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    kingraki

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    kingraki

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    朝→→→→→→さに

    雨の日の執務室
    お題は偏頭痛と口付け

    雨の日雨音がうるさい朝だった。

    本丸の屋根を叩く粒のひとつひとつが、やけに主張激しく喚いている。
    雨脚が強まるたび、空気が重たくなる。

    気圧の変化は、君にとって天敵だ。
    特にこうして梅雨入り前のじっとりと湿った雨は、頭痛を呼び起こしやすい。

    朝の報告書に目を通しながら、君が低く呻く声がした。

    「ぃぃぃ……ゔゔー……」

    まるで呪詛でも吐くような唸りだったが、知っている。
    この声は偏頭痛が酷くなっている時の声。

    案の定、見ていると堪らず机に伏せるその顔からみるみる色が失せていく。
    額に浮かぶ冷や汗。手足の力の抜け方。眉間の深い皺。

    気遣いのつもりなのだろう。
    君は耐えきれない呻き声以上の音を出さない。
    それが余計に、堪えていることを露わにする。

    代わりに、僕が筆を取る。
    報告書の整理、外部文書の返送準備、部隊運用の陳情と見直し──それらを片付ける僕の横で、君は机に突っ伏し、痛みを耐えていた。

    筆が紙の上を滑る音が部屋に満ちていく。
    硯の音、紙の擦れる音、雨の音。
    静かすぎるほど、静かな時間だった。

    その時、不意に──

    「……っ」

    服の袖口を、くい、と引かれた。

    動きを止めて、視線を向ける。
    机に突っ伏したままの君が、顔をこてりとこちらへ向けていた。

    目元が赤く潤んでいる。痛みによる涙か、単に寝不足か。そのどちらもか。

    涙目でこちらを見上げるその表情には、苦痛と──申し訳なさが滲んでいた。

    ……どうして、そうなる。
    君は、悪くない。

    誰にでも体調の波はある。人間の、それも女性なら尚更。
    ましてや本丸は、霊的な影響も受けやすい。
    それでも尚、こうして隣で仕事を続けようとするその姿勢の、どこにそんな顔をする必要がある?

    黙って、君の頭へ手を伸ばした。
    驚かせないように、少しゆっくりと。
    額から頭頂部へと撫でてやる。

    汗で少し湿った髪に指が沈む。
    少し冷えた額に、自分の指がそっと触れた。
    君はされるがまま、じっとしていた。

    そして──ほんの少し、眉間のシワが緩み、目を細めた。
    心地よさそうに。安心するかのように。

    その瞬間、胸の奥がじんと熱を帯びた。

    可愛い、と思ってしまった。愛らしいと。
    痛みで眉をしかめながらも、されるがまま頭を撫でられ、さして抵抗もせず、猫のように目を細める君を。

    これは、まずい。
    これ以上、この気持ちを甘やかしてしまえば、境界が崩れる。

    “主”と“近侍”の関係。
    守るべきはその距離感。
    そのはずだった。なのに──

    (……頼られている)

    (縋られている)

    そう思った瞬間、心が跳ねた。
    嬉しかった。
    とてつもなく、嬉しかった。


    ああ、君は僕を頼ってくれている。
    弱さを見せてくれている。
    僕の袖を引き、僕の手に触れて、僕に甘えてくれている。

    たとえ、無意識だとしても。

    このまま、抱きしめて甘やかしたいと思った。
    いや、頭では分かっている。
    ここで一線を越えれば、きっと君の信頼を傷つける。

    けれど……
    もし、抱きしめたら、君は僕の腕の中で安寧に浸り、眠ってくれるだろうか。
    そう心のどこかで思ってしまった。

    体調が戻るまででいい。誰にも見せずに腕の中に閉じ込めておけたら。──そんなことを、ほんの一瞬、考える。


    ……だめだ。
    君は僕の“主”だ。
    守るべき存在であり、手折るべきではない。

    …どうして、こんなにも“僕のもの”のように思えてしまうのか。

    いや…そう思いたいのだ。


    「──少し、眠るといい」

    低く囁くように言うと、君は小さく頷いて目を閉じた。
    拒まれなかったことで、またひとつ、僕の中の何かが膨らんでいく。

    指を止めると、名残惜しげに君が顔をすり寄せた。
    額が、僕の手に触れたまま、規則正しい呼吸が聞こえてくる。

     ……駄目だ。
     それは、反則だよ。

    その仕草一つで、僕はまた今日一日、君のために命を懸けられる。


    君は知らない。
    君に触れるたびに、僕の中で“所有”の欲が育っていることを。

    独占欲。支配欲。愛情の皮を被った、凶暴な執着。

    君の髪に指を通した、この数秒の感触を刻み込むかのように目を閉じる。
    他の誰にも触れさせたくないという願いを込めて掬った髪に一つ口付けを贈る。


    (この感情は恋と呼ぶには少々粘度が高いかもしれないが……おそらくは)


    雨は止まない。
    けれど、少しだけ雨音が遠ざかる。

    机に伏せる主の呼吸も穏やかに繰り返されている。
    手に持つ筆は止めない。
    君が眠っている間に、できるすべてを片付けてしまおう。

    それが、今僕にできる唯一の“誠意”だから。

     

    「僕の掌の中でだけ、無防備であってくれたまえ。」

    そう小さくこぼして次の書類に手を伸ばす。

    赤く染まった主の耳を見逃してしまう程には、この二人の時間に浮かれてしまっていた。
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