こころがまえ「皆さん、集まってくれてありがとう。今日は僕から皆さんに、大切なお話があります」
「天彦、妊娠いたしました」
安定期に入ったのでご報告です、と続けられた言葉に皆が黙り込む。
「……は? 誰の子?」
沈黙を破ったのはふみやだった。そう、ここにいる全員、天彦と散々セックスしているのだ。しばらく前から実家に帰っていたのはそういうことだったんかい、と全員が思ったことだろう。
「わかりません。毎日のように皆さんとヤッちまっていたので」
天彦がいつも通りの明るい微笑みを浮かべて返す。そんな自信満々の顔で言うことではないだろと、6人は心の中でツッコミした。
「いいじゃないですか、誰の子でも! 育児は奴隷に任せてくださいね!」
依央利はまだ見ぬ負荷に目を輝かせた。流石の奴隷も育児は未経験である。経験者の話を聞くに地獄のような様々な苦労が何年も続くらしい。こんなに楽しみなことはなかった。この際、マジで誰の子でも構わないというのが奴隷の素直な気持ちだった。そもそも彼は天彦と関係を持つ際に「せっかくなら子供作りませんかぁ!?」と叫んでいた唯一の男である。大歓迎だ。なんなら第二子、第三子と産んでいただきたい。
「ま、生まれたらわかるんじゃない? 誰似かとか、あるでしょ」
テラがカップを傾けながら言う。自分の子である確率は6分の1だ。高いとはいえないし、言われたすぐでまだ現実味もなかった。もしも自分の子だったら、テラくんの次に美しく可愛く素敵なはずで、溺愛してしまうに違いないとは思う。天彦とは飲みの際に年齢的にもそろそろ子供がほしいと聞いていたこともあり、よかったじゃーんというのが正直な気持ちだった。
「……髪や目の色で判別できる可能性はありますね。クソ吉の子でないことを祈ります……」
大瀬は小さく縮こまりながらそう言った。こんなことになるのなら、意地でも天彦さんと関係を持たないようにするべきだった。クソの遺伝子が残ってしまうかもしれないなんて信じられない。どうか自分の子ではありませんようにと天に、神に、星に祈る。産まれてきた子が自分に似ていた時、その子には何の罪もないのに愛してあげられないであろうことが申し訳なくて耐えられない。
「どうして? 大瀬さんと天彦の子、きっと、とっても愛らしいですよ」
こんなにも絶望しているのに、天彦さんが微笑みながらやわらかく囁いてくると、救われるように感じてしまうのだからずるい。大瀬はそう思いながら、もっと体を丸めて「あう ゙ぅ」と呻いた。
「俺も気にしねぇ! 覚悟はできてる」
猿川が机の上で行儀悪く脚を組みながらがなった。漢気である。産まれてきた子が他のやつの子ならそいつらを祝福してやるし、俺の子ならしっかり責任を取る。ぜってー幸せにする。そもそも関係を持ち始めた時点から覚悟をしていたことだった。いくら避妊をしていようが、100%子供ができないわけではない。
猿川の男らしい宣言に、それまで行儀の悪さを指摘していた理解も感動している様子であった。
「猿……! その通りだ。私も覚悟はできています。私の子であった場合、順番が変わってしまいますが……天彦さん、婚約しましょう。お互いの両親への挨拶もしっかりしなくてはなりません、それから……」
止まらない理解の語りに、テラや猿川がうげぇとでも言いたげな顔をした。一方で天彦はつらつらと何やら語り続ける理解の様子をセクシーだとうっとり見つめている。
理解にとって天彦と関係を持ってしまったことは初め許されざる失敗であった。欲に負け、痴態を晒し、ふしだらの与一に成り下がってしまったと絶望したのが懐かしい。今ではすっかり慣れ、ある程度順序が狂ってしまうこともまああるものだ、と柔軟に考えられるようになった(ただし自分の場合に限る)。
理解はついに立ち上がり、片手を胸に当て、もう片手を天へ突き上げて何やら叫び始めていたが、もう誰も聞いていない。他4人の視線は、最年少のふみやに向けられている。依央利謹製バケツプリンを吸い込むように食べ進める彼も途中で視線に気づき、手を止める。
「堕ろす気はないの?」
その一言でサッと場が冷えた。理解の演説はストップし、猿川が口をあんぐりと開け、大瀬もさすがに顔を上げる。テラと依央利がハァ!?と声を上げた。
「ふみやさん……ッ!」
机をバンと叩き今にも噴火しそうな理解を見て、大瀬が「若旦那、落ち着いてくだせぇ!」と身を挺して止めながらふみやに慌てて、なんか続きあるだろ!なんか言え!と促す。
「あ、いや、俺が堕ろしてほしいわけじゃないよ。違う違う。俺そんな酷い人間じゃないって。違うから。まじで違う」
ふみやもさすがに焦ったのか、顔にも声色にもあまり出ていないがばたばたと両手を振りながら疑惑を否定した。他5人はほんとかァ?と思った。伊藤ふみやなら全然に言いそうだし、なんならあーちな金は天彦持ちね、くらいはいきそうなもんである。要は信用がなかった。普段から善悪の弁がパカパカしていると、こんな時に味方がいなくなる。
「フフ、わかっていますよ。ふみやさん、もし天彦との赤ちゃんできたらどうします?って聞いたら、俺パパになるってこと?やべ〜、でもそうなったらがんばるよ。って仰ってましたもんね」
天彦がゆったりと微笑む。ふみや以外のほんまけ?のじっとりとした視線はまだ消えない。
「……なんでさあそーゆうのバラすの? はずいんだけど」
ふみやがムッと顔を顰める。その顔がほんのり赤くなっているのを見て、他5人もあっマジなんだねと理解して落ち着きを取り戻した。
「今、皆さんのふみやさんへの信頼度がマイナスにいきかけていたからですよ」
「えっ、マジ?」
「マジです。それで……そうですね、堕ろす気はありません。だからこそ安定期に入るまで実家で休ませてもらいました。あそこなら何があっても安心ですから」
「あーね。それ聞いて安心した」
伊藤ふみやは舞い上がっていた。もしかするともしかするのだ。天彦にもしも───と聞かされた時からふとした時に考えていた。自分と天彦の間に子供が生まれたら。いい父親になれるかはまったくわからないが、精一杯がんばろうと思う。仮に自分の子じゃなくっても、天彦が大変そうだったらあれこれ手伝うのもやぶさかではない。それはそれとして報酬のスイーツとかはほしい。堕ろす気はないと聞けて、やっと肩の力が抜けたところだ。