香水「新しい香り、付けてみたの。どう?」
「うーん……」
長椅子に座るダイの横に座って自信満々の笑顔で顔を近づけるレオナに、いい匂いだと思うけどちょっと強い気がするな、とダイは率直に思ったが、それをすぐに口にしない分昔よりも少し成長していた。
こういう時はどう言うのがいいかなあ。ちょっと考えてから自分の素直な気持ちを口にしてみた。
「おれ、レオナのいつもの匂いが好きなんだけど……」
レオナが頰を少しだけ膨らませた後、うーん、としかめ面をしたまま鷹揚に頷いた。
「ぎりぎり、合格」
「合格ってなんだよ」
そう言うとダイとレオナは同時にぷっと吹き出した。鼻をくっつけてくすくすと二人で笑う。
「あんまり好きじゃなかったかぁ。そんな気はしてたけど……」
くっつけていた顔を少し離してレオナのさらさらと流れる金茶色の髪を指先でかきあげると、ふわりとその胸元と首筋から香りが立った。
「これ、香水っていうやつ?」
「そう。最近街で流行ってるの。好きな人を虜にする香りって有名なのよ」
「とりこ……」
捕まえられた人、みたいな意味だったよな、とダイは言葉の意味を朧げな知識から探った。この場合、おれが捕まえられるってことかな。なんだかすごい効果だな。
「またこっそりお城、抜け出したんだろ。アポロさんに怒られるよ」
「いいじゃない。たまにしかない息抜きなんだから」
「たまにかなあ。この間も何か買ってきてなかった?」
こないだ見せてもらった新しいドレスだろ、貴重書って言ってたなんだか古めかしい本と、あとなんだっけ、むずかしい名前のお菓子と……と最近披露された数々の品をダイが指折り数えると、レオナはぷいと横を向いてしまった。
「ほんとは毎日行きたいの、我慢してるんだから」
毎日は多すぎだよ、と笑ってそっぽを向いたレオナの顎を捉えて自分の方を向かせる。こちらを向いたレオナの首筋から、花と果物と、あとそれとは違うもっと甘い匂いがする。何の匂いだろう。頭の奥が鈍く重くなって、でもふわふわするような、甘い香り。
どこかで嗅いだことがある気がするんだけど。
くんくん、と香りに導かれるままに首筋に鼻を寄せて考えているとレオナの手が伸びてきて頭ごとぐいと遠ざけられた。ちょっと顔が赤い。
「ちょっとダイくん。嗅ぎ過ぎ……」
「あ、ごめん」
顔をあげたところで、そうだ、春の魔物たちがさせてる匂いにちょっとだけ似てるんだ、とダイは思い至った。が、同時にこれは絶対に言ったらまずいということは分かったので飲み込んだ。どんなにぴったりだと思っても、とにかく魔物に例えたらいけないのだ。
なんでなのかは未だによく分からないけど。
「流行ってるってことはさ、街に行ったらおんなじ匂いの人がいっぱいいるってこと?」
「まあ、そうかもね」
お店ものすごく混んでたし、マァムとメルルにもあげたし、とレオナが言う。
「マァムとメルルも? じゃあみんな、同じ匂いになってるの?」
「うん」
ダイは考える。みんなから揃って同じ匂いがするなんて、なんか変な感じがするけどな。
「付けなくて、いいよ。こんなのなくても、おれはレオナの……えっと、何だっけ」
うーん、と眉を顰めて考えた。さっき聞いたのにすぐ忘れちゃうな。ふだん使わない言葉は難しい。ああ、そうだ、思い出した。
「――おれはレオナの、虜だよ」
「――……っ」
長い睫毛がばちばちと瞬いて、レオナのほっぺたが真っ赤になった。良かった、伝わったみたい。
「じゃあ、もうつけない……」
口の中で小さく言うレオナに笑って、じゃあさ、とダイは言いたかったことを提案してみた。
「おれまだ風呂、入ってないから。一緒に入ろう? 洗ってあげる」
「えっ」
あわあわするレオナを抱き上げるとちょっとばたばたしてたので心配になって尋ねてみる、
「嫌?」
「い、嫌じゃないけど!」
「じゃあ、一緒にいこっか」
にっこり笑うとレオナが「そんなの反則……」と小さい声でつぶやいた。
あと、ごめんね、嘘ついたんだ。
レオナの匂いが好きって言ったけど、本当は違う。
おれの匂いでいっぱいになってるレオナが一番、好きなんだよね。
だから、違う匂いがついてるのとか、嫌なんだ。