無知と独占欲「遅くない?」
リビングのソファから雪彦の声が響く。深夜0時を回ろうとする時計の下、征司郎が玄関に入るなり、怒りを帯びた声が耳に届いた。
立ち上がった雪彦の姿は、征司郎と寸分違わぬ均整の取れた容姿。同じDNAを持つ双子は、互いに整った顔立ちを持つ。
ただ、その表情は正反対だった。疲労の滲む征司郎と、艶めかしい笑みを浮かべる雪彦。
「...緊急の手術だった」
"オペ室の悪魔"と呼ばれる男の、この日の手術も完璧だった。だが、その代償に征司郎の声には疲労が滲む。細い指が微かに震えているのを、雪彦は見逃さない。
「ふーん...この前も遅かったよね」
征司郎をソファへと導き、隣に座る。雪彦は、着慣れた黒のロンティーの襟元に手を伸ばし、昨夜残した首筋の痕を確認していく。指先が触れる度に、征司郎の体が僅かに反応するのが分かる。
その敏感な反応に、雪彦の心が高鳴るのだ。
深夜のリビングで、ゆったりとした時間が流れる。征司郎は雪彦の肩に寄りかかるように体を預け、疲れた表情を少しずつ緩ませていく。
そんな穏やかな空気の中、雪彦はふと征司郎の手元に目が留まった。スマートフォンを操作する画面が、雪彦の独占欲を刺激する。
「ねぇ?どうせなら、一緒に見よ?」
「...っ、」
征司郎が反応する前に、雪彦はスマートフォンを巧みに奪い取っていた。スマートフォンを覗き込む仕草は軽やかだが、その目は真剣そのもの。
「人のスマホを勝手にチェックするのはやめろ」
「嫌だよ。征司郎が誰かと連絡を取っていないか、確認しないと」
普段は軽薄そうに見える雪彦だが、征司郎に関しては異常なほど過保護だ。スマートフォンのチェックは日課で、メッセージや通話履歴、さらにはブラウザの履歴まで見る。その執着は、時として病的なほどだ。
世良からのメッセージを開くと、飲み会の写真が何枚も送られてきていた。征司郎の横で世良が楽しそうに笑う姿に、雪彦の目が細くなる。
「ねぇ、この前の飲み会。なんで男の研修医ばかりだったの?」
雪彦の手が、征司郎の細い腰に回る。同じ体型を持つ双子だが、この瞬間だけは雪彦の方が大きく感じられた。指先が腰骨に触れる度に、征司郎の呼吸が僅かに乱れる。
「...付き合いだろ」
世良から「どうしても顔だけ出してほしい」と頼まれた。そう付け加えながら征司郎は視線を逸らす。
その仕草が可愛らしくて、雪彦は思わず征司郎の首筋に唇を寄せた。
最近の征司郎は、以前のような人を寄せ付けない冷たい雰囲気が薄れてきている。雪彦と付き合い始めてから、周りへの対応も柔らかくなった。それは雪彦の愛情が征司郎を変えた証だったが、皮肉にもその変化が新たな不安を呼び起こす。特に世良のような若い研修医たちが、征司郎に近づきやすくなったことは、雪彦の中で複雑な感情を掻き立てていた。
「でも次からは僕も呼んでね。征司郎が他の人と仲良くなりすぎるの、あまり好きじゃないから」
「...ん」
手術室では誰も近づけない冷徹な"悪魔"が、雪彦の前では素直に身を預け頷く。
その反応を愉しむように、雪彦は征司郎の手を取ってソファの奥へと引き寄せる。
「今日も教えてあげる?正しいキスの仕方」
雪彦の囁きに、征司郎の白い耳朶が僅かに赤みを帯びる。
初めてのキスを教えた時、征司郎はこれ以上ないほど戸惑いを見せていた。恋愛に関して驚くほど無知な征司郎は、キスの仕方すら知らなかったのだ。
天才外科医なのに、こと恋愛となると純粋すぎるほどうぶな弟。でも、それ以来、雪彦の言うことは全て素直に受け入れている。
その無垢な様子が、雪彦の保護欲を掻き立てて仕方ない。
「...もう分かってる」
「本当?でも征司郎のキス、まだ下手だよ」
雪彦は征司郎の膝の上に跨る。衣類越しでも伝わる体温に、征司郎の呼吸が乱れ始める。長時間の手術で疲れているはずなのに、体は正直に反応していく。
「ん...」
「舌はこう使うの。ゆっくり...そう」
雪彦の舌が征司郎の唇を愛撫するように撫で、そっと口内に滑り込む。その瞬間、征司郎の喉から切なげな吐息が漏れる。
「...ふ、...んっ」
深夜のリビングに響く吐息は、征司郎が持て余すように漏らすもの。普段は器用な指が、今は雪彦の背中を不器用に撫でている。その震える指先に、征司郎の昂ぶりが伝わってくる。
「雪彦...…あっ」
「征司郎は覚えが早いね。でも、もっと練習が必要かな」
再び重なる唇。今度は雪彦の舌が征司郎の口内を丹念に愛撫していく。舌先で上顎を撫でれば、征司郎の体が大きく震える。仕事の緊張が解けていく代わりに、別の熱が体を支配していく。
「はぁ...ん、...くっ」
征司郎の吐息が熱を帯びていく。雪彦の舌に絡めとられる度に、首筋が紅潮していく。
「キスだけでこんなに感じちゃうの?可愛すぎ」
オペ室で"悪魔"と呼ばれる征司郎が、こんなにも初々しい反応を見せる。それは雪彦だけが知る特権だった。長時間の手術で疲れているはずなのに、その白い首筋は紅潮し、細い指は雪彦の背中に絡みついている。
いままでもう何度も唇を重ねている。それでも征司郎の反応は初々しいままで、雪彦はその純粋さが可愛くて仕方ない。普段は冷静な表情しか見せない彼が、快感に蕩けていく様子に、雪彦の独占欲が膨れ上がる。
「...誰にも会わせたくないなあ、閉じ込めて僕だけのものにしたくなる」
雪彦は愛らしく首を傾げながら呟く。その仕草とは裏腹に、指が征司郎の首筋を執着的に辿っていく。黒のロンティーの襟元から覗く白い肌には、昨夜の痕が幾つも残っている。その上からさらに口づけを重ねれば、征司郎の体が大きく震える。
「...はぁ、あっ...」
征司郎は目を閉じながら小さく首を振り、声は上擦っている。普段の冷静さは影を潜め、雪彦の愛撫に翻弄される表情。
「僕のこと以外に興味持たないでね」
耳まで赤く染まった征司郎に、雪彦は再び口づけを落とす。整った耳殻を舌で辿れば、征司郎の細い体がぴくりと震える。喉から漏れる切なげな吐息が、雪彦の理性を溶かしていく。
「ふ...んっ、あ...」
「恋愛に興味がないって言ってた征司郎が、こんなに素直に感じてくれるなんて」
「……それはアンタのせいだろ」
疲れているはずの体が、雪彦の愛撫に素直に反応していく。シャツの下で、征司郎の白い肌が熱を帯びていくのが分かる。
触れる場所全てが敏感に反応して、その度に征司郎の吐息が甘く変化していった。
「ふふ...」
再び深いキスを交わす二人。雪彦の手が征司郎のシャツの中へ滑り込んでいく。
「は...あぁっ」
触れる場所全てが敏感に反応する。征司郎の背中が大きく反り、雪彦にしがみつくように体を寄せた。
「今夜も教えてあげる?もっと気持ちいいこと」
「……いや、いい」
「non、もっと素直になってよ」
ぷいと顔を背けた征司郎の頬が一層赤みを帯びる。普段の彼の様子を知っている者が、こんな表情を見せるなんて誰も想像できないだろう。
「もう休ませてあげたいんだけど…」
雪彦は征司郎の耳元で囁く。熱い吐息が耳殻を撫でる度に、征司郎の体が小刻みに震える。
「でも、このままじゃ寝れないよね?」
そっと言いながら、雪彦の指が征司郎の腿を這い上がっていく。すでに硬くなっているのを感じて、雪彦は満足げに微笑む。
「でも、そのためには今度は征司郎からキスしてくれないと」
「...好き勝手言うな」
「当たり前のことでしょ?恋人同士なんだから」
征司郎は躊躇いがちに唇を重ねてくる。不器用で、でも一生懸命な口づけ。その純粋さに、雪彦の胸が熱くなる。
「うん、上手...でも、もう一回」
「...え?」
「さっき教えたキスも、やってみて?」
征司郎が恥ずかしそうに、おずおずと舌を絡めてくる。下手な口づけに、雪彦は思わず笑みを零す。
「可愛い...」
同じ遺伝子を持つ双子。
けれど、征司郎の純粋さと雪彦の狡猾さは、まるで違う。
それでも——。
この歪んだ愛も、きっと運命だったのだろう。
「征司郎」
「...なに」
「今日の手術、お疲れ様」
雪彦は征司郎を抱き寄せる。衣類越しに伝わる心臓の音を、じっと聴いていた。二つの鼓動が、少しずつ同じリズムを刻んでいく。
そして夜には、また雪彦の腕の中で素直な表情を見せる。
それは誰にも見せない、雪彦だけの征司郎。
歪んでいても、これが二人の幸せなのだから。