11.
ジェイドのことが好きなのか、と幼馴染みに聞かれた。
そりゃ好きでしょ。
好きじゃなきゃ一緒にいられない。気分屋であるフロイドを一番に理解し、それに併せて動ける存在は他には居ない。稚魚の頃から一緒に居るからとか、血の繋がった兄弟だからとか、そういう理由でもない。フロイドにはたくさんの兄弟がいて、顔も名前も知らぬまま消えていった者もいる。兄弟だから、家族だからという理由で好きになるわけがない。
ジェイドはフロイドを愉しい気持ちにさせてくれる。退屈させない。まあ、たまにはちょっと腹立つ事もあるが、文句を言っても無駄なのは経験上知っている。ジェイドはああ見えて結構頑固だし、自分の意見はなかなか譲らない。なのでそこら辺は上手く飲み込んで、お互い折り合いをつけている。
勿論、フロイドがそれを譲歩してやるのは相手がジェイドだからであって、これが他の奴ならさっさと絞めている。流石にもう十年以上双子をやっているのだ。フロイドにとってジェイドは特別な存在であり、それはつまり『好き』という事だろう。
そういう意味の好きじゃないんだが──とフロイドの答えを聞いた幼馴染みは溜息を吐いた。じゃあどんな意味だよ、と思ったが、フロイドは聞き返さなかった。
「なんのお話です?」
そこへ、シルバートレーにティーポットとカップを三つ載せたジェイドがやって来た。優雅な仕草で僅かに身を屈め、VIPルームのテーブルの上に紅茶を並べてゆく。
「いい香りですね。アッサムでしょうか」
「そうです。茶葉を濃くしてあるので、ミルクティーにしましょう」
白い陶器のミルクピッチャーを手にし、湯気が上る紅茶の中へたっぷりとミルクを注ぎ込んだ。ティースプーンでゆっくりと混ぜ、完成した完璧なミルクティーをアズールへ差し出す。
「フロイドも」
「ん」
ジェイドはフロイドのカップに角砂糖を一つ入れた。
それを見て、アズールは「おや?」と首を傾げる。普段、フロイドは砂糖を入れない筈だ。アズールが知っているくらいだから、ジェイドは勿論分かっている。
フロイドはそれに文句を言わず、素直にカップを受け取った。一口飲んで、「美味しい」と顔を綻ばせる。兄弟の笑みに、ジェイドも表情を緩めた。どうやら今日のフロイドは甘いミルクティーの気分だったようだ。
こんな時、アズールは素直に感心してしまう。フロイドが何も言わなくても、フロイドが望む事を直ぐに与えられるジェイドに。
これは双子の神秘なのか、それともこの二人だからなのだろうか。
「そういえば魔法史の論文は終わりましたか? 締め切りは明日ですけど」
「はあ?! なにそれやってない」
ジェイドの言葉にフロイドはげえっと顔を顰める。確か一ヶ月も前に出された課題の筈だが。アズールは呆れて大きな溜息を吐いた。
「手伝ってぇ〜」
と、甘えるフロイドに対し、
「嫌です」
と、ジェイドはバッサリと切り捨てている。
その顔は愉しげな笑みを浮かべていて、片割れに対して甘いのか厳しいのか良く分からない。
「早く済ませた方がいいと僕は何週間も前に言いましたよ」
直近に言わないのはわざとなのだろうか。
「そうだっけ〜? でも、もーいいや。やんなーい」
「おやおや」
「いや、やれよ」
だらけた態度でふざけた事を言うフロイドに、片割れであるジェイドは止める事もない。アズールは思わず口を挟むが、二人は既に違う話題に移ってしまった。ミルクティーを飲みながら他愛のない話に花を咲かせ、ゲラゲラと顔を見合わせて笑い合う。完全に二人の世界である。
「説教されても知らないからな」
トレインの顰めっ面を想像すれば、アズールにはとても笑う気分になれなかった。