甘い痛手の話「あれ? ジル、そんなところに傷なんてありました?」
ある朝。
朝食を共にと宿の部屋へ誘いに来たリゼルは、既に着替えを済ませ後は上着を羽織るだけのジルの腕を見て首を傾げた。
肘から手首の間。かっちりとした腕の筋肉に残る痛々しい傷。
不思議そうなリゼルをちらりと横目で見やって、ジルは上着を羽織ってきっちりと留め具をとめる。その傷をすっかり隠してから、ジルは小さく口を開いた。
「……この間、お前に噛まれただろ」
「え?」
思いがけない言葉に弾かれるようにジルを見上げてきたリゼルを見下ろしながら、ジルは再びゆっくりと同じ台詞を告げる。
「あン時、お互いに余裕なくてサイレンサーも置けなかっただろ。声抑える為に噛み付いたじゃねぇか」
「は……ッ、」
そう。そうだった。
久し振りの二人きり。久し振りの甘い時間を思う存分味わえると、リゼルの方が我慢が出来ずにジルを押し倒す勢いでベッドに誘い込んだ。我慢が出来なかったのはジルも同じだったので、誘われるままリゼルを押し倒したのだけれど。
「お前、あン時の声、自分で思うより高ぇし良く通るんだよ」
それ故に、ジルを受け入れる瞬間や、数度の絶頂の度に、無意識に差し出された腕に何度も噛み付いていた……らしい。
けろりとそう告げられて、リゼルは数回瞬きをした次の瞬間。
「! ……ッ!! ~~~~!!」
音がする勢いで耳から首筋から見える肌の部分をどっかりと朱に染めて、声にならない悲鳴を上げた。
それを見ながらにやにやと人の悪い笑みを浮かべるジルに、リゼルは引っくり返った声で目の前の男を詰る。
「そ、そんな傷、さっさと回復薬で消せば良いでしょう!?」
「出来るかよ」
あっさりと拒否をされ、不機嫌そうに頬を染めたまま唇を尖らせたリゼルに笑って、ジルは食事に行くよう背中を押して促す。
「お前が俺に付けたモンは、全部俺だけのモンだろが」
「ッ、き、君は、君は俺に関してはどうしようもない人ですね!」
「違いねぇな」
「あっさり認めないで下さい!」
朝っぱらからどうにも恥ずかしい話をしていると自覚はある。
だが、それがたとえリゼル本人であっても、譲れないものもある。
リゼルにかかわる全てのものは、自分だけのものなのだ。
赤面しすぎてうっすらと額に汗を滲ませるリゼルに目を細めて、ジルは低く笑うのだった。