとつ考え込むような様子を見せた。
「とくに指輪を贈るのは求婚の意味だぞ。そのつもりがないならやめておけ」
「……なん、だと」
「うっかり誤解されぬように覚えておくがいい」
ラーハルトがそう言うとヒュンケルが珍しく驚いた表情を浮かべていて、元々白い顔がさあと白く蒼白になっていって次に赤くなった。あまり見たことのない顔色と表情を訝しんだラーハルトの前でヒュンケルは懐を探り始めた。
「……おい、どうした」
「オレは……。とてつもない、過ちを」
「……」
その過去の罪がとかなんだとか、言わなくなったと思ったがまだ残っていたのか。どう言ってやったものかと考えて口を開きかけたラーハルトの前でヒュンケルが懐から取り出したのは、淡い紅色の石が一粒だけ嵌め込まれた指輪。
「去年……これをマァムがオレにと。贈ってくれた……」
「は?」
――お前がもらってるんかい。
ラーハルトの開きかけた口は閉じることがなかった。
付き合ってもいないのに、指輪、贈るか?そういえばあの女も恋愛の機微にはたいそう鈍そうだった。いや、機微とかいうレベルはもう超えているだろう。女から男へだから意味合いが違うのか? しかし。普通。贈らないだろう!
「そういう意味……だったのか? 理解していなかった。ただの贈り物だと……オレは、なんという……ッ」
白と赤の顔色を行き来させて戦慄くヒュンケルをラーハルトは生温かい目で見つめた。
違うと思う。ヒュンケルが手に持っているのはたぶんあれだ、歩くとHPが少しずつ回復する指輪だ。おそらくヒュンケルの体を心配して贈ったのだろう。求婚の意図ではない。意図ではないとは思うが、もうどうでも良くなってきた。付き合いきれん。
「去年だと? 一年間……待たせすぎたのではないか? 遅きに失したが、過ちは取り返せるはずだ。今からでも遅くはない。お前の返事を贈ることだな……」
ラーハルトは適当なことを言うことにした。
はっとした顔をして次に力強く「ああ!」と頷いた友が指輪を持って店番のところへ走るのを、ラーハルトは虚無を湛えた瞳で眺める。もうこれで、誤解にしろなんにせよ決着がつくだろう。この展開に付き合わされることもあるまい。
結婚しろ。さっさと。