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    shikautata

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    shikautata

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    記憶喪失のナレ

    ※れおまま好物捏造してごめんなさい。


    *****

     真っ赤なりんごのパイ。母さんの好きなもの。
    母さんはりんごパイを食べるとき、りんごと同じくらいに頬を赤くして少しずつさくさくと口にしては美味しい、とふわふわとした、わたあめのような笑顔で俺にそう告げる。
     美味しいものは大事な、大好きな人と食べると、もっと美味しいのよ、というのは、彼女からの言葉だった。

     と、ここまでは現実逃避で。そろそろ返事をしないといけない、と思考を戻した。俺が意識を持っていかれている間も染めた頬をそのままに、やや睨みつけるように立っている俺の相棒。そいつはさっき、なんと言ったんだっけ。今のこいつの顔こそりんごのようだった。

    「玲王のことが好き。付き合って」

     確か数分前そんなことを言った。正直うーん?と心の中で首を傾げる。だって男同士だぞ?とかそんな戸惑いではなくて。
     振り返ると普段のこいつの俺に対する言動にはそんな感じのものが含まれているような気がしてきたけれど。うん。でも、きっとそれはこいつの勘違いだろう。そして大きな間違いだ。
     凪は、俺に出会うまでに一人も友達がいなかったらしい。俺が初めての友達。初めて生まれた友愛を恋だと勘違いしているのだろう。
     きっといつかこいつは必ず後悔する。
     好きだと想いを伝えられて、嫌悪感がわかなかったおれにも疑問を抱く。学校の連中であれば金や地位が目当てだろうと裏を読んでしまっていたかもしれない。
     だが、俺の肩書き関係なく、俺の今までをも脱ぎ捨てて挑戦したブルーロックで出会った人間であれば、好きだと、そう言われても、今凪に好意を伝えられた時と、感じるものは同じだろう。だから、まあ。付き合ってやってもいいかな、と思ってしまったのだ。こいつが大人になってちゃんと物を見れるようになって。世間を知って、間違いに気がつくまで。期間限定で付き合ってやろう。
     終わりを告げるのは俺かこいつか、どっちだろう。

    「……うん。うん、いーよ、付き合おう」
    「……!ほ、ほんとう?玲王」
    「うんってば」
    「嬉しい……」
    「そーかそーか……っ!?むぎゅっいきなり抱きつくな!」
    「ごめん、嬉しくて」
    「お前、俺のこと大好きなんだな」
    「もちろん。大好きだよ、愛してる」
    「……調子にのるなっ」

     からかうように言うとバッと離れ、ぐっと息を詰めたあと、さらに顔を赤くして愛を囁かれる。丸めた右手で諌めるようにこつんと額をつつくと、凪は珍しく、照れたような笑みを溢した。そんなに嬉しいのかと不思議な気分になりつつも、悪い気はしない。一度離した腕でおそるおそるもう一度俺を抱いて。凪はまた耳元で好き、と言った。

    *****

     これはおかしいぞ。

    「どうしたの、玲王」

     凪の一挙一動が愛おしくていちいち心臓が跳ねてしまう。それがいつからかなんて、もう分からなかった。いつの間に変えられてしまったのだろう。気がつかないほど自然に、俺は作り変えられてしまっていた。

     一時的にブルーロックから出て、高校に戻っていたあの頃。俺は凪に好きだと言われた。
    凪が、俺へ向ける恋心が勘違いだと気がつくまでの間だけ、と決めて付き合ってきたつもりだった。

     どうせ、毎朝迎えに来てくれるんだから、一緒に住んでしまえばいいよね。そう凪が強請るから、高校卒業後は二人でルームシェアのできる家を探した。
     二人で希望を出し合いながら、部屋を調べ、足を運び、あれが欲しい、これは持って行こうなどと相談しながら二人の部屋の家具を選ぶのは、二人だけの秘密基地を作っているようで、くすぐったかった。

     朝が弱くて起きれない。夜は一人だと寒いし、一緒に寝て欲しい。そうすれば、朝は玲王が俺を起こす手間が省けるし、夜は俺が凍えずに済むでしょ。そう凪が強請るから、寝室にはダブルベッドを置いて、一緒に寝た。
     普通の子供より遥かに早く一人のベッドで眠るようになった俺は、長らく隣に感じていなかった、他人の熱に微睡んで、すっかり就寝時間が早くなってしまった。

     基本的に炊事洗濯、掃除は俺に任される物だと思っていたが、一緒に暮らし始めると、案外凪は自分から動いてくれた。それでも定期的に、玲王の作るご飯が好きだから、今日はごはん当番をお願いしたい。そう凪が強請るから、つい気合いを入れて凪の好物を揃えてしまうのだ。
     毎回沢山食べたがり、おかわりまでするものだから、凪が強請って俺が料理をする日だけは、量を増やして用意をした。自分でも作りすぎたと思う日でも、ゼリー飲料で済ませていた過去が嘘かのように、残さず全部食べてくれたのが嬉しかった。
     凪と一緒に食べるからだろうか。二人で暮らす中での食事はいっとう美味しく感じてしまって、昔聞いた、母からの言葉を思い出した。

     一緒に暮らしているのだし、デートに行く日は一緒に外へ出ればいい。そのはずなのに、別々に家を出て待ち合わせをしてデートへ行きたいと凪が強請るから、毎回わざわざ家を出る時間をずらす。
     面倒臭がりのはずなのに、デートの日は決まって自分で身だしなみを整え、俺より早く家を出て、待ち合わせ場所で俺を待っている。この順番には拘りがあるようで、凪は絶対に俺を先に行かせようとはしなかった。
     暑い日も、雨の日も、雪の日も。デートの日、待ち合わせをする日は絶対に凪は俺より先に行く。暑さからか少し眠そうなぼーっとした顔をしながら、体格が良すぎて傘に収まりきれなかった肩を濡らしながら。雪が降るほどの凍てつく寒さに鼻を赤くしながら、俺を待っていた。
     デートの際の待ち合わせに拘る理由はよく分からなかったけれど、でも、多分、そういうところが……好きだった。

     今でもたまに、昔の話をする事がある。
     高校時代に出会った、透明だった凪を見つけたひと。透明だった凪は、あの日俺に見つけられて、凪誠士郎という人間になったのだと言う。
     大事に抱えていた守っていた宝物を見せてくれる子供のように、凪は繰り返しそう話してくれた。
     でも、そんなのは俺もなんだよ。そう言いたいのに、なかなか言えずにいた。
     多数を満遍なく愛して多数に愛された、「御影玲王」といういきもの。愛されることにも、神様のように、施しを与えるように愛することにも慣れ切っていた。
     俺自身のことを好きだったのは、凪だけだったかもしれない。本当は違ったかもしれないけれど、凪以外の人間は「御影玲王」を通して、御影を見ていたように感じていたから。
     俺が凪を見つけたように、他人に与えられた無数の愛で、自分の気持ちも分からなくなっていた俺を、凪は見つけ出してくれた。
     凪のことだけを心底好きになってしまった俺は博愛なんかじゃなかった。
     特別な一人を好きになってしまったなんて、神様でなく人間でしかいられない。

    「なんでもないよ、凪」

     凪は、いつ気付いてくれるんだろう。
    俺はもう、お前のことをただの友達だとは思えない。
     自分からは、どうしても凪のことを手放してやれそうになかった。

    *****

    「で?」
    「……で?って、なんだよ。お前俺の話聞いてたか?」

     聞いてましたけども……。潔は呆れたように溢して、やる気なく水を呷った。
     相談がある、とやや無理矢理呼び出した俺が言うことではないが、態度が悪すぎるのではないだろうか。
     凪も、あれで潔のことは特別な友達だと思っているようで、俺が潔と絡むような事があれば、俺に嫉妬して邪魔をしに割り入って来るから、今日の事は秘密だった。

    「酒はもういいのか?」
    「いいよ……お前の話聞いてたら、飲む気が失せた。自分も好きになったなら、好きって言ってやればいいじゃん。あいつ、喜ぶと思うけど?お前が、凪が好きで好きで仕方ないから、気持ちがバレる前に逃げたいなんて、意味不明なことを言ってる方が理解ができない……」
    「いや、だから凪は俺のことを友達として好きなんだよ。なのに……凪の本当の気持ちを分かっている俺が、凪が勘違いに気がつかないのをいいことに、つけ込むような真似をするのは良くないだろ。あと、好きで仕方ないとは言ってない。ちょっと我慢が出来なくなりそうなだけ」

     恋だと思い込んでいた気持ちが間違いだったことなんて、凪が子供から大人になる過程で、嫌でも思い知ることになるだろう。成長には痛みが伴うと言うけれど、凪自身が傷付くような結果にならなければいい。今の、凪を好きな俺にだけ都合の良いこの生活を失うことは、俺にとっては耐え難いものではあるけれど。凪を失うのは初めてではないし、時間が経てば、その痛みにも慣れることが出来るだろうか。
     凪が俺のことを、そういう意味で好きじゃないことも、好きになってくれないこともよく分かっているから。だから好きなんて言わない。

    「あのとき告白しておけば…とか、後から言い訳がしたいだけだよ。どうせ凪は、本当の意味では俺のものになんてなってくれないんだから」

     相談があると呼び出した身であるし、会計は俺がするよ、と席を立つ。

     子供子供って言うけど、あいつも俺やお前と同じように、成人した大人の男だよ……という潔の言葉は、残念ながら玲王に届くことはなかった。

    *****

     凪の一番近い場所を手離したくないあまりに、自分勝手にずるずると二人での生活を続けてしまったから、罰が当たったのかもしれない。
     俺は、ある日突然……再び凪を失った。

     その日は運悪く、デートに向かない雨の強い日だった。いつものように俺より先に家を出た凪は、今回の待ち合わせ場所である駅前のバス停前で待っていて。ぶち撒けるように降り続ける雨で緩んだ地面のぬかるみに足を滑らせた俺を、凪は庇ってしまった。
     転倒して動かない凪にパニックになる俺は役立たずで、知らない誰かが呼んでくれた救急車を待ちながら、落ち着かせるように背を支えられていた。遠くのサイレンが、まるで不吉を運んできているかのように近づいてきているのが聞こえた。
     転がり込むように入った病室を囲む白い壁が、ベッドに身体を預けた凪を、より一層白く見せて、その瞬間、ほんの少し嫌な感じがしたのだ。
     俺の代わりに転倒して頭をぶつけた凪は、幸いにも、外傷はほとんどなかった。だけど、打ちどころが悪かったらしい。
     凪は俺のことだけを忘れてしまった。

    「あんたは誰?」

     凪を一度失ったことがあるから、二度目があったって耐えられるなんて嘘だ。

    「玲王だよ。こいつは御影玲王。お前、覚えていないのか?お前とずっと一緒にいた玲王だよ」
    「御影さん……?えー、知らなーい……」
    「御影さんじゃなくて、お前は玲王って呼んでただろ……」

     連絡を受けて急いで病室まで足を運んでくれた潔。俺を忘れた凪に困惑して問い詰める潔を、他人事のように見ていた。
     でも、凪に怪我がなくて、凪が俺のことを忘れてくれてよかった。このままだと、凪の一生を俺に縛り付けてしまいそうだったから。初めての友達への好きを、恋だと勘違いしてしまったかわいそうな凪を、俺はいい加減手離してやらないといけない。

    「凪、俺は御影玲王。お前の、友達だよ」

     まるで他人が主演の映画を観ているかのように、あまりにも現実味がなくて、涙のひとつも出なかった。この映画にエンドロールがあるなら、そこに俺の名前がなければいいのに。
     
     凪は、凪自身の希望もあって、案外すぐ退院することになった。もしかしたら、ゲームのない、俺ばかりがそばにいる退屈な環境に飽き飽きしていたのかもしれない。それでも数日はかかったけれど、その間も、やっぱり凪の中の俺は戻ってこなかった。退院するその日、俺とお前は一緒に暮らしていたからと、わずかな荷物をまとめてやり、二人で暮らしていた家へ凪を連れ帰る。
     二人で暮らした温かった部屋が、ここ数日はひんやりと寒くて。いつか凪と待ち合わせをして行った水族館を思い出しては、戻れないあの日が恋しかった。足を踏み入れた凪が、知らない人の家に入るようによそよそしいのが、たまらなく悲しい。

    「本当にルームシェアしてたんだね、お前と」
    「ああ、俺たち、友達だったから」
    「そうなんだ……。俺に一緒に暮らせるほど仲の良かった友達がいたなんて変な感じだけど。御影さ…玲王が言うなら、そうなんだろうね」

     そんなに仲が良かったなら、もしかして親友だったのかな?

     表情筋が死んでいるとまで言われる凪が、珍しく少し嬉しそうで、俺を見つめる凪の瞳が肯定するよう強請っている気がして。思わずそうだったのかもな、なんて思ってもいないことを返してしまった。

    「ああ、そうだ。玲王には言ってなかったけど、俺はお前のことは覚えてなかったけど、お前が好きだったことは覚えてたよ」
    「──え?」
    「きっと初恋だったんだろうね。病室でお前に会った時、何も、誰かも分からないのに、一番大好きで大切だった子だったって、それだけは分かったよ」

     でも、と凪は続ける。お前にとっては俺は友達だったみたいだから。よかったね、玲王。俺とお前を友達でいさせてくれない俺の恋心は、捨ててあげる。俺たちは、ずっと友達だ。
     最後まで一緒にいようね、と続けて、凪は床に座り込む俺をそっと、優しく抱いた。俺ははくはくと口をあけ……閉じて、そして、結局何も言えなかった。
     いつの間にか冷え切った身体で、凪の背に腕を回すことも出来ず、とっくに冷たくなった手が震えて床を掻き乱す。なにかを掴むように、でもなにも掴めない。
     何も言えなくて、何も始まらなかったから、そうして凪と俺の恋は終わってしまったのだった。
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